第124話 これはひどい
ゴーレムにまとわりついている黒いもやが、少しずつ消失している。
ミレイアのその判断を信じて、俺はゴーレムを倒し続けた。
最初は少し疑っていた。だが、続けているうちに、黒いもやが確かに目に見えて減っていることに気づく。
「……本当に減ってるな」
ミレイアの判断は正しかったらしい。
よかった。
また危うく勝手に判断して、取り返しのつかないことをするところだった。
そうして、黒いもやが最初の半分以下にまで減ってきた時だった。
大きな鳥の鳴き声が響いた。
空から影が落ちる。
見上げると、大きな鳥型のモンスターがこちらへ降りてくるところだった。
「もう少しでゴレムンの黒いもやがなくなりそうなのに、ヌシがくるなんて!」
ミレイアが焦った声を出す。
あれが、風切岳のヌシか。
確かにでかい。羽を広げた姿は威圧感があり、ただの鳥型モンスターとは明らかに違う。
「二体同時に相手取るのは流石にきついぞ」
俺はミレイアを見る。
「あっちをなんとか相手できないか?」
「残念だけど難しいわ」
ミレイアは悔しそうに首を振る。
「さっきも伝えたように、この子は戦闘用じゃないもの」
ふよふよ漂っているモンスターは、どう見ても前線で戦える感じではない。となると、こちらでどうにかするしかない。
そう身構えた時だった。
ヌシは倒れたゴーレムの前に降りてきた。そして、大きく口を開ける。
次の瞬間、ゴーレムにまとわりついていた黒いもやを吸い取り始めた。
「……もしかして助けてくれるのか?」
そんな都合のいい話があるのか。
嫌な予感はする。だが、ゴーレムから黒いもやが消えるのは助かる。
俺たちは下手に動かず、様子を見ることにした。
ヌシは黒いもやを吸い続ける。
黒いもやは細く引き寄せられ、ゴーレムの体から少しずつ剥がれていった。
そして、ゴーレムにまとわりついていた黒いもやがすべて消える。
その瞬間、目の前のゴーレムが消えた。
「ゴレムン!」
ミレイアが叫ぶ。
ゴーレムが消えたことで、ミレイアは大きく動揺した。だが、すぐに何かに気づいたらしい。
目を見開き、それから涙を流して安堵した。
「戻った……手持ちに戻ったわ……!」
「それはよかった」
少なくとも、ゴーレムは消滅したわけではないらしい。
これで一つ懸念は消えた。
だが、問題はここからだった。
黒いもやを吸い取ったヌシが、動かなくなる。
助けてくれたのか。
そう思った直後、ヌシの体を黒いもやが覆い始めた。
さっきのゴーレムと同じだ。
そして、こちらへ襲い掛かってきた。
「っち! やっぱりか!」
そんな予感はしていた。
だが、ゴーレムが手持ちに戻ったなら、こちらも全力でいける。
「バル! アンカーチャージ・ハードバレットだ!」
向かってきたヌシの頭へ、バルの新必殺技が叩き込まれる。
命中した。
かなり重い一撃が入ったのがわかる。ヌシの頭が大きく弾かれ、体勢が崩れた。
だが、この威力でも一撃で倒せるほどではなかったらしい。
ヌシはすぐにこちらの攻撃を警戒し、空高く飛び上がった。
「空はズルだろ! 降りてこいよ!」
ヌシは上空で大きく旋回している。こちらを見下ろしながら、距離を取っている。
ゴーレムのように、与えたダメージを黒いもやで回復するつもりなのかもしれない。このままだと、ダメージを与えても空に逃げられ、回復される。その繰り返しになる。
しかもゴーレムの時とは違い、こちらが一方的に攻撃できるわけでもない。
飛ぶ前に一気に片をつけるか、そもそも飛ばせないようにする必要がある。
「ミレイア!」
俺はミレイアへ声をかける。
「ゴーレムが戻ったなら戦闘はできるか? あいつを少しの間でいいから地上に留めてほしい!」
「大丈夫よ!」
ミレイアは涙を拭いながらも、すぐに答えた。
「まだゴレムンを回復させているところだけど、戦えるわ!」
「なら頼む!」
俺はミレイアを信用することにした。
そして、先ほどまで長時間戦っていたゴーレム用に思いついた秘策を準備する。あのヌシが羽で空を飛ぶなら、通じるかもしれない。
俺は靴をヌルヌルブーツに履き替えた。
そして、同じ場所をぐるぐる回る。
地面にヌルヌルを広げていく。
「バル、ここで全身をヌルヌルでコーティングしろ」
バルはさっきまでの戦闘とは違い、明らかに嫌そうな顔をした。
気持ちはわかる。
だが、やりたいことは理解できたのだろう。渋々ながらも、バルはヌルヌルの上を転がり、全身をヌルヌルまみれにした。
準備は整った。
ヌシが回復したであろう頃合いには、ミレイアの回復したゴーレムが立っていた。
さすがにバルとは大きさが違う。かなり目立つ。
だが、ヌシの大きさも同じく大きい。正直、最初に頭へ食らわせた一撃は、たまたまではあるが運がよかったのだろう。
今度は相手も警戒している。簡単に何度も食らわせられるとは思えない。
だが、それは何も足かせがない状態の話だ。
ヌシが大きな声と音を立てながら、ゴーレム目掛けて嘴で突っ込んできた。
それを、ミレイアのゴーレムが体で受け止める。
重い衝突音が響いた。
ゴーレムの体が大きく揺れる。何度も受け止めるのは難しいだろう。
だが、ヌシの動きが止まったなら上出来だ。
「バル! アンカーチャージで羽を狙うんだ!」
バルが飛ぶ。
ヌルヌルをまとった体で、ヌシの右の翼へぶつかった。
狙い通り、右の翼にヌルヌルが付着する。
「もう一度だ!」
バルはすぐに戻り、今度は左側の翼にもヌルヌルを付着させた。
羽で飛んでいるというのであれば、これだけ付けば空高く飛ぶことは難しいはずだ。
思った通りだった。
ヌシは再び飛び上がろうとしたが、翼がうまく動かない。ぬめりで羽がまとまり、滑り、空気を掴めていないように見える。
結果、ヌシは空へ逃げられず、地上に降りてきた。
「よし!」
だが、それでも侮れない強さだった。
嘴の威力が高い。ゴーレムは既にほとんど動けない状態だ。
とはいえ、地上に降りてしまったのなら、正直あとは一押しでいけると思っている。
戻ってきたバルに、再度ヌルヌルを付着させる。
今度は、ヌシの足元にヌルヌルをばらまかせた。
結果。
立つことができず、転げ回る、テカテカした無様なモンスターの出来上がりだ。
「手に入れた時はこんなことになるとは思わなかったけど」
俺はヌシを見る。
「ヌルヌルこそ最強だな」
ここまでくれば、あとは消化試合だった。
バルのアンカーチャージ・ハードバレットの独壇場だ。
何度も何度も攻撃する必要はあった。だが、相手からまともな攻撃が飛んでこない以上、ヌシを倒すのは難しくない。
滑って転がるヌシに、バルの一撃が叩き込まれる。
立ち上がろうとして滑る。
また叩き込む。
羽も足元もヌルヌル。
威厳のあるヌシだったはずのモンスターは、もはや何か別の存在になっていた。
「これはひどい」
ミレイアがぽつりと言った。
「先ほどゴーレムを助けてやったというのに、その言い草はなんだ」
俺は少し不満だった。




