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第26話 狂人様とは取引できません

 俺は一旦バルをなだめた。


 今までだったら、こういう時はすぐ突進されて宿へ戻されていた。だが今回は違う。怒ってはいる。ものすごく怒ってはいる。だが、話を聞く余地くらいは残してくれている。


 ……いや、今だけかもしれないが。


「落ち着け、バル。俺だってわけがわかってないんだ」


 そう言っても、横にいる丸い相棒からは不満の気配がびしびし伝わってくる。


 そりゃそうだ。


 ようやく良質な餌が手に入る。そう思ってわくわくしていたところで、目の前から全部ひっくり返されたのだ。俺だって同じ立場なら怒る。


 だが、店を壊したところで餌は手に入らない。


 まずは状況確認だ。


 俺はもう一度、笑顔のまま固まっている女店員を見た。


「どうして取引できないんですか?」


 できるだけ穏やかに聞く。


 だが返ってきたのは、さっきと何も変わらない言葉だった。


「狂人様とは取引することはできません」


 笑顔。

 丁寧な口調。

 そして内容だけがひどい。


「……それだけ?」


「狂人様とは取引することはできません」


 駄目だ。


 会話になっていない。


 単純に俺個人を出禁にしているのか、それとももっと別の条件があるのかもわからない。ただ、ひとつだけ確かなのは、ここでは何を言っても買えないということだった。


「もしかしてこの店、VIP専用とかじゃないよな……?」


 そんな希望が頭をよぎる。


 いや、薄い。ものすごく薄い。


 そもそも狂人様と言われている時点でだいたい察している。しているが、まだ少しくらいは現実逃避したくもなる。


「……他も行くか」


 俺はバルを連れて店を出た。


 餌屋が駄目なら、別の店ならどうだ。もしかしたら餌屋だけが特殊なのかもしれない。そう思って道具屋にも入ってみた。


「すみません、売却を――」


「狂人様とは取引することはできません」


 駄目だった。


 他の店も回ってみる。


 武器屋。

 雑貨屋。

 それっぽい店を見つけるたびに入る。


 そして返ってくるのは、全部同じだった。


「狂人様とは取引することはできません」


「狂人様とは取引することはできません」


「狂人様とは取引することはできません」


「……詰んだ」


 俺は道の真ん中で立ち止まった。


 売ることができないので、金も手に入らない。


 そもそも金があっても、物も買えない。


 完全に詰みである。


「評判なんて、悪くなってもそんな影響ないだろって軽く考えてた昔の自分をぶっ飛ばしたい……」


 今なら本気でそう思う。


 称号のマイナス効果なんて、どうせ住民の反応がちょっと冷たくなるくらいだと思っていた。せいぜい依頼が受けにくくなるとか、その程度だと。


 違った。


 普通に生活機能そのものを止められるとは思わないだろ。


「こんなマイナス効果があるからこそのプラス効果だったんだな……」


 今さらながら、ようやく理解した。


 そりゃそうだ。卵の耐久補正だの、物理成長補正だの、投擲威力アップだの、そんな都合のいいものばかり並んでいるわけがない。ちゃんと見えないところで、それだけの代償を払っていたということだ。


 俺はゆっくりとバルの方を向いた。


 さっきまでのお怒りモードほどではない。だが、お怒りになっているのは変わらなかった。


 丸い体から、じわじわと不満が漏れている気がする。


「……まあ、そうだよな」


 もらえると思っていたものが、もらえる直前におあずけになったわけだからな。


 俺だって何かに怒りをぶつけたいし、ぶつけるまで収まらない気持ちはわかる。


 でもこれは俺が意図したことじゃないんだ。


 いや、俺のこれまでの行いが返ってきただけなので、自業自得なんだけど。


「……悪かった」


 俺は少しだけ腰を低くした。


 上位者として扱え、は却下した。そこは曲げる気はない。


 だが今回は、俺が完全に悪い。少なくとも結果として、良質な餌を用意すると約束しておいて、できなかったのは事実だ。


「俺がもっとちゃんと評判のことを考えてればよかった。そこは悪かった」


 バルはじっとこちらを見ている。


 怒っている。


 だが、ただ怒っているだけじゃない。


 期待していたぶん、裏切られた感じが強いのだ。


「良質な餌は、今すぐは無理だ」


 俺は正直に言った。


「でも、用意する気がないわけじゃない。方法を探す。だから今日は、いつものやつで勘弁してくれ」


 しばらくの沈黙。


 バルはその場で少しだけ揺れて、それからようやく不満げに体を落ち着かせた。


「……わかってくれた、ってことでいいか?」


 小さく揺れる。


 たぶん、了承だ。


 俺はそこでようやく息を吐いた。


「助かった」


 宿に戻り、備え付けのいつもの餌を出す。


 バルは最初こそ少し不満そうだったが、最終的にはちゃんと食べてくれた。


 助かる。ここで完全拒否されたら本当に困るところだった。


「そのうちちゃんと用意するからな」


 そう言いながら、俺は食べている様子を見守った。


 いつもの餌でも、食べれば食べるらしい。そこはよかった。良質な餌しか受け付けないとかだったら、本当に詰んでいた。


 やがてバルは餌を食べ終えた。


 そして、その直後。


「やっぱそれはやるのか!」


 突進された。


 視界が暗転する直前、俺は思った。


 話は通じるようになった。

 関係も前よりは改善した。

 でも、完全に帳消しにはならないらしい。


 まあ、そこはそうか。


 そうして俺は、いつものようにログアウトした。


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