第125話 厄災を退けし者
何度も何度もヌシを攻撃した。
ヌルヌルでまともに動けなくなったヌシへ、バルのアンカーチャージ・ハードバレットを叩き込み続ける。
一撃の威力はかなり高いはずだ。それでも、ヌシはなかなか消えなかった。まともに動けないまま攻撃を受け続けているのに、まだ終わらない。
「これ、みんなで討伐するレイド用のモンスターでは?」
そんなことを思うくらいには、ヌシはしぶとかった。
だが、それでも終わりは来た。
最後の一撃を受けたヌシの体が、大きく揺れる。そして、ゆっくりと消えていった。
その直後、表示が出る。
ヌシ、蒼穹の王の討伐により
称号『蒼穹の王を討ちし者』を獲得しました。
「蒼穹の王……」
名前はかっこいい。
だが、最後の姿はヌルヌルで転げ回る鳥だった。その辺りは、あまり考えない方がいいかもしれない。
とにかく、表示が出た以上、ヌシは確実に倒せたのだろう。
だが、黒いもやが少しその場に漂っている。ヌシは消えたのに、それだけがまだ残っていた。
まだ完全に消失したわけではなさそうだ。
「その黒いもやに近づくと危険ですので、近づかないでください!」
ミレイアが鋭い声で言った。
どう見ても怪しいもやだ。そのうえ、先ほどまでの話も聞いている。
俺はバルに少し離れるように指示した。
黒いもやは、その場に漂っているだけだった。こちらへ向かってくる様子もない。
「……何かモンスターでも誘導して、乗り移らせるか?」
そして、黒いもやが完全に消えるまで繰り返す。そんな方法の方がいいのだろうか。
そう考えていた時だった。
黒いもやが自然と薄くなっていき、そのまま消えていった。
「時間経過でなくなるものなのか?」
とりあえず、安堵する。
ミレイアも緊張が解けたらしい。自身のゴーレムに抱き着き、無事を確かめるように何度も触れている。取り戻せたのが、それだけ嬉しかったのだろう。
本当に、あの時に間違えなくてよかった。
バルはその姿を見て、何かを要求するようにこちらを見てきた。
「……何だ?」
抱きしめてほしいとかではないだろう。たぶん、単純に褒めればいいんだろう。
俺はバルを撫でる。
「よくやったな!」
そう労っていた、その時だった。
バルの下の方から、黒いもやが湧き出てきた。
「は?」
消えたと思っていた黒いもやが、崩れた岩の隙間から染み出すように現れ、バルへ絡みつく。
そして、そのまま乗り移ってしまった。
「まさか、消えたんじゃなくて、崩れた岩の隙間を伝ってバルの所まで移動してきたのか!?」
まずい。バルに黒いもやが乗り移った。
となると頼れるのはミレイアのゴーレムだが、そのゴーレムはまだ傷ついている。
「ミレイア……行けるか?」
俺が聞くと、ミレイアは青ざめながらも顔を上げた。
「正直、難しいです……」
だが、その直後、ゴーレムを見て言葉を続ける。
「でも、ゴレムンを助けてもらった借りがありますので、できる限りなんとか頑張ります!」
ミレイアはそう言った。
その間にも、黒いもやがバルの全身を覆っていく。
バルの表情が次第に変わっていった。目つきが鋭くなり、口が開く。
そして、大きな咆哮を上げた。
次の瞬間。
パシュン、という何かが消えたような音がした。
黒いもやの動きが止まり、バルの様子が元に戻る。
「……?」
なんだ、さっきの音は。
「バル……?」
俺は慎重に声をかける。
「俺の言葉は聞こえるか?」
バルは頷いた。
こちらに襲い掛かってくる様子はない。ただ、バルの周りには、黒いもやのようなものがまだ残っている。
それなのに、先ほどまでのゴーレムやヌシのように操られている感じはしない。
「もしかして、プレイヤーのモンスターだからか?」
それとも、俺の手持ちが一体だからか。
バルを取り上げられると、この世界に存在できなくなるから、何かしらの保護が働いたのかもしれない。
俺とバルは、互いに首を傾げた。
見た目では黒いもやがある。だが、影響はなさそうだ。
ミレイアは緊張の糸が切れたように、その場に腰を下ろした。
「どうしてかわかりませんが、影響はないようですし……終息したと思っていいのかもしれません」
そう言った直後だった。
再び称号の入手が発生した。
厄災を退けたことにより
称号『厄災を退けし者』を獲得しました。
「厄災……」
この称号を手に入れたということは、完全にこの件は片付いたと考えていいだろう。
ミレイアに称号のことまで伝わるかはわからない。だが、厄災とやらは完全に退けたらしい、と伝えた。
今度こそ、本当にこの件は終わったようだ。
ミレイアはゴーレムに触れたまま、しばらく何も言わなかった。それから、ぽろりと瞳から涙がこぼれた。
「厄災のことと、ゴーレムを助けてもらったこと、本当にありがとうございます!」
ミレイアは深く頭を下げる。
「大変ではあったが、恩を感じているなら借りをどこかで返してくれればそれでいいよ」
俺は軽く手を振った。
「よろしくな!」
「はい! もちろんです!」
◇
風切岳は崩壊した。
つまり、俺とバルはあそこで、もう飛び降りる練習はできない。
飛べるとは、まだはっきり言えない。だが、飛ぶ方向性はできたように思う。
ミレイアにも見てもらったが、この二日でそこまでできるなんて凄すぎます、と称賛された。そのうえで、餌での進化以外でなら、飛べる形に進化できる可能性もあると思います、とも言われた。
だから、ここでの訓練は一旦終わり。
これからは、色々な敵と経験を積む方向に戻ることにした。
もっと空を飛ぶ練習をした方がいいのでは、とは思った。だが、練習した回数を伝えると、十分どころか想定を遥かに超えて練習してしまっていたようだ。
これ以上やっても効果は薄いのでは、というのがミレイアの判断だった。
今、俺はバルとともに、アンカーチャージを空に撃って捕まりながら移動している。
高速移動だ。
プレイヤーの落下耐性を上げまくったので、運用できるかどうか確認したかった。結果としては、問題なく使える。
以前なら怖かった高さや速度も、今なら耐えられる。
これはかなり便利だ。
ミレイアはゴーレムと歩いて帰るようだ。帰り道であのヌルヌルロードは嫌だし、俺の移動方法ではついてこれない。
だから別行動になった。
「しかし、今回は本当にどうにかなってよかったな」
俺は高速移動しながら、称号の履歴を見る。
そこには、先ほど入手した『厄災を退けし者』の称号がある。
そして、もう一つ。
風切岳が崩壊した時に手に入っていた称号。
『封印を解きし者』
それを見て、俺は少しだけ黙った。
ミレイアは自分が原因だと言っていた。だが、実は直接的な原因は俺だったようだ。
きっと、あの壁は封印の一部だったのだろう。だから、壁をバルの攻撃で壊したことによって封印が一部解けた。
ミレイアが中に入った頃には、その封印が解けかけて、中の異常が発生していた。その結果、崩壊につながったのだと思う。
これを確認したのは、風切岳が崩壊してすぐの休憩所でのことだ。
俺が積極的にミレイアの助けを行ったのも、これが原因である。
「……本当に問題なく片付いてよかった」
心の底からそう思った。




