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第122話 雲上より墜ち続けた者

 バルと一緒に落ち続けているうちに、俺は早々に慣れた。


 痛みはある。あるのだが、要は紐なしバンジーだ。そう思えば、まあ、そういうものとして受け入れられる。


 もちろん普通なら受け入れられないのだろうが、ここはゲームだ。痛みはあるが、現実と同じではない。耐えられる範囲に抑えられているからこそ、メリットがあるなら続けられる。


 俺はもう何度も死に戻りをしている。今さら落下死が一つ増えたところで、精神的な抵抗は薄い。


「……あの称号、一回限りだったのかな?」


 そう思いながらも、とりあえず百回ほど続けてみた。


 すると、さらに上の称号をゲットした。


『雲上より墜ち続けた者』


 雲がかかるほど空高いところから落下を何度も経験する。


 効果は、プレイヤーの落下耐性が落下死ごとに向上。


「……おお」


 痛みは伴ったが、それを差し引いても、思っていたよりずっと上の効果だった。


 単に落下耐性がもう少し上がるのかな、と期待していた程度だったが、落下死ごとに向上するらしい。


 何度も向上するなんて、最高じゃないか。


 これがあれば、バルのアンカーチャージでの高速移動にも活用できるかもしれない。道がないところを飛び越える、なんてこともできるようになりそうだ。


「そうとわかれば、やるしかないな」


 俺はバルを見る。


「バル、続けるぞ」


 バルはものすごく嫌そうな顔をした。


 だが、ここで止まるわけにはいかない。俺は落下耐性。バルは飛行訓練。同じ崖から落ちるだけで、お互いに得るものがある。


 こんな効率のいい訓練はない。


 そうして、何度も何度もバルと一緒に飛び降りることを繰り返した。


 落ちる。死ぬ。戻る。また落ちる。


 やっていることだけを並べるとかなりひどいが、効果は確実にあった。


 そして、とうとう俺は、この崖から飛び降りても死ななくなるまで落下耐性をつけることができた。


「……生きてるな」


 地面に叩きつけられた後、俺はしばらく動けなかった。


 死んではいない。だが、ダメージは大きい。最後は仕方ないので、バルに突進してもらって介錯してもらった。


 バルの突進でやられたことでわかったが、やはりこの称号の効果は物理耐性などではないらしい。あくまで落下への耐性だけがついている感じだ。


 だが、それで十分だ。


 そして、変化があったのは俺だけではなかった。


 バルにも目に見えて変化が出ていた。


「……浮いてるな」


 もう、気のせいではない。バルは落下している途中で、はっきりと空中に留まれるようになっていた。


 最初は一瞬だった。だが、繰り返しているうちにその時間は伸びていき、今では数分ほど空中に浮かんでいられる。


 自由に飛び回れるわけではない。上昇したり、思い通りに方向転換したりできるわけでもない。


 だが、落ちるだけだったバルが、自分の力で空中に留まっている。


 これはもう、飛んでいる一歩手前と言っていいのではないか。


「やったな、バル!」


 俺がそう言うと、バルも自分の変化を理解しているのか、嬉しそうに跳ねた。


 互いに喜び合う。


 ようやく成果らしい成果が見えてきた。


 そう思った、その時だった。


 鳥居が揺れた。


 いや、鳥居だけではない。


 この風切岳そのものが揺れている。


「……なんだ?」


 足元が大きく揺れる。地面が割れるような音がした。


 次の瞬間、周囲の景色が崩れ去っていく。


 何が起きたのか確認する暇もなく、俺の視界は真っ暗になった。


 そして、気づいた時には、鳥居のダンジョン前のリスポーン地点ではなく、その前に記録した休憩所のリスポーン地点に立っていた。


     ◇


 ミレイアは、鳥居のダンジョンの中に入って調査していた。


「こんなところに鳥居型のダンジョンがあるなんてね。僥倖だわ」


 ノーフェイトに伝えた飛行訓練については、嘘ではない。だが、一般的にその訓練を何度も行えるかと言えば、答えはノーだ。


 たとえパートナーのことをどれだけ信頼していたとしても、飛べないモンスターに短い期間で何度も強行しようとすれば、普通はモンスターとの絆が崩壊する。訓練どころの話ではなくなる。


 それに、実はもっと登りやすく、高度もここよりは低いが、訓練に使える山はあった。それでもミレイアがここへ来たのは、ノーフェイトなら使えるのではないかと思ったからだ。


 そして、本来の目的は、風切岳のヌシの調査だった。


 ヌシと呼ばれる存在は、ボスとは違う生態のモンスターだ。数が限られている。だからこそ、目に見えてわかりやすく危険なその生態を調査するために、この山へ来ていた。


 だが、ここに来て、厳格に管理されているはずの鳥居型ダンジョンを野良で見つけてしまった。


 ミレイアは好奇心を抑えることができなかった。


 そもそもここは、モンスターが強いこともさることながら、絶壁で満足に登ることができない場所だ。加えて、時折周囲に降りてきて被害をまき散らすヌシがいる。


 わかっている情報は、そのくらいだった。


 きっと、鳥居型ダンジョンについては把握されていないのだろう。


「禁止されているのは、既に発見された鳥居型ダンジョンの話のはずよね」


 ミレイアは自分に言い聞かせる。


「これは未発見。なら、調査して報告すれば、むしろ成果になる……はず」


 それに。


「……中も気になるし」


 鳥居型ダンジョンの中は異質だった。


 現れるモンスターには見覚えがある。だが、違う。


「見たことがあるモンスターだけど、周りに黒いもやのようなものがまとわりついているのは何かしら?」


 とはいえ、倒せないような敵ではなかった。ミレイアのゴーレムなら十分に戦える。


 しかし、戦闘が始まってから、モンスターの様子がおかしかった。


「なんで戦っている途中で私を狙ってくるのよ!」


 普段とは違うモンスターの動き。それによって、ミレイアは幾度となくリスポーン地点に戻された。


 そのたびに、ノーフェイトがバルに飛び降りるよう指示しているところを見かけた。


 その指示に従うバルもおかしい。だが、それほど思いが強いのだろう。


 やはり、何事も思いが原動力になるのだ。


 何度もリスポーン地点に戻されて心が折れそうになったが、何度も崖から飛び降りるバルを見て、ミレイアは気持ちを新たにした。


「私も目的のために負けてられないわ」


 そして、何度も鳥居型ダンジョンに入った。


 一定間隔で置かれている鳥居を目印にくぐりながら、どうにか最奥近くまでたどり着く。


 だが、そこで目にしたのは、モンスターにまとわりついていた黒いもやのようなものが、神社の一部から噴き出し続けている光景だった。


「……これ、まずくないかしら?」


 神社から噴き出し続けている黒いもや。それ自体もまずい。


 だが、もっと前から噴き出し続けていたのであれば、逆に量が少なすぎる。概算ではあるが、量から考えて、ここ一日くらいで壊れて黒いもやが噴き出し始めたように見えた。


「私がこの鳥居のダンジョンに入ったから壊れたとでも言うの?」


 そうだとしたら責任重大だ。知らなかったでは済まされない事態かもしれない。


 遅いかもしれないが、早くこのことを外に伝えないと。


 そう思い、ダンジョンから出ようとした瞬間だった。


 黒いもやが一か所に集まり始めた。


 次第に形を作る。


 それは、当初の目的だった、報告のあったヌシと同じ姿だった。


 そして、その形を取った黒いもやは、いきなり神社を壊し始めた。


「まずいわ……誰かを呼びに行っている暇なんてないかもしれない」


 ミレイアは外に出るのを中断した。


 そして、ゴーレムで神社を攻撃しているモンスターを止めるように命じる。


「神社には被害を与えないように、あのモンスターだけ狙って!」


 ゴーレムはミレイアの指示を聞き、モンスターに攻撃を仕掛けようと近づいた。


 その瞬間、先ほどまでヌシの形を取っていたモンスターが黒いもやへ戻った。


 そして、ゴーレムを包み込む。


「え?」


 黒いもやにまとわりつかれたゴーレムが、動きを変えた。


 そのまま、自身のパワーで神社を攻撃し始めたのだ。


「ゴレムン! やめて!」


 ミレイアは叫ぶ。


「その神社に攻撃してはダメよ! 私の言うことを聞いて!」


 だが、ゴーレムはミレイアの指示を受け取れない。


 神社を攻撃する。


 破壊する。


 そのたびに、黒いもやが飛び出る速度が上がっていく。


 悪循環が止まらない。


 ミレイアはモンスターを交換しようとした。だが、交換もできない。


 何度も指示を繰り返す。


 けれど、聞いてくれない。


 ただそれだけで、何もすることができなかった。


「そんな……ゴレムン」


 そして、神社が壊れた。


 同時に、ダンジョンも崩れた。


 気がついた時、ミレイアは前に更新した休憩所のリスポーン地点へ戻っていた。


 自身のゴーレムの姿はない。


 ふよふよと漂う、もう一体のモンスターだけがそばにいた。


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