第118話 この状態のどこが無事よー!!
風切岳に到着した。
正確には、風切岳に入るための手続きをした場所を過ぎた先にある、休憩所のようなところだ。リスポーン地点もあったので、忘れずに更新しておく。
「やはり、このブーツでの移動は素晴らしいな」
歩いて進むよりも、滑って進む方が圧倒的に早い。途中のモンスターもほとんど無視したので、時間はだいぶ短縮できた。
かかる予定時間の十分の一くらいで着いたんじゃなかろうか。
ただ、犠牲がなかったわけではない。
ミレイアはヌルヌルまみれだった。何度もバルから落ちたからだ。
目が死んでいる。
バルもヌルヌルまみれではあるが、ミレイアを見て笑っていた。
「無事目的地に着いたが、これからどうする?」
俺がそう聞くと、ミレイアがようやく反応した。
「これの……この状態のどこが無事よー!!」
途中から静かになっていたミレイアに、活気が戻った。
「一度落ちてヌルヌルまみれになってからは不快感が抜けないし、入るための場所では番人に『近寄らないでくれます?』って冷たい目で見られたし、散々じゃない!」
ミレイアは自分の服を見下ろして、さらに叫ぶ。
「今だって動こうとすると滑るし!」
「でも早く着いただろ?」
実際、早く着いたはずだ。
当初の歩きだと、夜になるまで歩いてようやく着くかどうかだったはずなのに、まだ日が照っている。つまり、結果としてはかなりいい。
「こんな状態で山を登れるもんですか!」
ミレイアは怒りながらこっちへ近づいてきた。
「あんたもなってみればわかるわよ!」
そう言うと、ミレイアは俺に抱き着いてきた。そして、自分に付着しているヌルヌルを俺にもつけてくる。
「……こいつ、バルと行動が一緒じゃん」
俺は冷静にそう考えた。
だが、ヌルヌルくらいではもう気にならない。
その様子を見て、ミレイアは再び激高した。
「なんで平気なのよ!」
「称号の効果だな」
俺はヌルヌルの不快感を無効にできる。再び有効にする必要なんてない。
だから俺にとってヌルヌルは、移動が速くなる単なるバフだ。NPCがたくさんいる街中だと見た目はまずいかもしれないが、今はミレイアがいるくらいで特に問題はないだろう。
「で、これからどうする? 山を登るか?」
「だから、こんな状態で山なんて登れるわけないでしょ!?」
「何を言っているんだ?」
俺は休憩所の方にあるリスポーン地点を見る。
「リスポーン地点で更新したじゃないか」
「更新したからって何よ?」
ミレイアは本当にわかっていないらしい。
しょうがない。俺はこのヌルヌル状態でも問題ないが、実演してやろう。
「バル、俺にいつものよろしく」
そうバルに伝える。
次の瞬間、バルは俺に向かってアンカーチャージを放った。
「いや、突進でいいだろ?」
そう思う暇もなく、俺は倒れた。
そして、リスポーン地点で復活する。
「ほら?」
俺は自分の体を確認する。
「これで俺もバルも、ヌルヌルがなくなった綺麗な状態で復活だ。効率的だろ?」
「…………」
ミレイアは、目と口を開けたまま固まっていた。
何も言わない。
完全に絶句している。
しばらくして、はっと気を取り直したかと思うと、そのまま休憩所の方へ歩いていった。そして、中に入る直前で振り返る。
「休憩所でヌルヌルを落としてくるから、そこで待ってなさい!」
それだけを残して、ミレイアは見えなくなった。
「早いのに」
どうやらミレイアには、この方法は気に入らなかったようだ。
◇
休憩所の中の水場で、ミレイアは備え付けのタオルを使い、体に付着しているヌルヌルをふき取っていた。
「サポートするとは言ったけど、失敗だったかも……」
ぼそりと呟く。
「いや、そもそも戦力になるならついでに利用しようとかせず、助言だけしてればこんなことにはならなかったはずよ」
風切岳に登る前から、ミレイアはすでに後悔していた。
「私のゴーレムに対してあれだけ力を見せたんだから、ここに入るための資格なんて試験を受ければすぐ受かったはずよ。失敗したわ」
ぶつぶつと独り言をこぼしつつ、せっせと体に付着しているものをふき取る。
だが、なかなか取れない。
「痛いのは一瞬だし、私もさっきのアレやった方がよかったかしら?」
一瞬、先ほどのノーフェイトの死に戻りを思い浮かべる。
だが、すぐに首を振った。
「……いや、ないわね」
却下した。
「そもそも、自分のモンスターに自身を攻撃させるなんて、モンスターとの関係がよほど悪くない限りできないわよ」
ミレイアはタオルを動かしながら、少しだけ眉を寄せる。
「逆によくあれで通じ合っているのが不思議なぐらいだわ」
体に付着したヌルヌルを落とすのには時間がかかる。風呂場があればよかったが、こんなところにそんな設備はない。むしろ、こんな辺鄙な場所なのに水場があるだけマシなのだろう。
「でも……」
ミレイアは手を止めた。
「自死を気軽にするほど、死線をくぐったってことよね?」
近寄りたくはない。
それは間違いない。
だが、ただの変人と片づけるには、ノーフェイトは妙な大きさがあった。
「近寄りたくはないけど、大物ではあるわね」
そう考えることにした。
悪いところをつついたところで益はない。そして何より、自分の判断が間違いだったとも思いたくなかった。
「そうよ。きっと使えるはずよ!」
ミレイアは自分に言い聞かせるように頷いた。
「私の判断は間違っていないはず!」
それから、ぎゅっとタオルを握る。
「私よ、頑張るのよ? 成果を出して、絶対あの上司を見返してやるんだから!」
そう言って、ミレイアは再びヌルヌルをふき取り始めた。




