表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
落ち延びた三男坊、山で拠点を作ったらやがて帝国になった ――逃避行から始まり、拠点を作って勢力拡大。気付けば、帝国に成ってしまった件について  作者: 六駿
第三章 芽吹

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
98/131

第66話 たぶん

 大陸歴一四〇七年八月十九日


 夕方になり、外へ出ていた者たちが一組、また一組と拠点へ戻り始めた。


 狩猟班は既に獲物を解体場へ運び終え、伐採に出ていた者たちも斧を担いで帰って来る。


 その少し後、籠いっぱいの山菜や木の実を抱えた採集班の姿が坂道を登ってきた。


 アルスは、その中から目的の人物を見つける。


 ヨアヒムである。


 相変わらず籠を抱えながら、何処かのんびりとした足取りで歩いていた。


「ヨアヒム」


 アルスが声を掛けると、ヨアヒムは顔を上げる。


「あ、砦主」


 いつもの気の抜けた笑顔だった。


「お疲れ様です」


「お疲れ様。少し話がしたいんだけど、今良いかな」


「良いですよ」


 返事も実に軽い。


 アルスは横へ並ぶゼダンと顔を見合わせ、小さく頷いてから本題へ入った。


「実はヨアヒムへ、新しい仕事を頼みたいと思ってるんだ」


 その言葉を聞いた瞬間だった。


「え? 俺ですか?」


 ヨアヒムは少しだけ目を丸くした。


 そして次の瞬間には、実に爽やかな笑顔で言った。


「大丈夫です」


「……大丈夫?」


「ええ」


 ヨアヒムは何度も頷く。


「今の仕事で十分なので」


 そう言って軽く一礼すると、


「では」


 くるりと踵を返した。


「いや、ちょっと待って!」


 慌ててアルスが呼び止める。


 ヨアヒムは素直に足を止めたが、何故止められたのか分からないという顔で振り返った。


「何でしょう」


「いや、何でしょうじゃなくて」


 アルスは思わず額へ手を当てる。


「まだ話終わってないから」


「あ」


 ヨアヒムは納得したように頷いた。


 前途多難である。


 アルスは何とも言えない表情になる。


「とりあえず話だけ聞こうか」


「えっと……」


 ヨアヒムは少しだけ考え、それから困ったように笑った。


「絶対、大変な仕事ですよね」


「まあ、多少は」


「ですよね」


 深く頷く。


「今ので間に合ってるので良いです」


「いや、だから」


 アルスは苦笑した。


「変な勧誘をする訳じゃないから、まず聞こうか」


「そうですか」


 ヨアヒムは腕を組み、本気で考え始めた。


 数秒ほど黙り込んだ後、


「じゃあ明日にしましょう」


 と、真面目な顔で提案した。


「今から!」


 思わずアルスの声が裏返る。


「何で一日延びるの」


「今日は採集で疲れましたし」


 実にもっともらしい理由だった。


「明日の方が頭も回ります」


「そういう問題じゃないから!」


 アルスは思わず頭を抱える。


 何というか、……疲れる。ヨアヒムには忠誠心が有るのは間違いない。


 疑ったこともないのだが、その忠誠心と、この自由さは、一体どういう理屈で両立しているのだろう。


 隣を見ると、ゼダンが口元を押さえながら肩を震わせていた。


 笑っている。どう見ても楽しんでいるよね。


 味方が一人減った。


 アルスは心の中だけで、小さく溜息を吐いた。


「あのね、前々から考えてたんだけど」


 アルスは一度気持ちを切り替えた。


「そろそろ近隣の村を回って、商隊の真似事を始めようと思うんだ」


「ああ」


 ヨアヒムは頷く。


「何か前に言ってましたね」


 少し考えてから続けた。


「売る物が無いから止めるって」


「そうそう、その話」


 アルスも頷いた。


「最近の襲撃で色々手に入ったからね。ようやく元手が出来たんだ」


「そうなんですね」


 ヨアヒムは素直に感心したように言う。


「美味しそうな物が有ったら買ってきてくださいね」


「いや、違う」


「違う?」


「俺が行くんじゃない」


「行かないんですか?」


「そうじゃなくて」


 アルスは小さく溜息を吐いた。


「ヨアヒム」


「はい」


「君が、その商隊を率いて村々を回るんだ」


 一瞬、沈黙。


「え?」


 ヨアヒムは目を瞬かせた。


「嫌ですが?」


「……え?」


 あまりにも即答だった。


 いや、何となくそんな気はしていた。していたのだが、ここまで迷い無く断られるとは思わなかった。


 アルスは困ったように隣を見る。


「どうしようか」


 ゼダンへ助けを求める。


 するとゼダンは、いつもの苦笑とは違う、どこか楽しそうな笑みを浮かべていた。


「相変わらずですな」


 小さく笑ってからヨアヒムへ向き直る。


「ヨアヒム、とりあえずやってみろ。何もお前一人でやれという話ではない」


「ええ……」


 ヨアヒムの顔へ、はっきりと「嫌です」と書いてある。


「面倒くさそうで」


 なんて素直なんだろう……。


「まあ面倒が無いとは言わん」


 ゼダンは平然と続ける。


「初めての試みだから、何が起きるかも分からん。だが、お前なら出来るのではないかという判断だ」


「留守番の方が得意です」


「本当にか?」


 ゼダンは僅かに笑う。


「ならオットーへ商隊を任せ、お前が代わりに保存食を作りながら、拠点中の相談事を全部引き受けるというのであれば考えるが」


「オットーの代わりは嫌ですねぇ」


 ヨアヒムは即答した。


「あれ見てると結構大変ですよ」


 アルスは思わずヨアヒムを見る。


 意外だった。


 オットーの仕事は目立たない。


 毎日誰かが相談へ行き、荷を管理し、保存食を見て、何かあればゼダンやアルスへ話を持って来る。


 拠点を支えている重要な仕事だが、気付いている者は決して多くない地味な仕事だ。


 だからこそオットーは外せないし、今の拠点を支えているのはオットーだと断言できる。


 それをヨアヒムは見ていた。


 なるほど。マティアスが推した理由は、こういう所にも有るのかもしれない。


 ゼダンは満足そうに頷いた。


「そうだろう」


「留守番には留守番の苦労がある」


 そして静かに続ける。


「お前も砦主譜代の臣として、責任ある仕事を任されても良い頃合いだ」


「え?」


 ヨアヒムは困った顔をした。


「それとこれとは話が違いません?」


「何も違わん」


 ゼダンは即答した。


「砦主肝入りの商隊だ。譜代の者こそ率いるべきだろう」


 少しだけ口元を緩める。


「最初の内はマティアスも付ける。必要なら俺も同行するぞ」


 アルスは思わずゼダンを見る。


 え?ゼダンまで付いて行くの?


 するとヨアヒムも同じ疑問を抱いたらしい。


「だったら」


 首を傾げる。


「ゼダンさんかマティアスが率いれば良いんじゃないですか?」


 うん。それは確かにそう思う。


 アルスも内心頷いた。


 だがゼダンは首を横へ振る。


「俺やマティアスが、いつまでも率いる訳にはいかん」


 そうだよね。ヨアヒム以外は替えの利かない仕事を皆しているというのが今回の話の始まりなんだから、そこでゼダンやマティアスが行くとなると話が変わってくる。


「それこそお前が、俺かマティアスどちらかの代わりを務めるか?」


「冗談ですよね?」


 ヨアヒムは引き攣った笑顔になった。


「遠慮しておきます」


「そうだろう」


 ゼダンは笑う。


「だから最初だけでも手伝ってやる。まずはやってみろ」


「やりたくないんだけどなぁ……」


 そう言いながらも、さっきほどの拒絶ではない。


 あれ、あと一押し?


 そんな空気を感じたアルスは、小さく口を開いた。


「ねえ、ヨアヒム」


「はい?」


「色んな村を回ることになるんだから、美味しい物があるかもしれないよ」


 一瞬でヨアヒムの表情が変わる。


「砦主」


 妙に凛々しい顔で胸を張る。


「私に任せてください」


 力強く頷く。


「その仕事、見事成し遂げてみせます」


 アルスは何とも言えない顔になった。


 ねえ……。やっぱり少し不安なんだけど。


「いつから行きますか?」


 ヨアヒムは急にやる気満々になった。


「今からですか? すぐ準備しますが」


「そう慌てるな」


 ゼダンが苦笑する。


「まだマティアスが街道への道筋を決める仕事から戻って来ておらん。それからの話だ」


「ああ、そうですか」


 ヨアヒムは残念そうに肩を落とした。


「いつでも出ますので、決まったら言ってくださいね」


 そう言うと、何事も無かったように採集してきた山菜の仕分けへ戻っていった。


 その背中を見送りながら、アルスはぽつりと呟く。


「ねえ、ゼダン……」


「何でしょう」


「さっきのあれ」


 アルスは苦笑しながら頭を掻いた。


「食べ物の話をした瞬間、急にやる気になったよね」


 ゼダンも思わず笑う。


「さすが砦主ですな。確かにヨアヒムは食い物で釣るのが一番早い」


 ……あれ?


 アルスは一瞬だけ考える。


 忠誠心は、どこへ行った?


 譜代の臣として育てようという真面目な話をしていたはずなのだが、最後は美味しい物の一言で決着してしまった。


 何ともヨアヒムらしいと言えば、らしい。


「いや、そうじゃなくてさ」


 アルスは苦笑を浮かべたまま言った。


「本当にヨアヒムで良かったのかな、って今更だけど」


 ゼダンは少しだけ笑みを浮かべる。


「心配はいりません」


「そうかな」


「ああいう男ほど、人に好かれるものです」


 その返答に、アルスは小さく首を傾げた。


「ねえゼダン。本当に信用される男なんだよね?」


「ええ」


 ゼダンは一度頷いてから、少しだけ言葉を付け加えた。


「欲は単純ですが、だからこそ信用されるのです……たぶん」


 ……たぶんって言った?


 ねえゼダン。


 今、たぶんって言ったよね?

もし少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたら、ページ下部の☆を押して評価をお願い致します!


作者の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ