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第23話 バルに土下座した日

 ガルディーノがあっさり了承したことで、部屋の空気はようやく落ち着いた。


 さっきまでの殺伐とした空気が嘘みたいだ。ジーノはまだ床に額をつけたままだし、周囲の男たちも何とも言えない顔をしているが、それでも地下に案内される直前よりはずっとましだった。少なくとも、今この場で殴り合いになることはなさそうだった。


「……で、そもそもお前はなんでこんなところまで来たんだ?」


 腕を組んだまま、ガルディーノが言った。


「うちへはジーノの財布を届けるためとしてもよ、そもそもこんなとこ、理由もなく入り込むような場所じゃねぇぞ?」


「いや、それは……」


 俺は言葉に詰まってから、ここまで来た経緯を順番に話した。


 最初はレグルスを避けるために別の道を歩いていたこと。

 その流れで、戦闘以外のこともやってみようと思ったこと。

 誰かから頼みごとでもされないかと歩き回ったのに、妙に避けられたこと。

 気がつけば人通りの少ない、脛に傷がありそうな連中のいる区画に入り込んでいたこと。

 そこで財布を差し出され、結果としてここまで来たこと。


 話し終えると、ガルディーノは深々とため息をついた。


「一般通りの連中からしたら、狂人と会話自体したいやつなんざ稀だろうよ」


「……は?」


「そもそもここいらの連中ですら、お前に目をつけられたくねぇと思ってるはずだ」


「いや、だからその狂人ってのがまずわからないんだが」


 俺が聞き返すと、ガルディーノは少しだけ呆れたような顔をした。


「トレーニング施設で、卵を虐待しまくってるってのは周知の事実だぞ」


「虐待って言うな」


「一般人にまで広まってるレベルだ」


 言い切られた。


 俺は口を閉じるしかなかった。


 ガルディーノは構わず続ける。


「前提として、モンスターの卵の状態じゃ契約できねぇ。卵が壊れたら、それまでの命だ」


 そこまで言われて、ようやく腑に落ちた。


 俺は当時、どうやったら孵るのか試していただけのつもりだった。


 だがこっちの連中から見れば、壊れたら終わりの卵を何度も壊しているようにしか見えなかったのだ。


「だがお前は、その卵を的に投げて破壊したり、重しを乗せて変形させたり、ただでさえ希少なモンスターの卵を湯水みてぇに壊しまくってた」


「……」


「これだけなら、どっかのブリーダーが卵をたくさん産ませて、それを使って命を弄んでるだけ、って認識だ」


「それも大概ひどくないか?」


「まあ、それだけでもだいぶ頭のおかしいやつだけどな」


 ひどい言われようだ。


 だが否定しづらいのがつらい。


「それが、卵が壊れた瞬間、お前も霞になって消えてるところまで確認されてる」


 そこで、俺は少しだけ目を見開いた。


「……見られてたのか」


「そりゃ見るだろ。あんな目立つことしてりゃな」


 それもそうか。


 今思えば、トレーニング施設で卵を投げて壊して、そのたびにこっちまで霞になって消えていたのだ。目立たない方がおかしい。


「それで加護持ちだってのもわかるし、最初のモンスターが卵だってことも伝わる」


 ガルディーノはそこで少し身を乗り出した。


「本当なら、卵が孵るまで壊れものみてぇに大事に大事に育てて、信頼を得る期間なんだよ」


 その言葉が、妙に重かった。


「それをトレーニング施設で壊しまくってりゃ、そりゃ狂人って言われる」


「……」


「関わりあいたいやつなんていねぇよ」


 そこで終わりかと思ったら、まだ続きがあった。


「それだけじゃねぇ。暖炉に放り込んだり、水に沈めたりしてるところも目撃されてる」


「うっ」


 そこまでか。


 そこまで見られていたのか。


 いや、確かにやった。やったけども。


「そうして生まれたモンスターは、ここらで見たこともねぇ球体のモンスターだ」


 ガルディーノの視線が、俺の横にいるバルへ向く。


 周囲の男たちもつられるようにバルを見る。


 バルはいつものように丸かった。


「そんな加護持ちで狂人のお前に対して、率先して関わりたいやつなんていないだろう?」


 そこまで言ってから、ガルディーノは少しだけ声を落とした。


「一応、今話を聞く限りだと、会話自体はできるように思えなくもねぇからここまで話したが……この話を聞いて、自分が理解できたか?」


 理解できたか。


 その問いに、俺はすぐには答えられなかった。


 理解、はした。


 思っていた以上に、俺はやばいやつ認定されていたらしい。


 そりゃそうだ。


 ゲーム的には最適解を探していただけでも、この世界の住人から見れば違う。卵は壊れたら終わりの命で、それを俺は何個も何個も壊していたように見えていたのだ。しかも暖炉に入れるわ、水に沈めるわ、重しを乗せるわ。言われてみれば、関わりたくないと思われるのも当然だった。


「……なるほどな」


 ようやく、そう呟く。


「思った以上に、俺はやばいやつだと思われてたわけか」


「ようやくわかったか」


「いや、これはわかる」


 言い返せない。


 言い返せないし、もうひとつ腑に落ちたことがあった。


 バルが、なんであそこまで俺を攻撃してきたのか。


 ゲーム的な理由で色々やった。孵化のために必要だと思ってやった。だがそれは、俺の都合だ。そんな簡単に信頼を得られるわけがない。


 むしろ、今の距離感ですらだいぶ譲歩してくれている方なんじゃないか。


 そう考えると、もう何も言えなかった。


 俺はゆっくりとバルの方を向く。


「……バル」


 呼びかけると、バルもこちらを見た。


 いつものように丸くて、何を考えているのかわかりづらい。だが今は、なんとなく黙って見られている気がした。


 俺はその場で、すっと膝をついた。


 そして、床に両手をつく。


「悪かった」


 そのまま、誠心誠意、土下座した。


「ゲームだからで済ませてた。孵すために必要だと思ってた。けど、そんな簡単な話じゃなかったよな」


 部屋の中が静かになる。


 ガルディーノたちも、ジーノも、誰も何も言わない。


 ただ、俺は続けた。


「暖炉に入れたり、水に沈めたり、重し乗せたり、投げたり……今さらだけど、そりゃ怒るよな」


 自分では不運だの効率だのと理由をつけていた。


 けど、やっていたことは結局、自分の不利益を他人に押し付けていただけだ。


 それは昔、俺が一番嫌っていた、あいつらと同じだった。


 外れを引かせて、自分たちは得をする。

 嫌がる側の都合なんて知ったことじゃない。


 俺は、それをバルにやっていた。


 返事はない。


 だが、それでいい。


 これは俺が勝手に言うべきことだ。


「……ほんとに悪かった」


 しばらくそのまま頭を下げていると、視界の端でバルが少しだけ動いた気がした。


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