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落ち延びた三男坊、山で拠点を作ったらやがて帝国になった ――逃避行から始まり、拠点を作って勢力拡大。気付けば、帝国に成ってしまった件について  作者: 六駿
第三章 芽吹

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第67話 色を薄める

 大陸歴一四〇七年八月二十日


 朝食を終えたアルスは、ゼダンを伴って広場の一角へ向かった。


 そこでは今日も、ウォルフたちが長屋の建設を進めている。


 世帯用の長屋が既に完成していたため、まだ幾らか空きは残っているのだが、そこを今単身向けで使ってしまえば、今後新たに家族単位で人を迎え入れた際に困ることになる。


 そのため、新しく加わった元ナユリ兵たちは共同寝床を使いながら、急ぎで新しい長屋を建てている最中だった。広場には木槌の音が響き、木材を運ぶ者、柱を支える者、縄を引く者が慌ただしく動き回っている。


 以前なら数人で無理くり行っていた作業も、今では屈強な元兵士たちが加わったことで、目に見えて進みが早くなっていた。


 アルスはその様子を眺めながら、小さく笑う。


「思ってた以上に順調だね」


 その声に気付いたウォルフが、柱を支えていた手を止めてこちらを振り返った。


「おお、砦主かちょうど良かった」


 額の汗を腕で拭いながら近付いてくる。


「どう?」


 アルスが尋ねると、ウォルフは周囲を見回してから苦笑した。


「どうも何も、流石に同時に三十人はやり過ぎだ」


 肩を竦める。


「増やすなら、もう少し計画的に増やしてくれ」


「ははは」


 アルスも思わず笑った。


「やっぱり?」


「当たり前だ」


 ウォルフは呆れたように言う。


「仲間が増えるのは良い。飯が何とかなるなら増やしたい気持ちも分かる」


 そこで一度言葉を切る。


「だがな、人間は飯だけ食って生きてる訳じゃない。寝る場所も要る」


「それは本当にそうだね」


 アルスも素直に頷いた。


 食糧が大切なのは変わらないが、人が増えれば住む場所も必要になる。今回は以前から長屋を多めに建てていたし、共同寝床が空いていた。おかげで何とか凌げているものの、毎回こう上手くいく保証は無い。


「何とかなりそう?」


「するしかあるまい」


 ウォルフは笑う。


「幸い、今は力仕事が出来る連中が揃ってるから思ってた以上に捗っとる」


 実際、建設現場を見ても以前より人数が増えただけではないことが分かる。重い丸太を運ぶ速度も早く、柱を立てる際の動きにも無駄が少ない。


 恐らく野営や陣地構築の経験が有るのだろう。


 初めてとは思えない手際だった。


「そうか」


 アルスは満足そうに頷いた。


「その様子なら安心かな」


 そして本題へ入る。


「実はもう一つ聞きたかったんだけど」


「何だ」


「近いうちにフェルデンへ行こうと思ってるんだ」


「おお」


 ウォルフが頷く。


「滑車の件か」


「そうそう」


 先日話していた昇降機計画である。


 崖を利用しての上げ下ろしをするためには滑車が必要だが、作る技術は拠点に無い。だからフェルデンで使えるものが手に入るかどうか、実際に見てくる必要があった。


「それで確認なんだけど」


 アルスは建設現場を見渡す。


「ウォルフが数日抜けても大丈夫そう?」


 するとウォルフは迷わず答えた。


「問題無い」


「本当に?」


「ヘルガが居る」


 実に簡潔だった。


「建設そのものは、もう流れが出来ている。指示さえ決まっていれば俺が居なくても回る」


 視線を現場へ向ける。


「それにこれだけ力仕事が出来る奴がいれば、俺が抜けても困ることは無いだろう」


 アルスは安心したように笑った。


「良かった」


「だから行くなら行くぞ」


 ウォルフは胸を張る。


「丁度良い滑車があれば良いのだがな」


「うん」


 アルスも頷いた。


「じゃあマティアスたちが道整備の件から戻ったら日程を決めよう」


「心得た」


 ウォルフは短く答える。


 話を終えると再び大木槌を担ぎ、何事も無かったように建設現場へ戻っていった。その背中を見送りながら、アルスは改めて広場を見渡す。


 人数が増えたという事実は負担ばかりではない。


 こうして目の前では、新しく加わった者たちが木を運び、柱を立て、少しずつ拠点そのものを大きくしていた。


 ウォルフが持ち場へ戻ったあとも、アルスはしばらく建設の様子を眺めていた。


 その姿を見ながら、アルスは一つの違和感に気付いた。


「あれ?」


 思わず小さく声が漏れる。元ナユリ兵たちが普通に働いているのだ。


 実に自然だったので、以前との違いに気付くのが遅れた。


「不思議だな」


 アルスは呟く。


「最初は、あんなに仕方なく働いてるって感じだったのに」


 最初に拠点へ引き入れた頃は違った。命を助けられた恩義はあるし、行く当ても無い。だから働くか、という空気がどこかに残っていた。頼んだ仕事はするのだが積極的ではなく、言われたからやる、そんな距離感だった。


 ところが今見ていると、それとは違う。


 誰も嫌々という顔をしていない。与えられた仕事を、ごく当たり前のようにこなしている。


 なぜだろうと考えると、ゲーフの姿が思い浮かんだ。


 新しく加わった元ナユリ兵たちも、前回同様ゲーフが話を聞き、それから持ち場を決めていた。前回もゲーフが話をしたあと現場へ送り出されると、渋々やってる風だったのが不思議なほど素直に働き始めたのだ。しかも、それはゲーフが居なくても変わらない。


「思った以上に戦力になるな」


 アルスは素直な感想を漏らした。


 単純に人数が増えたという話ではなく、一つの集団として既に機能し始めている。


「砦主」


 その時、隣で見ていたゼダンが静かに口を開いた。


 その声には、どこか考え込むような響きがあった。


「少々、ゲーフには統率力が有りすぎますな」


 アルスはゼダンの方を見た。


「統率力?」


「ええ」


 ゼダンは静かに頷く。


「砦主には、もう少し元ナユリ兵たちと話をして頂きたいのです」


「話を?」


「はい」


 アルスは首を傾げた。


「でも今のやり方で問題ないよね?」


 建設現場へ視線を向ける。


「ゲーフへ任せると早いし、実際ちゃんと回ってる」


 その言葉に、ゼダンは小さく笑った。


「その結果です」


「え?」


「ご覧のとおり、驚くほど見事に回っております」


 ゼダンは静かに建設現場を示す。


 アルスが先ほど感じた物をゼダンも感じ取ったのだろうか。


「順調だよね」


 アルスは素直に言う。


「ええ」


 ゼダンも否定しない。


「順調です」


 少し間を置く。


「ですが砦主」


「うん?」


「この者達は、一体誰の部下でしょうかな」


 一瞬だけ意味が分からなかった。


「誰って……」


 アルスは建設現場を見る。


「俺たちの仲間だよね」


「そうでしょうか」


 ゼダンは穏やかな口調のまま続けた。


「今、元ナユリ兵へ仕事を頼む時、砦主はどうされていますかな」


「え?」


「まずゲーフへ話を通し、後は任せる」


「うん」


「建設だけが特別とは思えません。畑も伐採も、恐らく同じ様なものでしょう」


 アルスは少し考えた。


 確かにゼダンの言う通りで、元ナユリ兵へ直接指示はほとんど出していない。


 ゲーフへ頼むと言えば、後は全部やってくれる。


「でも、その方が早いよね」


 アルスは率直に答えた。


「ゲーフも皆から信頼されてるし」


「その通りです」


 ゼダンは頷く。


「だからこそ、少々危ういのです」


「危うい?」


「ええ」


 ゼダンは静かに建設現場へ視線を向ける。


「この者達は、砦主の部下ですかな」


 そこで一度言葉を切る。


「それとも」


 ゆっくり続けた。


「ゲーフの部下ですかな」


 その一言で、アルスは一度考える。


 改めて建設現場を見ると、確かにウォルフの指示で仕事は進んでいる。


 だが、その前に元ナユリ兵たちをまとめているのはゲーフだ。


 新しく来た二十五人も、以前から居た十一人も皆、まずゲーフの話を聞く。


 ゲーフが作業内容を聞き、人を選び持ち場を決め送り出す。


 そして、その後は何も言わなくても動き続ける。


「でもそれって、大きな問題かな?」


 アルスは小さく声を漏らした。


 ゲーフが手綱を握ることで、このナユリから来た四十一人が円滑に動けるようになる。


 自分かそれともゲーフかなどと、わざわざ分ける意味は無いようにも思う。


 段々と馴染んでくるだろうと待つよりも、余程前向きな話に思う。


 ゼダンは静かな声で続ける。


「もちろん、ゲーフを疑っている訳ではありません」


「うん」


「ですが組織というものは、人を信用することと、人へ依存することを混同してはなりません」


 アルスは黙って聞いていた。


「今はゲーフ自身が恐らく、そこに気付いていないから大丈夫です」


「うん」


「ですが、このままでは元ナユリ兵は、砦主の命令ではなくゲーフの言葉で動く集団になります」


 ゼダンは小さく息を吐いた。


「だからこそ、今の内に砦主自身が話をしてください」


「話すだけで変わるかな」


「変わります」


 即答だった。


「砦主が誰で、誰のために働いているのか。誰が判断し、誰が責任を負うのか。それを日々積み重ねていくことが、組織を作るということです」


「まずは話しかければ良いんだね?」


「最初はそれで構いませんが、出来れば二~三名は直接指示が出せる人間を見出してください」


 ゲーフとは別に仲介を務める人間が必要という事だろうか。


「今、拠点には八十名がおります」


 ゼダンは静かに続けた。


「その内、四十二名が元ナユリ王国民です」


 アルスも改めて数字を頭の中で並べる。


 半数を超えているうえに、その大部分が戦闘経験者だった。


「数だけなら喜ぶべきことなんだけどね」


「ええ」


 ゼダンは頷く。


「問題なのは人数ではありません。その構成です」


 その言葉に、アルスは黙って耳を傾けた。


「だから私は、ヨアヒムの村回りに同行しようと思っております」


「あ……」


 そこでようやく繋がる。


「だからゼダンも行くって言ったのか」


「ええ」


 ゼダンは頷いた。


「村々を回れば、新たな人との縁も出来るでしょう。ディーの元にも久しく顔を出しておりませんし、紹介して頂ける者が居るかもしれません」


「確かに」


「それに、近々レオンをローデン方面へ送りますよね」


「うん」


「その際ついでと言っては何ですが、潜伏しているミュラー家家臣が居ないか探してもらうべきでしょう」


 アルスは思わず息を呑む。


「あ、そうか……」


 その可能性は考えていなかった。


 戦後生き延び、身を隠している家臣が居ても何ら不思議な話ではない。


 もし見付かれば、それだけでも拠点にとって大きな力になる。


 それにもしかしたら、父上やファビオ兄上、セアド兄も……。


「他にも、避難民の中には行き場を失っている者が、まだ他にも居るかもしれません」


 ゼダンは穏やかな口調のまま続ける。


「元ナユリ王国民ばかり増やす必要はありません」


「なら、しばらく奴隷商隊の襲撃は控えた方が良いね」


 ゼダンは即座に答えた。


「奴隷以外を扱う、小さな商隊や個人商人など、こちらが確実に勝てる相手であれば今後も動くべきでしょう。荷は当てに成らないかもしれませんが、少なくとも馬も荷車は手に入ります」


「なるほど」


「手を止める余裕はありません。ただ、狙う相手は選ぶべきです」


 アルスは静かに頷いた。


 襲撃そのものを止める訳ではない。


 だが、何を得るために襲うのかは考えなければならない。


「そして砦主」


「うん?」


「元ナユリ兵とは、今以上に話をしてください」


「分かった」


「ゲーフ殿だけを通していてはなりません」


 アルスは建設現場を見る。


 よく働き、よくまとまっている。


 だからこそ、そのまとまりが誰を中心に出来ているのかを見誤ってはいけない。


 ゼダンは最後に静かに言った。


「奴隷商隊ばかりを襲い続ければ、この拠点はいずれ元ナユリ王国民の集団になります。拠点の色が偏る前に、手を打たねばなりません」


 その一言に、アルスは何も返せなかった。


 戦力を増やしているつもりが新たな問題を生み出そうとしている。


 しかし様々な立場の者が居て、様々な価値観が混ざり合って初めて、一つの拠点になる。


「そうか……」


 アルスは小さく息を吐く。


 拠点にも、色というものがあるのだ。


 その色が今はナユリ王国の色へと染まりつつある。


 ゼダンは静かに頷いた。


「ええ。これからは、その色を薄めていかねばなりません」

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