第14話 初めての同行者は生産職志望でした
ダンジョンに入ると、中はよくある洞窟のような造りだった。
壁は湿っていて、足元は少し滑りやすい。道幅はそこそこあるが、見通しはあまりよくない。いかにも最初のダンジョンらしい、わかりやすい洞窟だ。
「今度こそ普通だな……」
思わずそう呟く。
昨日みたいにエレベーターの先で説教が始まったりはしない。入口が洞窟で、中も洞窟。素晴らしい。こういうのでいいんだよ、こういうので。
敵も、外にいたやつを一段階強くしたような感じだった。
だが、それで困るほどではない。
バルも以前より強くなっているし、何より今日はミルトがいる。ミルトのモンスターは本人が言う通りそこまで強くはないようだったが、それでも一体増えるだけでだいぶ違う。
合計二体で当たれるようになっただけで、戦闘の早さがまるで違った。
「……快適だな」
しかも、だ。
ミルトがいるからか、バルが俺を攻撃してこない。
これがでかい。
普段なら敵を倒したあとも、バルの動きには常に注意しなければならない。気を抜いたら轢かれる。戦闘に勝っても最後まで油断できない。それが俺の日常だった。
だが今は違う。
敵を倒したあとも普通に立っていられる。
ミルトと会話していても、いきなり横から体当たりされない。
快適すぎる。
「正直、このままずっとパーティ組んでいたいくらいだな……」
「え?」
「いや、こっちの話」
危うく本音が漏れた。
ミルトは首を傾げつつも、それ以上は深く追及してこなかった。
ありがたい。
道中の戦闘をこなしながら進んでいると、ミルトがぽつりと話し始めた。
「生産職って、最初はどう始めるか知ってますか?」
「いや、全然」
俺は素直に答えた。
そもそも育成と戦闘で手一杯だった。生産まで手を広げる余裕なんてなかったし、何なら今もそこまで詳しく知りたいわけではない。
ただ、ミルトが生産職志望である以上、今後付き合うなら知っておいて損はないだろう。
「どこでもいいので、鉱床でモンスターに採掘をさせると、生産系のスキルが解放されるんです」
「へえ」
「この辺で一番弱いのがこのダンジョンなんですけど……鉱床自体は、奥のボスを倒した先にしかないみたいで」
そこでミルトは少し言いづらそうに視線を落とした。
「僕、もともと生産職で遊ぶつもりだったんです。だから、自分で育てなくてもいい召喚を選んだんですけど……」
「ああ」
「召喚って、最初にもらえる一体が強ければそのまま進めるんですけど、外すと結構きついんです。リアルマネーで引き直すか、時間をかけて少しずつ進めるしかなくて」
ミルトは苦笑した。
「それで、僕は外れを引いちゃって。最初のモンスターが、直接的な戦闘力の低いタイプだったんです。戦えないわけじゃないんですけど、先へ進むにはちょっと厳しくて」
ミルトのモンスターを見る。
確かに、戦闘がまったくできない感じではない。だが、前線で押し切るようなタイプには見えなかった。
「それで、モンスターを強くするために装備を作ろうと思ったんです。でも装備を作るには鉱床まで行かないといけなくて、その鉱床に行くにはある程度強くないといけなくて……」
「ああ、なるほど」
「卵が先か鶏が先か、みたいな状態になってしまって。ずっと困ってたんです」
ミルトは少し迷うようにしてから、さらに続けた。
「それに、まだ情報も少ないんですよね。公開している人も少ないですし」
「サービス始まったばっかりだしな」
「はい。しかもNPCによって教えてくれる情報が違ったりしますし。本当にそれぞれに個性があって面白いんですけど、こういう時はちょっと困ります」
困っていた、とミルトは少し気まずそうに言った。
……そこまで困ってた割に、俺の仲間になるのは結構渋ってなかったか?
まあ、バルが俺を攻撃していたんだから、警戒されるのも無理はないけど。
「それなら問題ないな」
俺は軽く答えた。
「こっちも、別にこのダンジョンに明確な目的があったわけじゃないし」
普通のダンジョンに入りたい、という気持ちはあった。だがそれは昨日の反動みたいなものだ。具体的な目的地として選んだわけではない。
だったらちょうどいい。
「当面の目標は決まりだな。ここのボスを倒すのと、ミルトを鉱床まで連れていく。それでいこう」
そう言うと、ミルトは少し驚いた顔をしたあと、ほっとしたように頷いた。
「……ありがとうございます」
「気にするな。こっちにも利はある」
生産職との縁は大事だ。
俺みたいに運が悪いと、レア武器だのレア素材だの、そういう運絡みの要素は基本的に期待できない。なら、そういうものを形にしてくれる相手が近くにいるのは普通にありがたい。
別に、打算だけじゃないが。
いや、多少はある。
道中を進みながら、ミルトがふと聞いてきた。
「あの……どうしてバルって、あなたを攻撃するんですか?」
「ああ、それか」
別に隠すようなことでもない。
俺は簡単に説明した。
「最初にもらったのが卵だったんだよ。戦えなくてさ。だから卵の状態でトレーニングして、なんとか孵化させたんだ」
だいぶ端折った。
暖炉に入れたり、水に沈めたり、重りを乗せたり、投げたりした細かい話を全部すると長いし、何より自分で言っていてちょっとつらい。
だが、大筋としては間違っていない。
「それで今の関係に……」
「たぶんな」
横を見る。
バルは何も言わずに前へ転がっていたが、なんとなく怒りが増しているような気配がした。
再認識したのだろう。
自分がどういう目に遭ってきたのかを。
「……まあ、気にするな」
俺はバルに向かってではなく、主に自分に向かってそう言った。
その後も、道中で苦戦する場面はほとんどなかった。
敵は強くなっているが、こっちも二人いる。戦闘自体は順調だ。
そんな中、ミルトがぽつりと漏らした。
「レアドロップ、なかなか出ないですね……」
その一言で、暗い影が胸をよぎった。
そりゃそうだ。
俺が倒していたら、レアドロップなんてほぼ出るはずがない。
ガチャ運が悪い。くじ運が悪い。レア運も悪い。そこに例外なんてたぶんない。今までの人生で嫌というほど学んできた。
問題は、これを言うかどうかだ。
もしここで話して、ミルトが離れていったら?
せっかくできた初めての同行者だ。生産職志望で、戦闘も思ったより悪くない。何より、バルが俺を攻撃してこない今の環境は、正直かなり快適だった。
失いたくない。
でも、後で知られる方がもっとまずい気もする。
レア素材が欲しい場面で、俺が原因で何も出ませんでした、では洒落にならない。
少し迷った末、俺は口を開いた。
「……実はな」
ミルトがこちらを見る。
「俺、くじ運が悪いんだ」
「はあ……」
反応が軽い。
まあ、そうなるだろう。
くじ運が悪い、なんて言い方は世の中にいくらでもある。少し運が悪かった日でも言うし、ネタみたいに使うこともある。
でも、違うんだ。
「そんなレベルじゃない」
俺は首を振った。
「本当にガチャ運が悪い。天井がないと当たらないし、今まで当たったこともない」
ミルトの表情が少し変わる。
さすがに、軽い冗談ではないと察したらしい。
「だから、レア素材が欲しい時は……」
少し言いにくかったが、ちゃんと言う。
「他のパーティを組むか、とどめはミルトのモンスターで刺してくれ」
自分で言っていてちょっと情けない。
だが、事実だから仕方ない。
ミルトはしばらく考え込んでいた。
俺の顔を見て、それからバルを見て、また少し考える。
どうやら、思っていたより様子がおかしいと気づいたらしい。
そして結局、ひとつだけ言った。
「……わかりました」
それだけだった。
軽く流すでもなく、変に励ますでもなく、ただ受け取ってくれた。
それはそれで、ありがたかった。
次のモンスターから、戦い方を少し変える。
バルが削って、ミルトのモンスターがとどめを刺す形だ。
すると、目に見えて違いが出た。
「あ、出た」
ミルトが拾い上げる。
レアドロップだった。
「やっぱりか……」
俺はなんとも言えない顔になる。
別に驚きはない。むしろ予想通りだ。予想通りすぎて、逆にちょっとへこむくらいだった。
だが、出るものは出る。
俺がとどめを刺さなければ、ちゃんとレアドロップは出るらしい。
「よかったです」
ミルトは素直に喜んでいた。
その顔を見て、少しだけ救われる。
隠して後で面倒になるより、やっぱり先に言っておいてよかったのだろう。
その後も同じ形で進むと、ボスまでの道中でいくつかレアドロップを手に入れることができた。
もっとも、それ自体はちょっとしたおまけにすぎない。
本番はこの先だ。
洞窟の奥まで進んだ俺たちの前に、場違いなくらい厳つい扉が現れた。
いかにもボス部屋です、という顔をしている。
「……本番だな」
俺はその扉を見上げた。
道中のレアドロップも悪くはなかった。だが、ここから先がこのダンジョンの本番だ。
この先のボスを倒して、そのさらに先へ。
ミルトを鉱床まで連れていく約束も、ここからが本当の勝負だった。




