第114話 餌をたくさん食べてなければ
バルが、いい加減早く行くぞと言わんばかりに急かしている。
さっきから俺の周りをうろうろしながら、何度も研究所の方角へ視線を向けていた。相当、進化の話を進めたいらしい。
「わかった、わかった。行くから」
そう言って、ようやく研究所へ向かう。
道中、俺は少しだけ別のことを考えていた。
まずいな。
ミルトがヌルヌルダンジョンに行ったら、新しい武器を思いついても作ってくれなくなるかもしれない。
何か打開策はないか。
そう考えていたのだが、途中でふと思い直した。
「……いや、よく考えたらミルト一人だと、あのダンジョンのボスまでたどり着くのは難しいのでは?」
小島までは船を借りれば行ける。そこは俺と違って、バルの重さで船を沈める心配もない。
だが、問題はダンジョンの中だ。あそこは雑魚も床もヌルヌルで、まともに進むだけでも面倒だった。それに、仮にボスまでたどり着けたとしても、シークレットボスのヌルヌルスライムを倒せるかは別問題だ。
ミルトは生産寄りのプレイヤーだ。俺の中では、まだそこまで戦闘力が高い印象はない。
「……なら、すぐにヌルヌル素材を取ってくることはないか」
そう思い直すと、少し心が軽くなった。
そうこうしているうちに、研究所の前へ着く。
「確か、昨日は三十番のボタンを押せって言ってたな」
入り口の横にあるボタンの中から三十番を探し、押す。少し待っていると、ドアの奥からミレイアが現れた。
「朝から来るかと思っていたけど、遅かったわね!」
いつも通り、声が大きい。
だが、目の下にははっきりと隈ができていた。
「……まさか徹夜で仕事してたのか?」
俺がそう聞くと、ミレイアは胸を張った。
「当たり前じゃない! 自分の仕事がなくなるわけじゃないんだから、あなたのサポートをしようと思ったらそうなるわよ!」
「当たり前なのか……」
ミレイアは妙にテンションが高い。きっと、これが徹夜明けのテンションなのだろう。
ただ、徹夜で考えた内容となると、少し信用していいかどうかわからないようなものが出てきそうでもある。
そんなことを考えながら、俺はミレイアに連れられて研究所の中へ入った。
案内されたのは、ホワイトボードがある一室だった。
「じゃあ、私が仕事が終わってから調べた家畜種について、わかりやすく説明してあげましょう」
ミレイアはホワイトボードの前に立つ。
「下地を知っているほうが、間違うことが少なくなりますからね」
「それはありがたい」
仕事ができない女だと思っていたが、そうでもないのかもしれない。少なくとも、こうして説明の場を用意してくれる程度には真面目らしい。
「まずは、なぜ家畜種が弱いかを簡単に説明します」
ミレイアは指を一本立てた。
「一つ目として、単純に能力が低い」
次に、二本目。
「二つ目として、スキルが弱い」
そして三本目を立てる。
「そして三つ目が重要なんだけど、畜産物を生成することで弱くなる」
「どれか一つでも弱い理由はわかるが、最後はひどいな」
能力が低いのはわかる。低いなら、それだけで戦闘では不利だ。スキルが弱いのも、わからなくはない。
バルだってアンカーがあるから強いと思えるが、それ以外の技は体当たり、突進、丸くなる、硬質化だ。強い技と言われると、正直そこまでではない。
そこまでなら、まだ弱い理由として納得できる。
しかし、畜産物を生成することで弱くなる。
それはもう、戦闘用として育てるやつなんていないだろう。
「そもそも目的が違いますからね」
ミレイアはあっさりと言う。
「伊達や酔狂で育てるとか、研究目的とかでもない限り、家畜種を育てようなんて考えもしませんよ」
横で聞いていたバルが、ミレイアを威嚇していた。
だが、ミレイアは気づいていない。
「あなたのビッグコケコが強いのは、この能力の低さを、卵の時に本来では行えない死と再生を繰り返した異常な鍛錬により補ったからだと思います」
「死と再生を繰り返した異常な鍛錬……」
「卵の状態でモンスターと契約なんて普通はできないから、再現できそうにないですが」
なるほど。
比喩としての死ぬほどの鍛錬ではない。文字通り、実際に死ぬ鍛錬。
だからこそ、家畜種でも異常に強くなったのか。
そう思うと、バルには悪いが、あの行いは間違っていなかったということだな。
「そして、聞いたことがないアンカーというスキルは、今の変異体だからこそ覚えられた技だと思います」
ミレイアは続ける。
「他の変異体でも、同様に本来では覚えられない技を覚えたという報告はありますし」
「変異体だからこそのスキルか」
「最後に、畜産物を生成することで弱くなると言いましたよね?」
「ああ」
「でもあなたは、自分のモンスターが家畜種のモンスターだとは思いもしていなかった」
俺は大きく頷いた。
そこでミレイアは、それ以上細かくは説明しなかった。だが、言いたいことはわかる。
バルは死と再生を繰り返して、個体として強くなった。そして、普通のコケコではなく、球体で生まれた変異体だったからこそ、アンカーという特殊な技を覚えた。さらに畜産物を生成しなかったから、家畜種として弱体化もしなかった。
そういうことだろう。
「ここまでで質問はありますか?」
「特にない」
俺は素直に答える。
「わかりやすい説明をありがとう。いろいろ疑問に思っていた部分が解消された」
「そう。それならよかったわ」
ミレイアは満足そうに頷いた。
そして、少しだけ表情を引き締める。
「ここからだけど、進化は環境に適応するために行われるわ」
「環境に適応?」
「畜産種が餌を大量に食べて進化するのも、それが理由。だから、戦闘用の家畜種とも言えるその子が、戦いで進化をしていてもおかしくはなかったはず」
「それなら、なぜ家畜種の進化である巨大化のほうに?」
俺が聞くと、ミレイアはホワイトボードに線を引くような仕草をした。
「進化が複数あるモンスターは多いわ。でも進化については、モンスターごとに純正進化と言われる、優先順位が高い進化がある」
「純正進化」
「両方の条件が満たされた時に進化する場合、本来の進化の形のほうが進化しやすいというのは、想像がつくでしょう?」
ミレイアがバルを見る。
「……バルは家畜種で、家畜種は餌で進化が主流」
俺もバルを見る。
バルは、ミレイアと俺を交互に見た。
そして、ミレイアがその後の言葉を告げる前に、聞きたくないであろう言葉を想像したのだろう。
そのまま、ふらりと揺れて――気を失った。
「あっ」
ミレイアは少しだけ間を置いてから、言った。
「多分、餌をたくさん食べてなければ、戦闘用のコケコとして進化してたんじゃないかと思うわ」
バルは気絶している。
言葉は聞こえていないはずだ。
それなのに、目元から涙が流れていた。




