第140話 ミルトとレグルスの北西戦
北西では、ミルトとレグルスが二人で敵がやってくるのを待っていた。
「ネブラ、砂塵蜃気楼を定期的にお願い」
ミルトが指示を出すと、ネブラは空中へ砂を撒き散らした。
舞い上がった砂が周囲に広がると、その中にミルトとレグルスを模した偽像が生み出される。砂塵蜃気楼によって作られたその姿は、暗さも相まって、遠目には本物と見間違えてもおかしくない精度だった。
「自分ではヌルヌルブーツはなしですよって言っておきながら、場所はここを選ぶんだな」
レグルスが足元を見る。
ミルトとレグルスがいる場所は、今日作ったヌルヌルブーツでミルトが試走した場所だった。地面にはまだヌルヌルが残っており、暗さもあって、どこが滑るのか一目ではわかりにくい。
「僕もヌルヌルブーツは使ってないじゃないですか。ただ、ヌルヌルが元々あったってだけですよ」
「まあ、俺も称号はあるから有利な場所ではあるけど」
「相手が多かったら、人数差で押しきられちゃいますからね。ちょっと気持ち悪いのは難点ですけど、使えるものは使わないと」
「……そうだな。一斉に襲い掛かられたら、流石にどうしようもないしな」
レグルスは納得したように頷いた。
数では不利だ。なら、地形でも何でも使えるものは使うべきだろう。たとえそれがヌルヌルでも。
「攻撃は頼りにしてますよ。結局、ネブラはまともに使える攻撃技をまだ覚えてませんし」
「ああ、わかってるよ。ミルトもアシストをよろしく」
「ええ」
二人がそう話していると、突然、遠距離から放たれた攻撃がミルトを貫いた。
「やりー! 俺が一人目を倒したぞ!」
「ばかっ! 声を出すんじゃねぇよ! まだもう一人残ってるんだぞ!」
どこかから、ラザロの配下たちの声が聞こえる。
叱責は飛んだが、最初の攻撃で一人倒せたという事実が、彼らに勢いを与えた。
続けて、別方向から遠距離攻撃が放たれる。
レグルスは避けることもなく、その攻撃を受けた。
そして、ミルトに続くように消滅する。
「なんだなんだ? やっぱり加護持ちとはいえ、狙われたら弱いな」
「油断してただけだろ。まだ残り三人残っているんだから、気を抜くな」
「そうは言っても、こんなに簡単に倒せるなら残りも何とかなるだろ?」
「まあな……いや、おかしくないか? やっつけたはずなのに、モンスターの方は消えてねぇぞ?」
ミルトとレグルスを倒せたと思い、配下たちが油断しかけた瞬間だった。
意識の外から、レグルスのモンスターである三つ尾のチーター、トライが猛スピードで駆け込んだ。
遠距離攻撃を放っていたモンスターの首元に噛みつく。
急所を狙われたのか、そのモンスターは一撃で倒れた。
「くそっ! やられた! さっきのは偽物だ!」
気づいたときには、周囲にネブラも、ミルトも、トライも、レグルスも複数存在していた。
砂塵蜃気楼による分身。
暗さもあって、本物と偽物の見分けはつきにくい。
さらに、相手はまだ気づいていないが、足元にはミルトが残したヌルヌルが広がっている。迂闊に踏み込めば、そこで態勢を崩すことになる。
「おいおい、めんどくせえな。本物を見つけろってか?」
「こっちは人数がいるんだ。当たるまで攻撃すればいいだろ?」
配下たちは、数に任せて偽物ごと攻撃するつもりらしい。
だが、人数で上回っているからといって、すぐに押し切れるわけではなかった。
「流石に数が多すぎません?」
「多いな。流石に攻撃役が俺一人だときつい」
ミルトとレグルスは身を隠しながら、相手の動きを見ていた。
近づいてくるモンスターは、足元のヌルヌルに足を取られて態勢を崩す。そこをトライが狙えば、なんとか倒せる。
問題は、遠距離から蜃気楼の分身を壊しているモンスターだった。
このままでは、先に分身がすべて壊される。
そうなれば数で押しつぶされるだけだ。
レグルスは隙を見て、遠距離攻撃をしているモンスターを優先して狙おうとした。だが、相手もこちらの狙いを理解している。護衛する形で守られ、徐々に分身の数だけが減らされていった。
「最初は驚いたが、タネがばれちまったらこの人数で押し切れるな」
「油断すんなよ? 俺のおかげでまだ生きてるんだからな」
このままだと押し切られる。
ミルトがそう焦りを覚えたとき、奥の方から走る音が聞こえた。
ここにきて、さらに相手の援軍か。
そう思い、諦めかけた瞬間、その鎧型のモンスターは遠距離攻撃役を守っていたモンスターへ斬りかかった。
圧倒的な攻撃が、護衛ごと沈めていく。
「グレイヴさん……ですよね? 助かりました!」
ミルトが声を上げる。
現れたのは、鎧をまとったグレイヴだった。
グレイヴが加わったことで、こちらのアタッカーが増えた。遠距離攻撃役を守っていたモンスターが崩れ、形勢は一気に変わる。
ネブラは再び砂を撒き、分身の数を増やす。
六人対三人という状況になったことで、ミルトとレグルスにも余裕が戻ってきた。
「このままなら何とかなりそうだな」
「レグルスさん、それフラグってやつですよ?」
軽いやり取りができるくらいには、流れがこちらへ傾いていた。
しかし、NPCを一人倒したあたりで、配下の一人が気づいた。
「あいつだけ分身がいねぇ! あいつを集中的に狙え!」
グレイヴには、ミルトやレグルスのような分身が生み出されていない。
そこから、攻撃の矛先はグレイヴへ集中した。
グレイヴは攻撃を避けながら応戦する。
だが、鎧の中に入っているせいで、足元の細かい状況までは見えていなかった。
地面に撒かれていたヌルヌルに、足を取られる。
次の瞬間、鎧の体が勢いよく頭からひっくり返った。
「あっ」
ミルトの声が漏れた。
喧騒の中だったはずなのに、その声はやけによく聞こえた。
周囲で戦っていた者たちも、偶然その瞬間を目にしていたのか、ほんの少しの間だけ時が止まったようになる。
モンスターであれば、ひっくり返ったところで問題はなかった。
だが、この鎧の中にはグレイヴが入っている。
頭を打ち付けたことで、プレイヤーが倒された判定になったのだろう。
鎧ごと、グレイヴはその場から消えた。
残りNPC七人。
残りプレイヤー四人。




