第46話 北方見聞録④
大陸歴一四〇七年六月二十五日
「いやあ、最初に見た時は『ああ、なるほど』って思いましたね」
レオンが苦笑混じりに言う。
「フレンチさんだけ見てると、妙に落ち着いた人だなって印象だったんですが、息子達は随分違いました。日に焼けてるし、髪も伸ばしっぱなしですし、腰には普通に短剣ぶら下げてる。船を横付けしたと思ったら、そのまま酒瓶抱えて桟橋へ上がって来るんですよ」
ティムが思わず笑う。
「なんか想像してた湖賊に近付いて来たな」
「ええ。まあ、荒っぽいのは間違いありませんでしたね」
レオンも笑った。
「『よく来たな、客人』とか言いながら、そのまま魚掴んで食い始めるし。ただ、不思議と嫌な感じはありませんでした」
マティアスが静かに後を継ぐ。
「フレンチ殿に比べると随分荒削りでしたが、完全に賊という感じでもありませんでしたね。恐らく、生まれた時からあの湖で育っているのでしょう。陸の町で暮らす者とは、どこか空気が違いました」
アルスは黙って耳を傾けていた。
「この湖そのものが、彼らの故郷なんでしょうね」
マティアスは静かに続ける。
「それをフレンチ殿は楽しそうに、ただどこか寂しそうにも見ていました。翌日も、改めてフレンチ殿と話をしました」
マティアスが静かに続ける。
「と言っても、何か特別な交渉をした訳ではありません。湖の話や、戦の話、それから西側の情勢についてですね」
レオンが肩を竦める。
「まあ、半分くらいは昔話でしたけどね。ただ、話してるうちに何となく分かって来たんですよ」
アルスが視線を向ける。
「何が」
「フレンチさんにとって、あの湖は『故郷』じゃないんです」
広場へ、小さな沈黙が落ちる。
レオンは少し考えるように頭を掻いた。
「いや、勿論あそこで生きてるんですよ。部下も居るし、家族も居るし、息子達なんか完全に湖の人間でした。でも、あの人だけは違った」
マティアスが静かに頷く。
「ええ。恐らくフレンチ殿にとって、あの湖は“生き延びる場所”ではあっても、“帰る場所”では無いのでしょう。話の端々からも、陸への未練のようなものは感じました。いつか、どこかで土地を持ちたい、とも」
ゼダンが低く唸る。
「……没落領主の生き残り、か」
「ただ同時に、現実も理解しているようでした」
マティアスは続けた。
「今すぐどうにか出来る話ではない。だからこそ、まずは生き残る。そのために湖で暮らしている、という印象でしたね」
そしてレオンが苦笑する。
「まあ、そんな感じで話が妙に合ってしまいましてね。今後少しずつ交流していこう、必要なら協力もしようって話になったんですよ。その流れで息子達や他の連中とも付き合いが始まりまして。気付けば十二日ですよ」
ティムが思わず吹き出す。
「長ぇなあ……」
「その後、十二日ほど滞在した後ですね」
マティアスが静かに続ける。
「帰りは、フレンチ殿側が船を出してくれました。来た道を伝えると、フェルデン近くまで送ってくれました」
レオンが肩を竦める。
「いや、船だと本当に早いんですよ。行きで苦労したのが馬鹿らしくなるくらいには。その後、フェルデンでもう一泊しまして、少し街の様子を見た後、こちらへ戻ろうとしたんですが――」
そこで一度、言葉を切る。
「街道の途中で、昨日連れ帰った避難民達と遭遇しました」
アルスが僅かに眉を動かす。
マティアスが頷いた。
「こちらは最初、気付いていませんでした。ですが向こう側に偶然、私の近所に住んでいた者が居ましてね。突然、馬の前へ飛び出して来たんです」
ウォルフが思わず顔をしかめる。
「危ねぇな……」
「ええ。実際かなり切羽詰まっていたのでしょう」
マティアスは静かに続けた。
「話を聞けば、旧ミュラー領から流れて来た避難民でした。食料も尽き掛けており、このままでは動けなくなる状況だったようです」
広場へ、短い沈黙が落ちる。
そしてレオンが苦笑した。
「まあ、そんなの見捨てて帰れる訳ないですよね。結局そのまま連れて帰ることになりました。人数も居ましたから、帰りは森の獣道で行きの倍近く時間が掛かりましたよ」
マティアスが引き継ぐ。
「それと、途中で以前見つけた庵も改めて確認しましたが、変わらず留守でした。一度は戻って再度出たのか、それとも長い留守なのかは不明です」
そこまで話すと、マティアスは一度小さく息を吐いた。
「――以上が、今回北側で見聞きして来た内容になります」
報告を聞き終えた後、広場にはしばらく静かな空気が流れていた。
朝の風が、丸太の脇へ積まれた薪の匂いを運んで来る。
ティムはどこか面白そうに笑っていたが、ウォルフは腕を組んだまま黙り込んでいた。
そしてゼダンが、ゆっくり息を吐く。
「……まさか、ドレッシンの生き残りと、こんな形で縁ができるとはな」
その声音には、僅かな驚きと、それ以上の複雑さが混じっていた。
「これは切らさないようにしなくてはな」
マティアスは静かに頷く。
「ええ。相手もそう感じたのでしょう。次はあちらが遊びに来るそうです」
アルスは黙ったまま空を見上げた。
山の中へ拠点を作り、生き延びている自分達。
湖へ逃れ、水の上で暮らしているドレッシン。
恐らく同じ立場で消えうせた者も多数いるだろう。同じ敗残でも、その形は一つではない。ただ広い世界で、偶然近隣に似た境遇の者が居るというのは、不思議と他人事には思えなかった。
やがてアルスは、小さく息を吐く。
「……とりあえず、無事に帰って来てくれて良かったよ」
その言葉に、レオンが気の抜けたように笑った。
「色々見れて楽しかったですよ」
マティアスは疲れた顔で言った。
「流石に日が掛かりすぎましたね」
「ああ。鶏たちは、お前の顔を忘れてるだろうな」
ゼダンが即座に返すが、それにティムが反応する。
「え、じゃあゼダンの旦那は、鶏の顔が区別できるんですかい」
広場へ小さな笑いが広がった。
そうして、北側見聞録は一旦幕を下ろした。
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