第28話 前に言ったのは嘘だ
いつものようにゲームへログインすると、目の前にはバルがいた。
相変わらず、少し怒っていらっしゃる気配がある。
「まあ、そりゃそうか」
良質な餌を買うと約束しておいて、結局買えなかったのだ。怒らない方がおかしい。
だが今回は違う。
俺は昨日の昼休みに、ちゃんと解決策を考えてきた。
「聞いてくれ、バル」
宿の部屋で、俺は真面目に切り出した。
「店と直接取引できないなら、取引できるやつに頼めばいい。フレンドだ。ミルトに素材を売ってもらって、その金で餌を買ってもらう」
バルはじっとこちらを見ている。
反応は薄いが、ちゃんと聞いてはいるらしい。
「もちろんタダじゃない。売った金の一部はミルトに渡す。これなら向こうにも利があるし、こっちも店を使えない問題を回避できる」
そこまで話したところで、バルの気配が少しだけ和らいだ。
「……納得したか?」
小さく揺れる。
たぶん肯定だ。
だが同時に、ちょっと本当に大丈夫か、みたいな空気もある。まあそれはそうだろう。俺だって思いついた作戦が完璧だとは言い切れない。
「でも、昨日よりは前進だろ」
そう言うと、バルはそれ以上文句を言わなかった。
ひとまず怒りは解けた、と思っておく。
「よし。じゃあまずはミルトだな」
俺はフレンド一覧を開いた。
だが、ミルトはまだログインしていないらしい。名前の表示に反応がない。
「……まあ、そう都合よくはいかないか」
なら、今のうちにやることは決まっている。
「金になりそうなもんを集めに行こうぜ、バル」
どうせミルトに売ってもらうにしても、元になる素材がなければ話にならない。周辺のモンスターを倒して、売れそうなものを集めておく。それが一番だ。
俺はバルを連れて宿を出た。
そして、出た瞬間に鉢合わせた。
「……またか」
そこにいたのは、レグルスだった。
俺は思わず空を見上げた。
いくらなんでも会いすぎではないか。三日連続で見かけて、そのうえまた今か。運命の赤い糸ならぬ、運命の黒い糸で繋がっているのだろうか。
いや、そんな大げさなものじゃないにしても、もはや偶然と言い張るには苦しくなってきた。
「こいつ、もしかして俺を待ち伏せしてんじゃねぇの……?」
小さく呟くと、レグルスがこっちに近づいてきた。
嫌な予感しかしない。
そして案の定、面倒な顔をしている。
「お前、今れいにゃとはどうなんだよ」
「……は?」
一瞬、誰のことを言っているのかわからなかった。
れいにゃ。
ああ、あの時の、あの妙に間延びした口調の女性プレイヤーか。
だが急にそんなことを聞かれても困る。とりあえず、俺は話を濁すことにした。
「なんでそんなこと聞きたがるんだ?」
そう返すと、レグルスは黙った。
視線を逸らし、口をつぐんだまま、何も言わない。
「……」
正直、時間の無駄だなと思った。
こっちはバルの餌問題と店問題を解決するために、今から素材集めに行こうとしているところだ。立ち話に付き合ってやる義理はない。
俺はそのまま歩き出そうとした。
すると、ようやくレグルスが口を開いた。
「れいにゃは……俺が好きな人かもしれないんだ!」
思わず足が止まる。
レグルスは、さっきまでの嫌な感じとは違って、妙に切羽詰まった顔をしていた。
「だから……会わせてほしい」
「……ああ」
そこで、ようやく全部繋がった。
あの時、レグルスが声をかけていた女性プレイヤー。
俺が売り言葉に買い言葉で言った台詞。
『まあ、お前のおかげでだいぶ仲良くなれたよ。得難い出会いをありがとうな!』
あれだ。
あれを、こいつはまだ引きずっていたのか。
「うわ……」
ちょっと気まずい。
あの時みたいな、ただの煽り合いの延長ならよかった。れいにゃはもう俺の女になったよ、くらいの適当な煽りを返して終わりでもよかったかもしれない。
でも今のレグルスは、そういう感じじゃない。
口調からして割と必死だ。
必死な相手に、あの時の嘘をそのまま引っ張るのはさすがに後味が悪い。
いや、もし仮にれいにゃと本当にフレンドになっていたとしても、こんなストーカーっぽいやつには会わせないけどな。
とはいえ、このままだと今度は俺につきまとってきそうでもある。
正直、もう前の件で仕返しは済んでいる。
だったらここは、変に引っ張らずに本当のことを言った方が早いか。
「すまん」
俺はレグルスを見た。
「前に言った、だいぶ仲良くなれたってのは嘘だ」
「……は?」
「煽っただけだ。あの後、俺はすぐバルに攻撃されてやられた。それっきりだ」
レグルスは、何を言っているんだこいつ、という顔をした。
まあ、そうなるよな。
俺だって事情を知らなければそう思う。
だが、それ以上説明する義理もない。
説明したところで、こいつが納得するとも思えなかったし、何より長引くと面倒だ。
今のうちだ。
俺はそのまま、街の外へ向かって駆け出した。




