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第121話 千回落としてからが本番

 次の日もログインして、バルの飛行訓練を再開した。


 ミレイアは昨日から、何度かリスポーン地点に戻ってきているのを確認している。あいつがやりたいことは、ここのダンジョン攻略だったのか?


 研究とは一体……?


 まあ、今は深く考えても仕方ない。


 とりあえず、こちらのやることは単調だ。


 バルが崖から飛び降りる。


 戻ってくる。


 また崖へ向かう。


 それを繰り返す。


 たまにモンスターがやってくる。その時、バルが横にいる場合はバルが倒す。バルが近くにいない場合は、俺が倒されてリスポーン地点で復活する。するとバルも一緒にリスポーン地点へ戻ってくるので、そのまま倒す。


 そうして、訓練を続けた。


 そして、記念すべき千回を突破した。


 数えていたわけではない。


 称号が教えてくれた。


『飛べぬ鳥を飛ばす者』


 飛行能力のない、または未熟なモンスターに対し、落下を伴う飛行訓練を千回実行。


 昨日得た称号の『断崖の教官』と『奈落の教官』は、耐久訓練の微上昇と上昇だった。


 さすがに、何日もメリットなしで、本当に効果があるのかわからない飛び降りを続けるのはきつい。だが、あの称号を最初に得たことで、少なくともこれは訓練扱いではあるのだと思って、バルも愚直に続けていた。


 もし飛ぶための進化に効果がなくても、訓練自体には効果がありそうだったからな。


 そして、その結果として今回手に入れた称号の効果は――羽を持つ者の飛行訓練が可能になる、というものだった。


「……ん?」


 もう一度見る。


 羽を持つ者の飛行訓練が可能になる。


 ようやく、飛ぶための訓練に進めるということか。


 希望が見えた。


 ……同時に、今まで行っていたことは飛行訓練ではなかったということでもある。


「マジか」


 俺はゆっくりバルを見る。


 今、バルは死んだ目になっている。


 俺の近くに戻ってきても、ほとんど反応しないまま、また崖の方へ向かっていく。その姿は、完全に無心で飛び降りるマシーンだった。


 この状態になったからか、敵モンスターも途中から俺たちを攻撃せず逃げていくようになっていた。そのおかげで訓練は捗っていたのだが、今のバルは本当に大丈夫なのだろうか。


 言葉が通じていなさそうだ。


「バル」


 俺はバルの目の前に餌をちらつかせた。


 だが、反応が芳しくない。


「これはやりすぎたか?」


 口元に持っていっても動かない。どうやら、目の前にある餌すら見えていないらしい。


 せっかく、これから飛行訓練が行えそうなのだ。意識を切り替えてほしい。


「匂いなら気づくか?」


 そう思い、鼻の辺りに餌をちらつかせてみる。


 すると、ようやく動きがあった。


 バルの目が動く。


 次の瞬間。


 餌を持った俺の手ごと、バルの口の中に持っていかれた。


「うおっ!?」


 ヌルヌルとは違った感じで、生暖かい。そして気持ち悪い。


 俺は反射的に、バルの口から手を引き抜いた。


「再起動完了だな」


 とりあえず、バルは戻ってきたらしい。


 俺は得た称号の効果を共有した。バルは最初、目に見えて喜んだ。


 だが、すぐに固まった。


 今までのは飛行訓練ではなく、ただ落下していただけ。そして、これからが飛行訓練。


 それを理解したのだろう。


 バルは餌を食べながら落ち込んでいた。


「お前の望む進化への道が、着々と整ってきたんだから喜べばいいのに」


 そう伝えた瞬間だった。


 バルが俺を突き落とした。


「は?」


 とっさのことで、何が起こったのかわからなかった。


 体が浮き、視界が傾き、次第に頭が下へ向いていく。


 その時になってようやく、俺は理解した。


 俺は、バルに崖から突き落とされたのだ。


「お前――」


 抗議しようとした時には、もう地面が近かった。落下の恐怖が一気に湧き上がる。


 そして、そのまま地面に激突した。


 次の瞬間、俺はリスポーン地点に戻されていた。


「……」


 目の前にはバルがいた。


 口を開けて、明らかに怒っている表情だ。


 なるほど。


 俺が軽く考えていた飛び降りは、やる側からすればこういうものだったのか。


「バル」


 俺はバルに向き直る。


「お前が怖がっていたのに、軽く考えていたのは悪かった」


 まずは謝罪した。


 俺は訓練だからと特に何も思わず続けていた。だが、実際に自分が落ちてみるとわかる。


 これは普通に心がやられる。


「だが、お前が始めたことだろう?」


 俺は続ける。


「それも、さっき説明したように、これからはちゃんと飛行訓練になるんだから、終わりはあるはずだ」


 バルは面白くなさそうにこちらを見る。


「やるよな?」


 俺は崖の方を指す。


「今度は俺も軽く言わない。飛びたいなら、自分で飛ぶんだぞ?」


 バルはそれを聞いて、さらに面白くなさそうな顔をした。


 だが、少ししてから崖へ向かう。


 そして、自分で飛び降りていった。


「なんだかんだと言って、根性あるよな」


 そうして、再びバルは飛び降りを再開した。


 いや、違う。


 飛行訓練を始めた。


 今度は自分に喝を入れているのか、訓練中に大きな鳴き声が聞こえる。


「飛べ、バルよ!」


 俺は崖の上から声をかける。


「お前の未来を信じてるぞ!」


 そうして見送った後、ふと思い出す。


 さっき俺が地面に激突した時、称号を手に入れていた。


 俺は称号を確認する。


『雲上より墜ちた者』


 雲がかかるほど空高いところから落下。


 効果は、プレイヤーの落下耐性向上。


「……」


 落下耐性。


 今後、この場所で動くなら役に立つかもしれない。それに、称号で伸びるなら積み重ねる価値はある。


「……俺も崖から飛び降りるべきか?」


 俺は悩んだ。


 少しだけ悩んだ。


 そして、結論を出す。


「よし」


 俺は崖の方へ向かう。


 ちょうど戻ってきたバルが、こちらを見る。


「バル」


 俺は横に並んだ。


「一緒に行くぞ」


 バルが少しだけ目を見開いた。


 そして、俺たちは一緒に崖から飛び降りた。


「うおおおおおおおおおっ!」


 叫びながら落ちる。


 隣でバルも鳴いている。


 空を飛ぶための訓練。


 そして、落下耐性の訓練。


 目的は違うが、やっていることは同じだ。


 俺たちは、雲が近い崖から、揃って落ちていった。


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