第136話 新しいクラン名
もともとラザロファミリーの名前で続けていたのは、名前を変える理由が特になかったからだ。
そもそも俺は、半ば強制的にボスにさせられただけだ。ラザロファミリーというクラン名にこだわりがあったわけでもないし、別に名前なんてどうでもよかった。変える理由がないから、そのままにしていただけである。
運営についても、ラザロが迷惑をかけないようにやると言っていたから任せていた。
だが、結果は伴っていなかった。
新しいメンバーから、今のクラン名はどうなのかと言われれば、変えない理由がない。
ラザロは何か言いたそうにしていた。自分の名前が入った組織の名前を変えられるのだから、思うところがあるのだろう。
だが、自分の運営がうまくいかず、今の状態になっていることにも気づいているのか、結局何も言わなかった。
ラザロは一度だけこちらを見たあと、そのまま静かに部屋を後にした。
まあ、自分の名前が入った組織の名前を変えようとしている場だ。居づらいのはわかる。
ラザロが出ていったことで、部屋の空気が少しだけ軽くなった。
いや、気まずさが完全になくなったわけではない。だが、本人がいる前で名前を変える話を続けるよりは、多少やりやすくなったのは確かだ。
「名前は怖くないのがいいなぁ。できたら可愛ければうれしいけどぉ」
れいにゃが最初にそう言った。
怖くない、というのはわかる。
ラザロファミリーは確かに怖い。どこかの犯罪組織っぽさがある。実際、元々はかなり犯罪組織寄りだったので、名前が合っていたとも言えるが、これから普通にやっていくなら合わない。
ただ、クラン名で可愛いとは何だ。
「『まるころ同盟』とか『かわいいは育てるもの』みたいな感じか?」
「んー、びみょうぉ」
「例を出せ例を」
「『かわいいものクラブ』とか『ふわころフレンズ』とか『お世話し隊』とかどう?」
れいにゃは当然のように候補を並べた。
正直、俺としてはわかれば何でもいい。ラザロファミリーのまま続けていたのも、名前にこだわりがなかったからだ。だから、今さら多少変な名前になったところで、俺はそこまで気にしない。
だが、グレイヴは少し顔をしかめた。
「流石にクラン名として可愛いに寄りすぎるのは、ちょっと遠慮してほしいんだけど……他で名乗るときに名乗りにくい」
想像してみる。
俺がどこかで、自分は『かわいいものクラブ』所属です、と名乗る。
……確かに、率先して名乗りたくはない。
ミルトとレグルスも同じことを想像したのか、すぐに頷いた。
どうやら、可愛いに寄りすぎる方向は駄目らしい。
「じゃあ、可愛いに寄りすぎず、怖くもない感じか」
「それがいいと思うよぉ」
れいにゃは少し不満そうだったが、完全に却下されたわけではないからか、そこまで強くは反対しなかった。
「ミルトは何かないか?」
俺が話を振ると、ミルトは少し考え込んだあと、真面目な顔で口を開いた。
「稼ぎの大半は鍛冶になりそうなんで、『やさしい闇商人組合』とか『あんしん裏工房』とかどうですか?」
「怖くないのがいいって言ったよね」
れいにゃが即座に却下した。
「いや、やさしいとか、あんしんとか入れたので大丈夫かなと」
「前より怪しいよぉ」
れいにゃは首を横に振る。
たしかに、やさしい闇商人組合は、優しいのか危ないのかよくわからない。あんしん裏工房も、あんしんと言いながら裏がついている時点で安心できない。
ミルトの感覚も、案外こちら側かもしれない。
「最初は鍛冶で稼ぐとしても、ずっとじゃないだろうし、そっちより象徴的なものを据えた方がいいんじゃないか?」
そこでレグルスが口を開いた。
「リーダーはノーフェイトなんだろうし、その大きな球体をベースにしてとか」
「バルをベースにか……」
俺は目の前のバルを見る。
バルは黒いもやをまとったまま、今も飛ぶ練習を続けていた。こちらでクラン名の話をしていることには興味がないのか、ぽよんと跳ねて、空中で少し止まり、また落ちる。それを何度も繰り返している。
黒いもやがなければ、ただの頑張っている丸い相棒だ。
いや、黒いもやがあっても、俺にとっては頑張っている丸い相棒なのだが。
バルの名前は、もともとボールから来ている。
空を飛ぶことを目指すボール。
ボールを使って一番飛距離が出る球技といえば、ゴルフだ。
ゲームで少しプレイしたことがあるので知っているが、ゴルフはスコアが良くなるにつれて、バーディ、イーグル、アルバトロスという感じに上がっていく。確か、どれも鳥の名前だったはずだ。
ボール。
飛ぶ。
鳥の名前。
バルの今後を考えても、悪くないのではないか。
俺がその流れを説明すると、全員の反応は思ったより悪くなかった。
「確かバーディは小鳥を意味していたはずだから、こいつをもとにするなら、アルバトロスでいいんじゃないか?」
グレイヴがそう言った。
「イーグルは鷹だし、二番目だし、選ぶなら一番いいアルバトロスにしよう。ところでアルバトロスの意味ってなんだ?」
俺が聞くと、なぜかグレイヴは少しだけ目を逸らした。
「……興味があるなら、自分で調べてくれないかい?」
何だその反応。
少し気にはなったが、グレイヴがあえて言わないなら、そこまで重要ではないのだろう。少なくとも、クラン名として致命的にまずい意味なら止めるはずだ。
たぶん。
「まあいいか。新しいクラン名はアルバトロスとするけどいいか?」
「OKです」
「いいと思う」
「ありかな」
「まあ、怖くはないしいいよぉ」
ミルト、レグルス、グレイヴ、れいにゃがそれぞれ頷いた。
満場一致だ。
ラザロはいないが、ラザロの運営がうまくいっていなかった結果としての話なので、そこは仕方ない。そもそもボスは俺なのだから、最終決定権はこちらにあるはずだ。
「じゃあ、クラン名はアルバトロスに変更することに決定だ! どうやって変えればいいかはラザロに聞くとして、今度は運営について話し合おう」
名前が決まったからといって、問題が解決するわけではない。
むしろ本題はここからだ。
俺たちはその後、外が暗くなるまで話し合った。
だが、そんなにいい案は生まれなかった。
れいにゃはモンスター用の調理場の話を何度か出していたが、それは今すぐ稼ぎになる話ではない。グレイヴの墓の件も同じだ。レグルスも、将来的に人が増えることは悪くないと言っていたが、現状の資金繰りを即座に改善する案にはならなかった。
結局、当面はラザロたちにモンスターを狩らせ、素材を納品させる。そして、その素材を使ってミルトが武器を作り、それを売る。
方向性としては、そこに落ち着いた。
かなり地道だ。
だが、少なくともモンスターに襲われている商人を待ち伏せるよりは、ずっとまともだろう。
会議を終え、部屋を出る。
外に向かおうとしたところで、ちょうどラザロと他の配下たちを見つけた。
クラン名の変更方法を教えてもらうこと。
今後の行動を説明すること。
その二つを伝えるため、俺は声をかけようとした。
だが、それより早く、ラザロがこちらに向かって頭を下げた。
「すみません。ラザロファミリーの名を変えるのは、やめてもらえませんか?」
その声は、いつものようにこちらの機嫌をうかがうものではなかった。
ラザロは頭を下げていたが、声だけは真剣だった。
他の配下たちも、最初に会った頃のようなびくついた感じではない。怯えて逃げ道を探しているわけでも、適当にごまかそうとしているわけでもない。
まるで、命を賭けるような面持ちだった。




