第117話 風切岳への道
ミレイアのゴーレムには、格の違いを見せつけられた。
だが、バルの力を見せることはできたらしい。その結果、俺たちは助手として、そのまま風切岳まで行くことになった。
「徹夜明けなら、明日以降でも構わないぞ」
俺がそう言うと、ミレイアは首を振った。
「徹夜自体は頻繁にあることだし、風切岳は結構遠いのよ」
「遠いのか」
「それに入る前に休憩所があるから、そこで休むわ!」
それから、少しだけ声を潜める。
「研究所に戻ったら、別の仕事を押し付けられそうだし」
「なるほど」
それはわりと切実そうだった。本人が大丈夫と言うのであれば、別に気にすることでもないか。
「助手として連れて行くんだから、道中の露払いはよろしく!」
「露払いか」
加護持ちだと言っていたし、たとえやられてもリスポーン地点に戻るだけだろう。とはいえ、俺だけ取り残されても困る。
風切岳の中に入るまでは、ある程度守るつもりでいた方がよさそうだ。
そして、俺たちは北へ向かって進み始めた。
ある程度長い距離を歩いたところで、ふと移動についていい方法を思いついた。
「なあ」
俺はミレイアを見る。
「ゴーレムの方が歩幅が広いんだから、ゴーレムに乗って移動できないのか?」
「ゴーレムに?」
「俺たちは手とかに乗せてもらったりして」
ミレイアは少し黙った。
それから、妙にあっさりと頷く。
「……いいわよ」
「できるのか」
ミレイアは特に否定せず、さっきまでふよふよ漂っていたモンスターをゴーレムに切り替えた。そして、俺を片方の手に乗せる。ミレイア自身はもう片方の手に乗った。
ゴーレムが歩き出す。
ズシン。
ズシン。
大きな音を立てて道を進んでいく。
ミレイアのゴーレムは大きい。当然、歩幅もプレイヤーに比べてだいぶ大きい。
乗り心地は良くないが、こちらの方が断然早く着くだろう。
「なんで今までこの移動方法を使わなかったんだ?」
そう思った。
ミレイアはこの方法に気づかなかったのか。
いや、さすがにそんなことはないか。
そうして二、三分ほどゴーレムに乗って移動していると、だんだん気持ちが悪くなってきた。
「……う」
ゴーレムが一歩進むたびに、大きく揺れる。
上下に揺れる。
左右にも揺れる。
手のひらの上は安定しているようで、まったく安定していない。
これは、まずい。
気持ち悪い。
ミレイアはどうなんだ。そう思って向こうを見る。
「おぇえ!」
ミレイアは、ゴーレムの手の上から下に向かって吐いていた。
それを見て、俺も吐いた。
しばらくして。
今はゴーレムの手から降りて、一息ついている。少し後ろの地面には、吐いたものが残っていた。
「……最初から言えよ」
俺がそう言うと、ミレイアは口元を拭いながら平然と言った。
「言葉で説明しても、実感しないとわからないかなと思ったのよ」
「いや、言葉で説明してもらえばわかるが」
「わかったでしょ?」
「わかったが」
どうやら、既にやったことがあったらしい。
「高いところに移動とかは便利なのよ?」
ミレイアは少し疲れた声で続ける。
「でも移動するとなると、どうしても振動で気持ち悪くなるのよ」
「それは今、身をもって理解した」
「前にやったのは結構前だし、少しは慣れたかもと思ってやったけど、やっぱりこの移動方法は難しいわ」
この休んでいる時間を考えたら、ゴーレムの移動時間はプラスにならなさそうだ。そもそも気持ち悪くて、もう一度はしたくない。
「でも、まだ結構先だよな?」
「そうよ」
ミレイアは当然のように頷く。
「遠いから、目的でもなければ頻繁には行けない場所よ」
「ゴーレム以外に、乗って空を飛べるようなモンスターとか持っていないのか?」
「乗って移動できる中型以上のモンスターなんて数えるほどよ?」
ミレイアは少し呆れたように言った。
「そうそういないわよ」
「そういうものか」
となると、このまま数時間歩きっぱなしということになる。
それはちょっと面倒だ。別に敵と戦うのは構わない。だが、基本は移動時間の方が長い。
ゲームはしたいが、俺はウォーキングがしたいわけじゃない。
俺は辺りを見回した。
ここら辺は、あまり人がいない。
人がいないということなら、使ってもいいんじゃないか?
「少し気持ち悪く感じるかもしれないけど、早く着く方法があるんだが……いいか?」
ミレイアは少し怪訝そうな顔をしたが、すぐに頷いた。
「少しぐらいならいいわよ。私も長時間歩きたいわけじゃないし」
「わかった」
俺はバルに向き直る。
「バル、ミレイアを上に乗せてくれ」
その瞬間、バルはものすごい顔で首を横に振った。
いや、気持ちはわかる。気付け薬の件もある。そもそも最初からミレイアに対しては警戒している。
いつもなら餌で説き伏せたいところだが、今日はもう食べさせている。ここで追加するわけにはいかない。
なら、言葉だけでどうにかするしかない。
「バル」
俺は真面目な声で言う。
「進化したいんだろう?」
バルの動きが少しだけ止まる。
「なんでもかんでも嫌だ嫌だと言っていたら、たどり着けないかもしれないぞ?」
それだけでは弱かった。
バルはまだ抵抗している。
だから、俺は根気強く言葉を重ねた。
風切岳へ行くためだ。空を飛ぶ進化の手がかりを探すためだ。ミレイアは嫌かもしれないが、ここは我慢する場面だ。
そう説得し続けると、ようやくバルは渋々了承した。
そして、ミレイアをバルの上に乗せることに成功する。
俺はヌルヌルブーツに履き替えた。
準備は整った。
「いったい何を始めるの?」
ミレイアがバルの上から不安そうに聞いてくる。
「このブーツから生み出されるヌルヌルで、目的地まで滑っていく!」
「ヌルヌルで?」
「そうだ」
俺は地面を蹴った。
前のダンジョンで大きく向上した滑る技術。
それを使って、俺は風になった。
滑る。
滑る。
道を一直線に滑っていく。
俺の移動した後の道は、光り輝いている。
ヌルヌルで。
「きゃあああああっ!?」
後ろからミレイアの悲鳴が聞こえた。
バルは俺のヌルヌルの上を滑るように進み、その上にミレイアを乗せている。見た目はどうかと思うが、速度はかなり出ている。
これはいける。
そう思ったのだが、当然ながら問題もあった。
ミレイアは何度かバルから落ちた。そのたびに、全身ヌルヌルまみれになる。
「ちょ、ちょっと! これ、全然少しじゃないんだけど!?」
「慣れればいける!」
「慣れたくないわよ!」
落ちた後、ミレイアがバルに乗れない状態になってしまったかと一瞬焦った。だが、バルと接触している部分には、称号がうまく作用しているらしい。
なんとか再び乗ることはできた。
僥倖だった。
こうして俺たちは、ヌルヌルの道を作りながら、風切岳へ向かって滑っていった。




