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第20話 落とし物を届けに来ただけなのに、なぜか地下に案内された

 目の前の立派な建物と、その前に立つ屈強な男を見て、俺は少しだけ考えた。


 この財布は落とし物だと、あの男は言っていた。


 それなら、あいつの言う通りこのまま貰って帰った方が傷は浅いのではないか。これ以上悪いことにはならないだろうし、財布の分だけ資金も手に入る。相手はチンピラだ。多分、悪い方向には取られない。


 そんな考えが頭をよぎる。


 だが、すぐに首を振った。


「……いや、違うな」


 所詮ゲームだ。


 現実世界では楽しめないようなことを楽しむのがゲームでもある。だったら、このまま進む方が正しい気がした。


 そもそも、チンピラが財布を落としただけだ。俺はその財布を届けようとしている善良な市民である。何も後ろめたいことはない。


 尻込みする理由なんてないだろう。


 俺は建物の前にいた屈強な男へ歩み寄った。


「さっき中に入っていった男に用があるんですが、呼び出してもらえますか」


 男が無言で俺を見る。


 近くで見ると、本当にでかい。壁みたいな男だ。


 だが、ここでびびっていても仕方がない。


「財布を落としていったようなので、届けたいんです」


 そう言うと、男は少しだけ眉を動かしたあと、短く答えた。


「……ちょっと待ってろ」


 それだけ言って、建物の中へ入っていく。


「ほらな」


 俺は小さく息を吐いた。


 やっぱり言葉で話せば通じるんだよ。何でもかんでも力で解決しようとするのはよくない。うん。よかった。平和的に終わりそうだ。


 この時の俺は、わりと本気でそう思っていた。


 だが、通された先でその認識は崩れた。


「……いや、なんで?」


 案内されたのは、いかにも事務所らしい部屋だった。


 応接用らしきソファーがあり、机があり、奥にはいかにも偉い人が座りそうな席もある。普通なら、ここで落とし物を渡して終わるはずだ。


 なのに、俺は今、四方を囲まれていた。


 怖そうな男が何人もいる。


 ひとりふたりではない。普通に囲まれている。


 ソファーに通されたはいいが、どう見ても歓迎の空気ではなかった。


「え、ちょっと待って。財布届けに来ただけなんだけど?」


 返事はない。


 代わりに、一段とこわもて感のある男が口を開いた。


「俺の名前はガルディーノだ」


 低い声だった。


 座っているだけで圧がある。


「狂人のノーフェイトさんよぉ。こんなところまで何用だ?」


「……は?」


 ノーフェイト。


 それは俺のゲームキャラ名だ。そこはいい。だが、その前についている単語はなんだ。


 狂人?


 そんな名前は名乗った覚えがない。


 そもそも、この世界の人たちから一度たりともそんな呼ばれ方をしたことはない。いや、評判が悪そうなのは薄々察していたが、そこまでなのか?


「狂人ってフレーズ、誰かと勘違いしてませんか?」


 俺はできるだけ落ち着いて言った。


「俺は単に、あなたの建物に入っていった人が財布を落としたので届けただけです。それ以上でもそれ以下でもないです。これが財布です」


 そう言って、財布を差し出す。


 だがガルディーノは、それを一瞥しただけで受け取ろうとしなかった。


「さっきこの事務所に帰ってきたのはジーノだ」


 低い声が続く。


「だが、あいつは財布を落としたなんて言っちゃいねぇ」


「……」


「となるとだ。ここにジーノの財布があるのはおかしくはないか? 狂人さんよ」


 そこで、俺の思考が一瞬止まった。


 いや、待て。


 それは確かにおかしい。


 ジーノ――さっきのチンピラが財布を落とした、と言ったのは事実だ。俺はそれを拾って届けに来ただけだ。だが、向こうがそんなことを言っていないとなると、話が変わる。


「……もしかして」


 嫌な予感が形になる。


「俺、はめられたのか?」


 財布を餌にここまで誘導した。


 そして事務所に呼び込み、向こうに有利な形で話を進める。


 そう考えると、一気に腑に落ちた。


 なるほどな、と。


 だったら話は別だ。


 そんな汚いことをする組織なら、潰してしまった方がいいだろう。むしろこれこそ、真のサブクエストなのかもしれない。


 さっきまでの善良な市民モードは消し飛んだ。


「ガルディーノ……」


 俺はソファーから立ち上がる。


「そっちがその気なら、やろうじゃないか」


 周囲の空気がぴりついた。


 囲んでいた男たちも、じり、と動く。


 だがガルディーノは、むしろようやく化けの皮が剥がれたか、というような顔をした。


「そう来ると思ったぜ」


 口の端を吊り上げる。


「ここでやるのか?」


 俺がそう言うと、ガルディーノは顎をしゃくった。


「ついてきな」


 それだけ言って立ち上がる。


 そして俺を、事務所の奥へと案内し始めた。


 どうやら地下があるらしい。


 周囲の男たちもぞろぞろと動き出す。


「……なるほどな」


 俺はバルを見た。


 バルも、何かを察したようにじっとしている。


 地下に移動。


 そこで決着。


 そういう流れらしい。


 結局、普通の依頼にはならなかったなと思いながら、俺はガルディーノの後を追って地下へ向かった。


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