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第115話 空を飛びたい

 バルが気絶してしまった。


 俺は慌てて近づき、軽く揺すってみる。


「おい、バル。起きろ」


 だが、なかなか起きない。完全に意識が飛んでいる。


 まあ、聞きたくないことを言われる前に自分で想像して気絶したのだから、精神的なダメージが相当大きかったのだろう。


 とはいえ、この時間は少しもったいない。


 そう思った瞬間だった。


 ミレイアが小さな瓶を取り出し、気絶しているバルの口の中に赤い液体を数滴垂らした。


 次の瞬間、バルが跳ね起きた。


「!?」


 俺も思わず身を引く。


 バルの顔が、今まで見たこともない顔になっていた。


 苦悶。


 驚愕。


 怒り。


 その全部が混ざったような顔だ。


「おい、何を飲ませたんだ?」


 俺が聞くと、ミレイアは瓶を軽く振った。


「これ? 気付け薬よ?」


「気付け薬」


「私特製だからか味が好まれてないけど、効果は見てのとおり抜群なのよ」


「好まれてない、で済む味なのか?」


 バルはまだ苦しんでいる。だが、その途中で自分が気絶していたことに気づいたらしい。


 そして、今起こっていることの原因がミレイアだと理解したのだろう。


 そのまま、俺の後ろに隠れた。


 完全に警戒対象になっている。


 ミレイアはそんなバルの動きに気づいているのかいないのか、気にした様子もなくパンパンと手を叩いた。


「じゃあ、続きをやるわよ」


 強引に説明が再開された。


「家畜種の進化にとって、餌は重要なことよ?」


 ミレイアがこちらを見る。


「今は一日何回餌をあげてる?」


「一日一回だな」


 俺は答える。


「バルはジャイアントコケコにはなりたくないようだから、餌は制限してるつもりだ」


「それだったら大丈夫ね」


 ミレイアはあっさり頷いた。


「基本的に家畜種の進化については、一日に必要な餌を超えた分を蓄積して、それが一定を超えると進化するから。一日一回であれば、ジャイアントコケコに進化することはないわ」


 それを聞いて、俺の後ろにいるバルの気配が少し緩んだ。


 表情は見えない。だが、安心したような雰囲気は伝わってくる。


「私としては、新しい進化を探したいところだけど」


 ミレイアは少しだけ肩をすくめる。


「コケコのつがいを探したいだけなら、本当にあるかわからない進化より、ジャイアントコケコに進化するのもありよ?」


「ありなのか?」


「強くて大きいというだけで人気はあるはず。戦闘できる家畜種なんて今までいたこともなかったから、私はそっちに進んでほしくはないけど」


「俺も正直、強くなるであろうジャイアントコケコはありだと思ってる」


 そこは昨日から思っていた。


 ビッグコケコに進化しても、速度などは変わらず、体積だけ大きくなって強くなった。なら、ジャイアントコケコへの進化も、強さという意味では十分ありだ。


 見た目を良くしたいということは、異性からの人気を得たいということだと思っている。ミレイアの言う人気という意味では、それでも目的は達成できるはずだ。


 だが、バルは俺の後ろから出てきて、大きく否定した。


 全身で違うと主張している。


「やっぱりダメか」


 俺はため息をつく。


 やはり、見た目が球体なのが気に入らないのだろう。


「わかったわかった。じゃあ餌は一日一回の制限を引き続きだ」


 俺はバルを見る。


「でも、勝手に食べてジャイアントコケコに進化したら、それは自己責任だからな? バルも気をつけろよ?」


 俺がログインしている間は餌を制限できる。だが、ログアウトした後にどうなっているかまではわからない。


 勝手に何か食べて進化した、なんてことになったら目も当てられない。


 バルは真剣に頷いた。


 そこは本人にとってもかなり重要らしい。


「じゃあ次は、どんな進化を望んでいるのか聞きましょうか?」


 ミレイアは話を先へ進める。


「よくある環境系の進化方法だと、寒い地域や熱い地域で長期間過ごすというのがあるわ」


「それって、それぞれ進化後にどうなるかって特徴はあるのか?」


「そうねー」


 ミレイアは少し考える。


「大体、寒い地域だと体毛が増えたり、太ったりかしら? 基本的には寒さに耐えるための進化が多いわ」


「寒さに耐えるためか」


「逆に、熱い地域だと毛が短くなったり、太っている場合は痩せたりするわね」


 それからミレイアはバルを見た。


「でも、どちらも体形に沿って変わるから、球体だと痩せるというよりは小さくなるだけのような気がするわ。全員が全員そういった進化の形になるとは限らないけど」


 聞いている感じ、どちらも微妙だ。


 これ以上太っても、痩せても、結局は今の体形に沿って肉がついたり減ったりするだけなら、あまり変わらなさそうだ。


「どちらにせよ、進化は当人の気持ちも大事よ?」


「気持ち?」


「本人が適応したいと思って進化するのだから、基本的にはどうなりたいかというのがはっきりしていれば、その方向に進化しやすくなるわ」


 それを聞いて、俺は少しだけバルを見る。


 その理屈だと、バルは今の形を望んだ姿ということになってしまうが。


 いや、まあ、今回に関しては純正進化と言われるほうで進化したんだとは思う。本人の意思より、家畜種としての進化条件が勝った。そういうことなのだろう。


「バル」


 俺は後ろにいるバルへ声をかける。


「お前はどんな感じに進化したいとかあるのか?」


 いつものように考え込むのかと思った。


 だが、バルはすぐに動き出した。何かを伝えたいらしい。


 俺の周りをジャンプしたり、転がったりする。


「……速くなりたいのか?」


 違うらしい。


「強くなりたい?」


 それも違うというほどではなさそうだが、本命ではなさそうだ。


「小さくなりたい?」


 違う。


「硬くなりたい?」


 違う。


 バルはさらに跳ねた。


 そして、体を浮かせるような動きを何度もする。


「……空を飛びたいのか?」


 そう聞いた瞬間、バルが大きく頷いた。


「ああ、そういうことか」


 空を飛びたい。


 それがバルの望みらしい。


 あれか。最初にレグルスと戦った時、空を飛んだ相手に対して思うところがあったのかもしれない。


「空を飛びたいとなると、風切岳へ行くのがいいかしら?」


 ミレイアがすぐに反応した。


「基本的に何も適性がない状態だと難しいけど、コケコ自体には羽があるのよね」


「羽?」


「空を飛ぶための羽じゃないけど」


 そう言いながら、ミレイアはビッグコケコの画像を取り出してきた。


 そこに映っていたのは、毛がふっさふさな大きな鶏だった。烏骨鶏(うこっけい)がそのまま大きくなったような見た目だ。


「……思ったより鳥だな」


「飛べないですけどね」


 ミレイアは当たり前のように言う。


 バルは画像を見て、微妙そうに固まっていた。


 同じビッグコケコだというのに、画像の個体と今の自分の見た目があまりにも違うからだろう。普通のビッグコケコは、ちゃんと鳥の形をしている。


 だが、バルは球体だ。


 その差を見せつけられて、また少し傷ついたのかもしれない。


「でも、あそこは道らしい道もないし、加えて空を飛ぶモンスターが多いのもあって、強いモンスターが多いわよ?」


 ミレイアがそう言う。


 俺はバルを見る。


「強いモンスターは望むところだよな? バル」


 バルは自信を持って頷いた。


 強敵は問題ない。むしろ、進化のためなら望むところだ。


 それを見て、ミレイアがにんまりとした顔になった。


「実は私も、あそこには行きたいのよねー?」


「……ん?」


「でも厄介なモンスターが多いし、なかなか調査は進まないから放置してたのよ」


 ミレイアは笑顔のまま、こちらを見る。


「一応だけど、イベント順位で六位に残るぐらいには強いのよね?」


 こいつ。


 サポートだけじゃなくて、俺たちを利用する気もあるのか?


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