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落ち延びた三男坊、山で拠点を作ったらやがて帝国になった ――逃避行から始まり、拠点を作って勢力拡大。気付けば、帝国に成ってしまった件について  作者: 六駿
第三章 芽吹

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第57話 戦場の一と拠点の一

 大陸歴一四〇七年八月一日


 拠点へ戻った翌日。アルスは朝から広場の端に腰を下ろし、忙しなく動き回る人々の姿を眺めつつ、物思いに更けていた。


 昨日、新たにゲーフたち十二名が加わった結果、拠点に住む者の数は遂に五十名へ達している。


 五十名である。


 山へ逃げ込み、この廃砦を拠点としてから四ヶ月。最初は共に逃げた者と合流した者含めて十四名だったことを思えば、随分と遠くまで来たものだった。


 もはや集まりという規模ではない。


 普通に村だと言われても違和感のない人数である。


「五十人か……」


 思わず呟く。


 少しぐらい誇っても良いのではないだろうか。


 父の命に従い館から飛び出し、何も持たずに彷徨い、場当たり的に拠点を整備し始めた人間が、こうして五十人もの拠点を作ったのだ。


 少し出来過ぎと言っても過言ではないだろう。


 もっとも、人が増えれば仕事も増える。


 広場では既にウォルフとヘルガが中心となって、新しい長屋造りが始まっていた。


 別に今すぐ寝床が足りなくなる訳ではない。元からそれを見越して多めに造っていたのだから。


 だが昨日十二名増えたのだ。この先も同じように人が増える可能性を考えれば、早めに手を打つべきだと判断したらしい。


 朝食を終えるなり、ウォルフは「造るぞ」と言い出し、そのまま作業を始めてしまったのである。


 そして今は、新しく加わった元ナユリ兵たちまで動員され、木材運びや整地が進められていた。


 純粋に手が増えた効果は大きい。しかも元兵士という屈強な手だ。


 道具不足のせいで劇的に効率が上がる訳ではないだろうが、それでも人数が増えれば進む仕事は確実に増える。


 やはり数は力だった。避難民を保護したときにも感じたものだが、力仕事と言う面ではその時の比ではない。


 恐らく今後も同じように元ナユリ兵が増えていけば、こうした作業の速度も更に上がるのだろう。


 それ自体は喜ばしいことだ。


 だが――。


 アルスは長屋造りを眺めながら、小さく息を吐いた。


 人が増えれば増えるほど、別の問題も見えてくる。


 そして、その問題は決して小さくないように思えた。


 まず間違いなく、最優先で考えなければならないのは食糧だった。


 今回の襲撃で食糧そのものも手に入っている。


 だが、それはあくまで奴隷十二名と護衛七名が移動中に消費するための備蓄に過ぎない。


 多少余裕を持って積まれていたとはいえ、五十人が食べていくのに十分な量であるはずもなかった。


 人が増えれば食べる量も増えるのは当たり前の話である。


 採集に出る人数を増やせば多少の増加は見込めるだろうが、自然相手の行為である以上限度がある。


 今日多く採れたとしても、それは明日採れる分が減るだけかもしれない。


 根本的な解決にはならないのだ。


 では狩猟はどうか。


 これもまた避難民を受け入れた時と似たような話で、人数を増やせば獲物も増えるとは限らない。


 むしろ山へ入る人間が増えれば、その分だけ獣が警戒し、獲れ高が落ちる可能性すらある。


 今はまだ夏だから、木の実もあれば草も生える。


 だが冬は違う。


 もし何の準備もないまま冬を迎えればどうなるか、考えるだけで気が重くなる。


 だからこそ今日の朝、ゼダンを中心にマティアスやレオンたちはフェルデンへ向かった。


目的は買い出しである。


 幸い奴隷商隊から回収した金銭があり、それなりの食糧は手に入るだろう。


 ついでにこの先の事を考え、幾つか別の品も買ってくるよう指示している。


 前回フェルデンを訪れた際に見掛けた物で、拠点の今後を考える上で必要になるはずだ。


 ただこの買い出しも、結局のところ一時しのぎに過ぎない。


 この先も奴隷商隊を襲い続けるのであれば、その都度仲間が増える可能性が高い。


 元兵士が十人増え、二十人増える。


 それは戦力としては頼もしい。


 しかし同時に、十人分、二十人分の口が増えるということでもある。


 そう考えると、良い意味ばかりではなかった。


 増えた数だけ問題も増えるのである。


 次の手を考えなければならない。


 もっとも、今すぐ答えが出る訳でもなかった。


 だから今日も狩猟班は普段通り山へ入っている。


 クラウス。


 ティム。


 そしてリッキー。


 ここまでは良い。


 問題はそこへ昨日加入したばかりのゲーフまで加わっていることだった。


 アルスは遠くへ視線を向ける。


 正直なところ、獲物が獲れるかどうかよりも別の意味で不安だった。


 ティムとリッキーだけでも十分騒がしいのに、ゲーフまで加わったのである。


 恐らく今頃、山のどこかで好き勝手なことを喋っているに違いない。


 もし俺がクラウスの立場だったらどうだろうと、三人と一緒に行動する姿を想像する。


「……クラウス頑張れ」


 思わず口から漏れる。


 あの集団をまとめる役目になったクラウスへ、心の底から同情した。


 本当に頑張ってくれ。応援だけはしておく。



 次に問題と言えるのは、拠点内の男女の割合で、昨日加わった十二名は、漏れなく全員が男である。


 結果として現在の拠点は、幼児まで含めて男三十七名、女十三名となった。


 数字だけ見ても偏っている。


 しかも今後の方針を考えれば、この差はさらに広がる可能性が高かった。


 奴隷商隊を狙い、元ナユリ兵を受け入れる。


 その流れが続くのであれば、増えるのは恐らく今後も男ばかりである。


 今は皆、生きることに必死だから表面化していないだけで、拠点の規模がさらに大きくなれば、人間関係の問題も増えていくだろう。


 男女比の偏りも、その一つになるかもしれない。


 ならば女性奴隷を連れた商隊を狙うべきなのかと、そんな考えが頭を過った。


 実際、探せば存在はするだろう。奴隷というのは何も兵士だけではないのだから。


 だがアルスは首を振った。


 違う。それは何かが違う。


 そもそも奴隷が欲しくて奴隷商人を襲撃しているのではなく、我々が求めているものを一番効率良く揃えることが出来るのが奴隷商人だったというだけだ。


 そこへ男女の比率を整えるためだけに女性を連れた奴隷商人を襲撃するというのは、どうにも本末転倒な気がした。


 しかし同時に、別の考えも浮かぶ。


 戦力とは何だろう。戦える者だけが戦力なのだろうか。もしそうなら、女たちや子供たちはどうなる。


 そして避難民たちはどうなるのだろう。


 そう考えた時、昨日の襲撃で感じた別の違和感が自然と頭に浮かんできた。


 役割が違うという意味では、前回の襲撃で良く分かったことがある。


 避難民の男たちを六人連れて行ったことだった。


 あの時の目的は単純で、人数が増えれば出来ることも増える。


 だから六人増えれば、六人分強くなると考えていたのである。


 だが実際は違った。


 彼らは戦場で六にはならなかった。


 敵が斬りかかると、立ち竦み、尻餅をつき、森へ逃げ込んだ。


 実際に戦ったのは、元からアルスが戦力として最初に計算した者たちだけで、最後に数として入れた避難民は数として成立しなかった。


 つまり戦場という一点だけを見るのであれば、六人増えたからと言って戦力が六増えた訳ではなかったのである。


 だが、だからと言って無意味だったのかと言えば、それも違う。


 待ち伏せの準備や荷物の運搬、襲撃後の処理等の部分では確かに役に立っていた。


 もし彼らが居なければ、あの襲撃はもっと慌ただしく、もっと危険なものになっていただろう。


 戦場では六にならなかっただけで、襲撃前後の部分や拠点の仕事では、彼らは間違いなく六だったのである。


 いや、もしかすると六以上なのかもしれない。


 長屋を建てる時も畑を作る時も、採集へ出る時もそうだ。


 避難民たちは日々の暮らしを支える側として確実に働いている。


 では今回加わった元ナユリ兵たちはどうだろうか。


 恐らく戦場では頼りになる。


 ゲーフなど、その最たる例で、一人で一どころか三にも五にもなりそうな男である。


 だが、だからと言って拠点の仕事でも同じように働くのかと言われれば、正直まだ分からなかった。


 力仕事ならば頼りになるだろうが、日々の暮らしを支えるという意味ではどうなのか。


 少なくとも現時点では力仕事ができるというだけの評価であって、そして恐らくそれは優劣の話ではない。


 役割の違いなのだ。


 戦場で一になる者。


 拠点で一になる者。


 その両方で一になれる者。


 きっと人によって違う。


 なのに自分はこれまで、それらを同じ一として考えていたのかもしれなかった。


 もっとも、中には戦場でも拠点でも活躍する者も居る。


 どこに置いても、何をさせても一として働くどころか、三にも五にもなるような人間だ。


 だが、それを当たり前だと思ってはいけないのだろう。


 むしろ、そういう人間の方が例外なのだ。


 そう考えた時、アルスの頭に浮かんだのは拠点の古株たちだった。


 ウォルフとヘルガは建設を担い、ティムやリッキーは狩猟だけでなく拠点の雑事にも手を貸す。ゼダンやマティアス、レオンも同じだった。


 ヨアヒムも……。ヨアヒム……?


 アルスは少し考えた。ヨアヒムは何だろう。


 戦場で一? それはない。


ならば拠点で一。


 一? いや、なんか違う。


 ヨアヒムは……ヨアヒム一で。


 細かく考え始めると何をやっているのか分からなくなるし、とりあえず居るだけで周囲を明るくしているので、それも役割と言えば役割なのだろう。


 多分。


 だからヨアヒムは、ヨアヒム一で数えよう。


これまでは戦うだけではなく、作るだけでもない。足りない場所があれば埋める。


 そうした人間たちによって、この拠点は支えられてきたのである。


 だから気付かなかった。いや、気付けなかったのかもしれない。


 誰も彼もが戦場だけではなく、拠点でも幾つもの役割を抱えながら動いている。


 急場を凌ぐためにそうせざるを得なかったし、実際それで乗り切ってきた。


 だが今になって思う。


 あれは当たり前ではなかったのだ。


 ここまで拠点を引っ張り、作り上げてきた者たちは、もしかすると皆例外だったのかもしれない。


 そんな人間ばかりを見てきたから、自分も無意識にそれを基準にしていたのだろう。


 だが五十人という規模になった今、その考え方は改めなければならないのかもしれなかった。



 避難民が増え、元兵士が増え、気付けば拠点は村と呼んでもおかしくない規模なのである。


 だが人数が増えれば増えるほど、一つの事実も見えてくる。


 全員が同じ役割を果たせる訳ではないという事だ。


 だが、それで良いのだろう。


 大切なのは、その違いを理解することなのだ。


 戦力は必要だ。


 だが同時に、それを支える者たちも必要になる。


 戦う者だけでは拠点は成り立たない。


 暮らしを支える者だけでも成り立たない。


 その両方が役割を果たして、初めて人は集団として生きていけるのだろう。


 もっともそこまで考えた所で、アルスは小さく苦笑した。


 分かったような気になっているが、結局これは全部一人で考えた話だ。


 ゼダンもマティアスも居ないから、答え合わせをしてくれる相手も居ない。


 だから今は、とりあえず覚えておこうと思う。


 五十人になった今、拠点は少しずつ変わり始めている。


 そして恐らく、自分も。

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