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落ち延びた三男坊、山で拠点を作ったらやがて帝国になった ――逃避行から始まり、拠点を作って勢力拡大。気付けば、帝国に成ってしまった件について  作者: 六駿
第二章 礎石

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第52話 初陣前夜

大陸歴一四〇七年七月二十三日



日が落ち始める頃には、昼間見つけた奴隷商隊の話は拠点中へ広がっていた。


外へ出ていた者達も帰ってきている。


夕食を終える頃には、焚火の周りに昼間呼ばれた面々に加え、話を聞きつけた何人かも腰を下ろしていた。


アルスは火の向こう側を見回す。


昼間見た奴隷商隊は、バウムゼンへ向かってくれるのであれば、南西の街道で先回りできる。


つまり狙うなら明日出れば間に合う。


「明日の朝、出る」


アルスが短く言うと、一瞬だけ静かになるが誰も驚かない。


昼間から何となく、そういう空気は出来ていた。


「人数は?」


「まだ決めてない」


「どうやる?」


「それも今から」


明日の朝、日の出前に出る。


そこだけはもう決めていたが、問題はその先だった。


「砦主、どう止めます?」


最初に口を開いたのはヴァルターだった。


火の傍らに置いてあった薪を手に取り、手の中で弄びながら続ける。


「止めるのでしたら、木だと思います」


「木」


アルスが聞き返すと、ヴァルターは当然みたいな顔をした。


「道を塞ぐんです」


そう言って、手にしていた薪を横へ倒す。


「ああ……」


確かに道を塞げば止まるという、実に分かりやすい話だった。


すると横からクラウスが口を挟んだ。


「止めるなら、隠れる場所も欲しいですね」


「隠れる場所」


「いきなり道の真ん中に立っていたら警戒するでしょう。逃げられるかもしれません」


「なるほど」


アルスが頷いたところで、今度はティムが身を乗り出した。


「いや待て」


何故か少し得意そうな顔をしている。


「そんな面倒なことしなくても、俺が上から射れば済むんじゃないか?」


一拍。


「誰をだ?」


リッキーが聞き返した。


「護衛だ」


「七人全員か?」


「全員だ」


「お前、一人でか?」


「一人でだ」


リッキーは少し考えるような顔をした。


「……出来そうか?」


「出来る気がする」


「気かよ」


笑い声が上がる。


ティムは不満そうに眉を寄せた。


「いや待て、本当に出来るかもしれないだろ」


するとウォルフが腕を組む。


「俺達も行くぞ」


アルスがそちらを見る。


「いや、戦うんだろ」


隣でヘルガも頷いた。


「アタイも行くよ」


アルスは少し言葉を止めた。


少なくとも共に訓練する限り、かなりの腕前だと感じていたが、大工というのは今拠点において一~二を争う程必要な職だ。怪我でもしたら替えが効かない。


するとウォルフが不思議そうな顔をした。


「どうした、砦主?」


「いや……」


「世話に成っている身としては、このような時に力を振るわないでは申し訳が立たん。戦うのは俺たちの本業だ」


すると、その話を聞いたティムが即座に返す。


「お前、本業は大工だろ」


「それは趣味だ」


「いや、趣味かよ」


また笑いが起こる。


アルスも思わず吹き出しそうになったが、ふと思い出した。。


――そういえば。


あれはバウムゼンを出た日で、初めてウォルフ、ヘルガの二人を紹介された時だった。


あの時ディーは、確かに「大工仕事が出来る夫婦」だと言っていた。


うん。間違いない。「大工」だとは一言も言っていなかった。


アルスは暫くウォルフの横顔を見たが、本人は何でもない顔で火を見ている。


「……何かまだ色々ありそうな気がする」


小さく呟いた声は、誰にも聞かれなかった。



笑い声が少し落ち着いた頃、マティアスが焚火を見たまま口を開く。


「一つ宜しいですか」


「ん?」


「先ほどクラウスが、警戒されたら逃げられるかもしれないと言っておりましたが、飛び出した時に護衛が逃げに入った場合はどうします?」


一拍。


「追えば良いだろ」


ウォルフが言う。


「誰がです?」


マティアスが聞き返した。


「前へ出た人は護衛を相手に戦っているでしょう」


「……じゃあ後ろに誰か置くか?」


リッキーが言った。


「何人?」


「二人くらい?」


「二人で足りますか?」


「足りないか?」


「馬が暴れたら?」


今度はクラウスだった。


「馬車二台ありますよ」


「あ」


「奴隷が逃げた場合は?」


レオンが続ける。


「そっちも追いますか?」


「いや待て、護衛も追うんだろ?」


「誰が見る?」


「馬車は?」


「荷はどうする?」


「待て、それ誰が見るんだ?」


「二人じゃ足りないだろ」


「じゃあ三人?」


「だから馬が暴れたらどうするんだ」


「いや待て、護衛の話だったろ」


「どっちの護衛だ」


「違う、奴隷だ」


「何が?」


気付けば、誰が何の話をしているのか、もう誰にも分からなくなっていた。


さっきまで形になりかけていたものが、机から落ちた積み木みたいに一気に崩れていく。


話を足すたびに問題が増え、埋めた穴の横にまた別の穴が開く。


そしてそのうち、誰も最初に何の話をしていたのか思い出せなくなっていた。


焚火の周りでは、十人近くが好き勝手に喋っている。


もう会議ではなく、ただ大人数が困っているだけだった。


アルスはしばらくその様子を見ていた。


そして一度だけ、大きく手を叩く。


パン、と乾いた音が響いた。


「静まれ」


不思議なもので、その一言だけで少しずつ声が止まっていく。


アルス自身には理由が分からない。


ただ砦主と呼ばれるようになって以降段々と、こういう時に誰もが自然とこちらを見ることが増えていた。


本人はいつもの調子で話しているつもりでも、不意にその言葉へ従うことを疑わない空気が生まれることがある。


全員の視線が集まったところで、アルスは小さく息を吐いた。


「……うん。一旦落ち着こうか」


さっきまで好き勝手に飛び交っていた話が、ようやく止まった。


アルスは地面へ枝を伸ばし、地面に一本線を引く。


「誰を連れていくか決めよう」


そして、その横へ印を付けた。


「俺」


一本。


「ゼダン」


もう一本。


「マティアス、レオン、ティム」


さらに三本増える。


そこへ声が飛ぶ。


「木ならヴァルターですね」


クラウスだった。


「罠なら私が行きます」


「俺も行く」


腕を組んだまま言ったのはウォルフだった。


隣でヘルガも当然みたいに頷く。


「アタイもだね」


「なら俺もだ」


今度はリッキーだった。


地面の印が少しずつ増えていく。


アルスは並んだ印を見たまま考える。


「……あと人数も欲しいな」


「人数?」


「護衛だけじゃないから」


アルスは指先で地面を叩いた。


「護衛だけ見れば七人だけど、馬車もあるし奴隷もいるし何か起きた時に動く人も欲しい」


ゼダンも頷いた。


「避難民の男達から五~六人ほど連れて行きましょう」


「五~六人?」


アルスが思わず聞き返す。


「結構増えるな」


今度はリッキーだった。


アルスは指を折る。


「一、二、三……」


途中で止まる。


もう一度数え直す。


「……十六」


少し静かになる。


「多くない?」


誰かがぽつりと言った。


「思ったより多いな」


「七人倒すだけなんだけどな」


「まあ足りないよりは良いんじゃないか」


アルスも地面の印を見た。


いつの間にか、思っていたよりずっと大人数になっていた。


そして視線を上げる。


「オットーは残って」


そう言われた瞬間、焚火の向こう側にいたオットーが少しだけ顔を上げた。


「……俺ですか?」


「うん」


アルスは迷った様子もなく頷く。


だがオットーは、すぐには返事をしなかった。


少し眉を寄せ、そのまま焚火へ視線を落とす。


「俺も行けます」


静かな声だった。


けれど、その場にいた誰も冗談だとは思わない。


元々兵士である以上、戦えないわけではないし、実際のところ避難民の男達と比べるのであれば、戦場で動ける人間であることに疑いは無かった。


アルスも、それはよく分かっていた。


「分かってる」


短く答えたあと、アルスは少しだけ後ろを振り返る。


そこには、夜の闇の中に沈み始めている拠点があった。


焚火の明かりが届かない場所では、片付けをしている者達の姿がまだ僅かに見え、その少し向こうからは、子供達の笑い声も微かに聞こえていた。


明日出るのは、アルス、ゼダン、マティアス、レオン、ティム、ヴァルター、クラウス、ウォルフ、ヘルガ、リッキー、それに避難民の男達六人。合わせて十六人。


けれど残る人間は、それよりもずっと多い。


「残るの二十二人だよね」


アルスは続けた。


「子供もいるし、避難民の人達もいる」


言いながら、一人ずつ思い浮かべていく。


最近は気付かないうちに、守るものが少しずつ増えていた。


「今、この拠点の中のことを一番分かってるの、多分オットーだと思う」


保存食を作る時も、干し肉を分ける時も、人手が足りない場所へ誰かを回す時も、最近はどうしても役割上、拠点内に居る時間の長いオットーが自然と動いていた。


誰かが頼んだわけでもない。


けれど気付けば、あちらにもこちらにも顔を出し、足りないところを埋めるように動いている姿を見かけることが増え、結果的に皆との関係性が向上しているのだ。


アルスは少し笑う。


「だから頼む」


しばらくの沈黙が落ちる。


それからオットーは、小さく息を吐いた。


「……分かりました」


そうして話が一段落したところで、不意に一つの手がすっと上がった。


「では私も行った方が良いのでは?」


ヨアヒムだった。


その場の空気が、一瞬だけ妙な止まり方をした。


誰かが驚いたわけでもなく、反対しようとしたわけでもない。


ただ、自然と全員の視線がヨアヒムへ集まっていた。


アルスもそのままヨアヒムを見る。


ヨアヒムはいつも通り真面目な顔だった。


冗談で言っている様子もなければ、自信満々というわけでもない。ただ純粋に、自分も行った方が良いのではないかと考えて口にしただけなのだろう。


訓練に参加していないわけではないし、剣を持てないわけでもない。


オットー同様、元々兵士でもあるから戦えないわけではない。


駄目だと断言するほどの理由は、実のところ何一つ無かった。


けれど――何かが違う。


何が違うのかと聞かれても、アルス自身にも上手く説明は出来なかった。


気付けば横にいたゼダンも腕を組み、マティアスも少し考えるような顔をしている。


何故か周囲全体が、一緒になって考え始めていた。


しばらくしてからアルスが口を開く。


「……いや、ヨアヒムは残って」


「何故です?」


ヨアヒムは真顔だった。


アルスは再度考える。


ゼダンとマティアスも横で同じように再考しているようだ。


だが誰もその理由を説明できない。


「……何故だろう」


結局、それが全員の結論だった。


笑い声と困った顔と、何故か首を傾げる人間が入り混じる中で、拠点にとって初めてとなる出陣人員は、いつの間にか決まっていた。


もっとも、その決まり方は軍議というより、いつもの騒がしい焚火の続きを、そのまま明日へ持ち越したようなものだったのだが。

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