第25話 バルとの話し合い
ガルディーノに聞きたいことを聞き終えたところで、俺はそのまま帰されることになった。
「話せる相手だってのはわかったが、それはそれ、これはこれだ。用が済んだなら帰ってくれ」
実にまっとうな返答だった。
誤解が解けたからといって、急に距離が縮まるわけじゃないらしい。まあ、考えてみれば当然か。
「……まあ、そんなもんだよな」
俺は小さく肩をすくめて、バルを見た。
「バル、突進だ」
今のリスポーン地点は宿だ。だったら、ここからまともに帰るより一発轢かれた方が早い。
そう判断した次の瞬間、バルは迷いなく突っ込んできた。
視界が暗転する直前、ガルディーノの引いた顔が見えた。
だが、一番早いんだよこれが。
そうして宿へ戻ってきた俺は、部屋に入るなりバルと向かい合った。
「さて」
丸い相棒も、今日は妙に真面目な空気を出している。
進化を目指す。そう方針を決めた以上、今後の話をきちんとしておく必要があるだろう。そう思って口を開きかけて、俺はふと気づいた。
「……あれ?」
今さらだが、さっきから妙に話が通じている気がする。
いや、もともと何となく反応から察することはできていた。怒っているとか、不満そうだとか、そのくらいならわかった。だが今はそれより一段深い。
話している途中で、何を嫌がっているのか、何を譲れて何を譲れないのか、そんな輪郭まで何となく伝わってくる。
「絆でもできたのか?」
聞くと、バルは小さく揺れた。
肯定なのか、気のせいだと言いたいのかはわからない。だが少なくとも、こっちの言葉を受けて反応しているのは確かだった。
思い返せば、バルの言いたいことを理解するのにもだいぶ時間がかかった。
最初はただ轢かれて終わりだったし、名前をつけても怒られた。そこから少しずつ、嫌なこと、許せること、やりたいことが見えてきて、ようやく今になって会話らしきものになってきた感じだ。
「……まあ、通じるなら今のうちに話し合うか」
丸い相棒も、今日は妙に真面目な空気を出している。
進化を目指す。そう方針を決めた以上、今後の話をきちんとしておく必要があるだろう。そう思って話し合った結果、決まったことはいくつかあった。
まず、基本的には投げないでほしい、らしい。
自分で戦いたい。でないと投げられる方向で進化してしまうのではないか、という不安があるそうだ。
「そこ気にしてたのか」
思わず呟いたが、確かに言われてみればわかる。今のバルは、どう考えても投擲適性が高い。丸くなるだの硬質化だの、こっちからすると便利極まりないが、当の本人からすれば笑い事ではないのかもしれない。
ただし、どうしても強い敵がいて難しい場合は、バルが許可すれば投げてもよいことになった。その場合、報復はしないらしい。
「そこは助かる」
さすがに完全禁止だと困る。
あの一撃があるから倒せた相手もいたのだ。切り札が残るのはありがたい。
次に、できるだけ良質な餌を用意しろとも言われた。
「それはまあ、わかった」
強くなるためにも、進化のためにも、食事は大事だろう。そこは納得できる。
他にも色々言われた。
自身を上位者として扱え、とか。
移動時は手に持って運べ、とか。
むかついたらサンドバッグになれ、とか。
そのへんは全部却下した。
「上位者として扱えは流石にない」
そこまでやってまでゲームを続けるか、という話である。
手に持って運べも面倒――もとい、それこそボール方向へ進化してしまうのではないかと助言しておいた。そこはバルも少し考えたらしく、最終的には引っ込めた。
サンドバッグについては、ストレス発散とか強くなるとか、全部を却下する必要もない気がしたので、代わりにトレーニング施設へ連れていくことで納得してもらった。
「これなら文句ないだろ」
そう言うと、バルは一応頷いた。たぶん。
そのあと、俺はこれまで手に入れた称号も改めて見返した。
称号は特定の行動で取得できる。ただ集めるだけのものではなく、能力が上がったり特殊効果がついたりもする。たぶんこれでプレイヤーごとの個性を出させているのだろう。
最初に手に入れた『孵らぬ闘士』の時点で、それは確認していた。
効果はこうだ。
NPCからの評判ダウン。
次に生まれる卵に耐久補正微上昇。
「……ほらな」
俺はバルに向かって小さく言った。
「お前には悪いが、ゲーム的な理由はちゃんとあったんだよ」
卵を壊しまくっていたのは、ただのやけくそではない。次に生まれる卵へ耐久補正が乗るなら、単純作業でも続ける意味はあった。
もっとも、それが永続で受け継がれるのか、一回限りなのかはよくわからなかったが。
それ以外にも、火や氷に置いて死んだ時や、強制的にトレーニングした時にも、似たような不穏な称号をいくつも手に入れている。
ただ、手に入るのがどう見てもろくでもない名前の称号ばかりで、詳細を開く気が失せていた。後で見ようとは思っていたんだが、そのまま忘れていた。
NPCの評判ダウンは認識していたし、周囲の顔つきがどんどんそんな感じになっていくのも見ていた。だからそこまでは想定内だった。
「さすがに狂人とかの二つ名がついてるとは思わんかったが」
ガルディーノの説明を思い出して、少しだけ遠い目になる。
ざっと見返した感じでは、プラス面は防御系と物理系の成長補正アップが多い。投擲系の威力や速度が上がるものもあった。あとは細々した補正だ。
一方でマイナスは、評判ダウン関連が中心だった。
そして今になって、別のものにも気づく。
「……モンスターが仲間になりにくい?」
思わず読み上げる。
嫌な予感がした。
もしかして、育成スキルで編成枠アップとか、そういう系統が成長していないのはこれが理由か?
言われてみれば、バル以外を増やす方向には全然進んでいない。戦っているのにそっちの気配がないのは、妙ではあった。
さらに見ていくと、いつの間にかデスペナルティ回避も手に入っていた。
「……なんだこれ」
そもそもデスペナで何が失われるのか把握していない。
だが、千回全滅で入手した称号に入っていたらしい。
「千回って」
多い。
いや、これまでの死に戻りを考えれば別におかしくはないのかもしれない。むしろ、こうして数字で見せられると妙な達成感すらあった。
「……千回も死んだのか、俺」
普通なら引く数字だ。
だが、ここまで積み重ねてきたと思うと、むしろよくやったなという気もしてくる。
卵の頃から、死んで、戻って、また試して。
バルが生まれてからも、轢かれて、避けて、投げて、また死んで。
そうやってここまで来たのだ。
千回という数字は、馬鹿みたいで、でも嫌いじゃなかった。
「ある意味、実績みたいなもんだな」
俺がそう言うと、横でバルが微妙な空気を出した。
「いや、お前もだいぶ関わってるからな?」
そこは事実だ。
とりあえず、考えるべきことは多い。
称号の整理。
今後の育成方針。
仲間が増えにくい件。
進化の方向性。
「……続きは明日だな」
今日のところは、もう頭がいっぱいだった。
俺は立ち上がって、バルを見た。
「バル。約束した良質な餌を買いに行くぞ」
その瞬間、バルの空気が変わった。
さっきまでの真面目な空気はどこへやら、わかりやすく嬉しそうに俺の横へ寄ってくる。
「現金なやつだな」
だが、今はもう共通の目的ができた。
進化を目指す。そのために強くなる。
今度こそ、ちゃんと絆もできたと思っている。だから、もう前みたいに警戒する必要もない――はずだ。
バル自身も、初めて食べる良質な餌とやらに期待しているように見えた。いつも食べているのは宿に備え付けの餌で、無料のやつだ。これからは餌代が別途かかることになるだろう。
「しょうがない。必要経費だな」
そうして俺たちは、モンスター用の餌を扱う店へ向かった。
よく考えたら、何気に店舗でちゃんと買い物するのは初めてかもしれない。
今までずっとトレーニング施設か草原での戦闘、ダンジョン。そればかりだったからな。
「先に素材売って金を作らないとだけど」
実際の順番としてはそっちが先だ。
だが、気分としてはもう餌を買う流れだった。
店に入り、笑顔の女性店員へ声をかける。
「すみません、餌を――」
最後まで言う前に、店員はにこやかなまま口を開いた。
「狂人様とは取引することはできません」
「……は?」
何を言われたのか、一瞬わからなかった。
いや、言葉はわかる。
わかるが、意味がわからない。
「……What?」
間抜けな声が漏れる。
今までワクワクしていたバルが、一転してお怒りモードになったのが横から伝わってきた。




