第15話 初めてのダンジョンボスを倒したが、最後まで油断はできなかった
扉を開けた先にいたのは、一匹の巨大なトカゲだった。
ドラゴンと呼ぶには少し違う。空も飛ばなさそうだし、神秘性もあまりない。地を這う、大きなトカゲ。強いて言えばアースドラゴンとか、そういう名前がついていそうな見た目ではある。
いや、言いすぎか。
ただの大きいトカゲだ。
だが、強さは見た目通りだった。
道中のモンスターみたいに、一度や二度の攻撃ではびくともしない。バルが体当たりを決めても、少しよろめく程度だ。それに対して相手の攻撃は重い。舌での薙ぎ払いも、噛みつきも、見ていて嫌になるくらい痛そうだった。
実際、バルの削られ方が目に見えて大きい。
これ、ミルトのモンスターがまともに食らったら、一発か二発で終わるんじゃないか?
「バル! 丸くなれ!」
俺は即座に指示を飛ばした。
「丸くなって、丸くなって、丸くなって、防御力を上げるんだ!」
ここまでの戦闘は、ほとんど一直線だった。敵も強くなかったし、戦闘時間も短かった。だから、これまで覚えた補助スキルをわざわざ使う場面がなかったのだ。
だが、今は違う。
バルがその場でぐっと身を縮めるようにして、さらに丸くなる。
次の一撃を受けた時、その差ははっきり出た。
「よし、耐えられる!」
さっきまでより明らかにダメージが少ない。これならまだ戦える。
横では、ミルトもすぐに動いていた。
「ダストミスト!」
道中では使わなかった補助スキルだ。
名前の通り、土埃の霧みたいなものが広がる。巨大トカゲの目に入ったのか、相手は急に大粒の涙を流し始めた。
「効いたか!」
舌の攻撃も、噛みつきも止まる。
だが、安心したのは一瞬だった。
今度はボスの攻撃が体当たりに変わったのだ。
「うわ、そっちか!」
目が見えなくなったせいで、手当たり次第に突っ込んでくる。モンスターが見えている間は、敵にとって脅威の高いのは俺たちよりバルたちだった。だからモンスター中心に狙っていた。
だが今は違う。
見えていないから、誰に当たるかわからない。
つまり、今度は俺たちプレイヤー側も普通に危ない。
「ご、ごめん!」
ミルトも自分で失敗したと思ったのか、すぐに謝ってきた。
「いや、いい!」
実際、隙はできている。
舌や噛みつきがなくなった分、攻撃の読みやすさは上がった。問題は、長引かせるといつまぐれに直撃するかわからないことだ。
この状態で長期戦は無理だ。
なら、やることはひとつしかない。
「バル!」
俺は叫んだ。
「いつものやつで、一気に決めるぞ!」
バルは、これまでみたいに戸惑わなかった。
すっと、自然に俺の右手へ収まる。
丸くなって、硬くなって、ちょうど投げやすい形だ。
その瞬間、俺は確信した。
やっぱりそうだ。
丸くなるは、防御力を上げるためだけのスキルじゃない。
攻撃力を上げるためにもある。
こいつは最初から、投げられることを前提に進化している。そうとしか思えなかった。
巨大トカゲが、こちらへ突っ込んでくる。
涙で半ば埃が流れたのか、俺たちの位置を捉えたようだった。
だが、それはそれで好都合だ。
真正面から来るなら、狙いはつけやすい。
「行けぇっ!」
俺はその目をめがけて、全力でバルを投げつけた。
一直線だった。
丸くなったバルは、ぶれず、逸れず、そのまま巨大トカゲの目に突き刺さる。
鈍い音が響いた次の瞬間、巨体がぐらりと傾いた。
「倒せ……!」
祈る間もなく、ボスはそのまま崩れ落ちた。
消える。
撃破だ。
「やった!」
思わず声が出た。
レアドロップは望めない。とどめを刺したのは俺だ。そこはもう期待していない。
でも、倒せたんだから十分だろう。
俺はミルトの方を見た。ミルトもほっとしたような顔でこちらを見ていた。
「勝ったな!」
「はい!」
初めてのダンジョンボス撃破だ。そりゃ嬉しい。
だが、俺はもう学んでいる。
ボスを倒した。
戦いが終わった。
そして俺は、バルの行動をよく知っている。
こういう、気を抜いてしまう瞬間こそ、あいつが攻撃してくるタイミングだということを。
だから、俺は残心した。
勝利に浸らない。気を抜かない。ちゃんと備える。
案の定、次の瞬間、バルが戻ってきた。
「読んでる!」
俺は即座に身をひるがえし、バルの突進をかわした。
ふっ。
俺は何度も同じ失敗をする馬鹿じゃないんだ。
……そう思ったのも束の間だった。
かわした先に、同じく勝利を喜んでいるミルトがいた。
「あっ」
俺がそう思った時には、もう遅い。
バルはそのままミルトに直撃した。
壁にめり込む勢いだった。
ミルトの姿が、そのまま霞のように消えていく。
「……」
辺り一面に、静寂が広がった。
バル自身も、やってしまった、みたいな空気を出している気がする。
俺も無言になるしかなかった。
そして次の瞬間、今度は俺の視界が暗転した。
「えっ」
最後に見たのは、反転してこっちに戻ってきたバルだった。
そのまま俺も霞となった。




