第104話 今度は私を裏切らないでくださいね
少し希望が見えたのか、バルは涙を流しつつも、ミレイアの説明を聞いていた。
さっきまで完全に現実逃避していた状態からすると、それだけでもかなりの前進だ。
ミレイアは、今度は研究者らしく真面目な口調で説明を始める。
「基本的には、進化は色々なモンスターと戦って、適応するために起こります」
そこは、さっきレーニーから聞いた話とも近い。
「ですが、基本的にと言ったように例外もあります」
ミレイアは指を立てた。
「家畜種のように、餌を大量に食べて進化するモンスターもいます」
「……まあ、そこは聞いた」
あまり嬉しくない情報として、しっかりな。
ミレイアは気にせず続ける。
「他にも、時間が経過することで進化する昆虫種とか、特定の環境で過ごすことで進化できるモンスターとかですね」
「へえ」
餌と戦い以外にも進化条件があるのか。
そこは普通に知らなかった。
ミレイアはそのまま、少し表情を引き締める。
「もちろん、今のところは家畜種が餌以外で進化するなんて見つかっていません」
「だろうな」
「家畜種は、色々なモンスターの種別の中で最弱なので、戦うことも過酷な環境に行くこともないですから」
その言い方はだいぶ容赦なかった。
だが、事実としてはそうなのだろう。
「そもそも家畜種のモンスターで戦おうとする人なんていません」
そこで、ミレイアは一拍置いた。
「いえ、いませんでした」
その言い直しに、少しだけ力がこもる。
俺たちのことを見て、認識を修正したのだろう。
「でもこの子は、戦闘のイベントで単独で六位になるほどの強さがある」
ミレイアは、まだ俺に抱きつくようにくっついているバルを見た。
「なら、他の進化を探す価値はありそうに思います」
そこまで聞いて、俺もたしかにありそうだと思った。
そもそも、今日図書館を見るまで、モンスターに種別があるなんて知らなかった。
家畜種が弱いのも知らなかった。いや、家畜なんだから想像はつくが、実際に分類として聞かされると別だ。
だが、俺のバルは、そこらのプレイヤーのモンスターより強い。
もっとたくさんの敵と戦って経験を積んだり、過酷な環境に行ったりだってできるだろう。
バルはそれを聞いて、俺の体に顔を埋めたまま流していた涙を止めた。
少しだけ、呼吸も落ち着いてきたように見える。
「家畜種の新しい進化について、探してみますか?」
ミレイアがそう聞く。
俺はバルの方を向いて頷いた。
すると、バルも小さく頷き返してくる。
どうやら、やる気は戻ったらしい。
「もちろんやるさ」
俺がそう答えると、ミレイアの顔がぱっと明るくなった。
「では、私がサポートしましょう!」
勢いよく一歩前へ出る。
「このミレイア・ノクスが!」
そこまではよかった。
だが、その次の瞬間、ミレイアは急に鬼気迫る顔でこちらへにじり寄ってきた。
「だから今度は私を裏切らないでくださいね!」
「怖い怖い」
「私がサポートするんですからね?」
そう言いながら、一枚の紙を取り出してくる。
差し出されたそれは、契約書だった。
「……なんだこれ」
内容を確認する。
ミレイア・ノクスが、家畜種の新しい進化条件を探すサポートをする代わりに、この研究には他の研究者を関わらせないこと。
「先ほどの件、根に持ってるな?」
俺がそう言うと、ミレイアはにっこり笑った。
「当然です」
清々しいくらい隠さない。
だが、逆に言えば、契約まで持ち出してくるということは、サポート自体についてはある程度信用していいのかもしれない。
サポートしないなら、別に他の研究者の手を借りればいいだけだ。
そもそも、サポートがなくても調べること自体はできる。
そう考えると、デメリットはあまりないだろう。
「まあ、いいか」
俺はその契約にサインした。
こうして、ミレイアと一緒に新たなバルの進化方法を探すことになった。
バルも、さっきまでの絶望から一転して、やる気に満ちた表情になっている。
さっきまで泣いていたとは思えないくらい、切り替えが早い。
「じゃあ早速だ」
俺はミレイアを見た。
「教えてくれ。何から取り掛かればいい?」
するとミレイアは、きょとんとした顔をした。
「いえ」
そして、あっさり言う。
「私にも他の仕事がありますし、調べるのにも時間がかかりますよ」
「……あ」
「明日また来てください」
……よく考えれば当然だった。
こっちはその場の勢いで「やるぞ」となっていたが、相手には相手の都合がある。
研究だって、今この場で全部答えが出るような話じゃない。
「まあ、そりゃそうか……」
そう呟くと、ミレイアは満足そうに頷いた。
とりあえず、今日はここまでらしい。




