第129話 厄災、精神的に死す
「本来、単なる寄生型のモンスターであれば、そのモンスターの力を十全に扱うことはできません。ですが、厄災として封印されたモンスターは、憑依したモンスターの技を十全に使うことができる。そして、モンスターを倒しても他のモンスターに寄生を繰り返し、場にモンスターがいなくても、倒せない黒いもやの状態でとどまり続ける。その点が厄介で封印された、と文献にはありました」
ミカゲは、風切岳に封印されていた厄災のモンスターについて補足するように説明した。
倒せない黒いもや。
モンスターに憑依して、技まで使う。
確かに厄災と呼ばれるだけはある。
「モンスターの技を使うことができる違いはなんでだ? 実体を持たないモンスターだからか?」
俺がミカゲに問いかけると、クラリスが代わりに口を開いた。
「違うわよ。モンスターの技は、モンスター自身が培った経験から覚えるのよ。だから単なる寄生型なら、肉体の自由を奪うことはできても、モンスターが覚えている技を自由には使えないってわけよ」
なるほど。
つまり、厄災は憑依した相手の記憶や経験まで読み取って、その技を再現できるということなのだろう。
「……同じ技が使えるということは、疑似的にも同じ経験を積んだってことだよな?」
「まあ、そうとも言い換えることはできると思うわ。実際にどうかはわからないけれど」
俺はバルを見た。
先ほど浮遊を見せてから暇になったのか、黒いもやをまとったバルは部屋の中で飛ぶ練習を繰り返している。ぽよんと跳ねて、少し浮いて、また落ちる。そのたびに、黒いもやがふわりと揺れた。
今でこそ、俺とバルは通じ合えている間柄だ。だが、最初からそうだったわけではない。
生まれる前、俺は卵に対してかなり色々なことを試した。投げたり、ぶつけたり、暖炉に入れたり、氷で囲ったり、桶に沈めたり、電気的な刺激を試したりもした。そのたびに俺は死に戻りしていたし、生まれてからも扱いが普通だったかと言われると怪しい。
最近だと、飛ぶためとはいえ崖から何度も飛び降りさせた。
このバルに乗り移って、短期間でその経験を積む。
無謀では?
……もしかして、精神的に死んだ?
「俺が言うのも何だが、拷問のような記憶を極々短い期間に繰り返されるのを耐えられるモンスターはいるのだろうか?」
ミカゲは、俺がいきなり何を言い出したのかわからないという顔をしていた。一方で、クラリスは察したように目を細める。
クラリスはバルが生まれるまでのことを知っている。俺から説明するのも何なので、ミカゲにはクラリスに説明してもらうことにした。俺が説明するより、客観的に説明してくれるだろう。
クラリスは深いため息をついてから、バルが卵だった頃のことを説明した。
卵を投げたり、ぶつけたり、暖炉に入れたり、氷で囲ったり、桶に沈めたり、電気的な刺激を試したりしたこと。そのたびに俺が死に戻りしていたこと。
そこに加えて、先ほど俺自身が説明した、飛ぶためとはいえ崖から飛び降りる訓練を繰り返したという話もある。
クラリスはそれらを、できるだけ客観的に、しかし明らかに呆れを隠しきれない様子でミカゲに説明してくれた。
話を聞き終えたミカゲは、しばらく無言だった。
そして、乾いた笑いを漏らした。
「ハハハハハ……聞いた限りの結論ですが、風切岳の厄災は精神的に死んで消滅したということですか?」
乾いた笑いが、この部屋を支配したように聞こえる。ついでに、今まで聞いているだけで書記に徹していた治安管理局のNPCの視線が、少し厳しくなった気がした。
「多分ですけど、それが正しいんじゃないかなーと思います」
俺は控えめに答えた。
ミカゲは、まだ自分の中でこの出来事を整理できていないようだった。だが、一応の結論は出た。
俺とバルは無害。
少なくとも、解封教団のメンバーではない。
そう判断されたことで、この部屋での一件は終わりとなり、俺とバルは解放されることになった。
「……話を上にあげてからにはなりますが、あなたには協力を要請することになるかもしれません。ですので、こちらをお渡ししておきます」
ミカゲから受け取ったのは、携帯のようなアイテムだった。
確認すると、連絡先には今のところミカゲだけが登録されている。ただ、追加で登録することもできるようだ。
NPCへの連絡手段ができたのは素晴らしい。何かに巻き込まれそうなのが欠点ではあるが、どちらにせよ巻き込まれるなら、連絡手段があった方がいいだろう。
ひとまず、ここでの問題は解決した。
外に出て街中に戻り、ようやく一息つく。
とりあえず、俺が封印を解いたということはバレなくてよかった。
いや、バレたところで厄災は俺が倒したのだから、結果的には問題ないと思いたい。だが、どう転ぶかわからない以上、余計なことは知られない方がいい。
それより、連れて行かれるときに様子のおかしかったラザロを問い詰める必要がある。
そう思い、拠点に戻る道を歩いていると、俺は宗教勧誘に遭った。
今まで街中で話しかけてくるようなNPCなんて、ほとんどいなかったはずだ。
珍しい。
もしかして、先ほどの話が終わって、俺が厄災を倒したということが広がったのだろうか。NPCからの評判が上がったのかもしれない。
そう考えると、普段なら煩わしい宗教勧誘でも、NPCとの触れ合いとしては少し新鮮だ。少しくらいなら話を聞いてやってもいいと思えた。
声をかけてきたNPCが言うには、その宗教は無加護救済会というらしい。
加護がない弱者を救おうという宗教だそうだ。
まあ、加護がなければ命は一つだ。加護のあるNPCとないNPCを比べれば、その差は圧倒的だろう。そういった宗教が生まれても不思議ではない。
入るつもりはない。ただ、この宗教を利用してNPCの評価を回復したりできないだろうか。
聞くだけならタダだ。
そう思って、俺は少しだけ話を聞いてみることにした。
案内されたのは、普通の喫茶店らしき場所だった。
だが、店内の席ではなく、奥の部屋へ通される。
少し嫌な予感がした。
とはいえ、ここはゲームだ。現実の宗教勧誘なら引き返すところだが、ゲームならイベントの可能性もある。
そう判断してついていくと、奥の部屋には別の胡散臭そうなNPCが座っていた。
そのNPCは俺を見ると立ち上がり、笑顔で握手を求めてくる。
俺はそれに応じた。
すると、相手はにこやかな顔のまま言った。
「あなたが封印を解いた方なのですね」
なぜバレている。




