第91話 大義と小義(後)
大陸歴一四〇七年十一月二十九日
「……じゃあ、俺たちは今まで誰を襲ってたんだ?」
思わず呟く。
「総帥?」
マティアスが怪訝そうにこちらを見る。
「いや……」
当初ここに拠点を構えた時、裏側からフォーゲルとエリクセンを繋ぐ街道を監視できるので、それを荒らすことが出来れば復讐の一環になると考えた。
そして拠点強化のために、まずはバウム領へ流れるエリクセンからの元ナユリ兵を引き連れた奴隷商を狙おうという話に成ったのだ。
ここまでは良い。フォーゲルに損害を与える行為だから、俺としてもそれほど罪悪感を抱かずに済んだし、戦力増強に寄与してくれた。
だが、元ナユリ王国民が増えゲーフという人物に危機感を感じたゼダンの意見の元、商隊に狙いを変える方向へと対象が変わった。
その際の考えが足らなかったというべきか、襲うという感覚に注意をしていたのに慣れてしまったのか、この道を通る商隊を襲っても、その理由は十分成立すると思い込んでしまっていて相手が何者かという初歩の確認が出来ていなかった。
もし全く無関係の家の商人を襲っていたと成ると、俺にフォーゲルやエリクセンを責める資格が有るのだろうか。大小の違いは有れど、やってることは同じことに感じ始めてしまったのである。
そのことをゼダンにも話すことにした。これは今後の方針にも関わることだと思うので、丁度良かったのだ。
ゼダンはしばらく黙って考えていた。
俺の言いたいことを頭の中で整理しているのだろう。やがて何かを決めたように、ゆっくりと口を開いた。
「なるほど。総帥の言わんとすることは理解しました」
「うん」
「総帥が気にされているのは、今回の商隊がフォーゲル家と無関係だったという事実だけではありませんな」
「……そうだね」
俺は小さく頷く。
「今まで俺たちは、ミュラー家を滅ぼした連中から奪っているつもりだった。でも、実際にはそうじゃない相手まで襲っていたかもしれない」
これまでにも商隊を襲い荷を奪い、護衛を殺してきた。それでも俺の中には、どこかで「仕方のないことだ」という思いがあった。
だが、今回のように無関係の相手まで同じように襲っていたのでは無いか。本当にそれで良いのか。この疑問だけは、どうしても頭から離れなかった。
「総帥。大義と小義というものが有ります」
「大義と……小義?」
「ええ」
ゼダンは静かに頷いた。
「今回の場合、大義とは我々が目指しているミュラー家の再興に当たるでしょう」
「ミュラー家の再興……」
「はい」
その言葉を聞いた瞬間、俺は少しだけ息を呑んだ。
エリクセンに追われ故郷を失い、家臣たちと共に逃げ、結果としてここへ辿り着いた。
全ては、いつかミュラー家を再興するためにと、ここまで必死に頑張ってきた。
それが俺たちの目指しているものだ。
「そして今回の場合の小義は、先ほど総帥が言われた正当性や、我々と関わりのない者を襲わないことに当たります」
「……でも」
俺はゼダンを見る。
「今更の話ではあるけれど、無関係な者の命を勝手な理屈で奪っておいて、それは小義だから気にするなと言われても気になるよ?」
「もちろん、その考えは正しいです。小義とはいえ、守れるのであれば守るべきでしょう」
ゼダンは言葉を続ける。
「これは、あくまで比較の問題なのです」
「比較?」
「はい」
ゼダンの視線が真っ直ぐ俺へ向けられる。
「総帥が何をどこまで優先するのか。その思いの強さの比較、と言い換えても良いでしょう」
俺は黙ってゼダンの言葉を待った。
「ミュラー家の再興のためならば、如何なる手段を使ってでも成し遂げると考えるのか。それとも、手段を選んだ結果として再興が為らなかったとしても、それは仕方がないと割り切るのか」
「それは……」
言葉が詰まった。
どうなんだ。俺はどういう思いでいるんだ。自分の意志を明確に把握しているのだろうか。
ここまで順調に拠点は成長している。だがこれは俺が望んだものなのだろうか。
ただエリクセンが攻めてきたから逃げ、結果ここに辿り着いた。そして皆と生きるために必死に動いたら拠点が大きくなっていた。
ゲーフたち奴隷を受け入れ戦力を増強しようとした辺りからだろうか。
必ずしも俺の意見で全てが決まって来たとは言えなくなっている気はする。
ただそれがゼダンたちミュラー家の家臣の希望で有れば、その神輿として動くことを拒否するつもりは無い。
だが俺の意見が通っていないのかと問われれば、それは違うと断言できる。
確かに今回の襲撃相手選定の際のように意見が衝突することは有るが、決して俺を蔑ろにしているわけではないのは明らかだ。
レオンたちをミュラー領へ派遣する際も、ローゼンベルク家のお爺さまを頼ったらどうかという話が出たが、それは望む形の再興では無いという俺の意見が通っている。
家臣たちが自分たちの事を優先しているのであれば、その時反対しただろう。
今の状態よりも、ローゼンベルク家の従属で有れ復興すれば、この暮らしからは抜け出すことが出来るのだ。
多少は不自由も有るかもしれないが、それでも大きな苦労は俺を始めとするミュラー家の血筋の者だけだろう。
家臣たちには今より確実に良い生活が待っているはずだ。
だが、俺の嫌だという意志を汲み皆動いてくれている。
そうか。俺が一番腹を括れていなかったのか。
皆はやり方や考え方は異なれど、俺の願いを叶えるために動いているんだ。
「アルスが掟」
その一番最初に掲げる一つ目の条項がブレているということをゼダンは言いたいわけか。
掟がその時々で目的を変えては掟として成立しなくなる。
つまり小義を持って大義を計るという状態。つまり今の俺の考え方に辿り着くのか。
「ゼダン、分かったよ。もうブレない。」
俺は周囲を見渡すと、いつの間にか近くにいたマティアスやクラウス、ヴァルターもこちらへ視線を向けている。
俺は一人ずつその顔を見てから、言葉にした。
「俺は如何なる手段を用いてもミュラー家を再興する」
今まで曖昧だったものが、ようやく一つの形になった気がする。
この意思だけは、これから先も変えない。
「かしこまりました」
ゼダンが俺へ向き直る。
そして、深々と一礼した。
「今後はそのつもりで、お仕えさせていただきます」
その言葉に続くように、マティアス、クラウス、ヴァルターも頭を下げた。
誰も何も言わない。ただ、皆が同じように俺へ礼をしている。その姿を見て、俺はようやく気付いた。
この言葉を、皆は待っていたのだ。俺が覚悟を決めれば、皆も迷わず進める。
それなら、これまでゼダンが何度も口にしていた「アルスが掟」という言葉の意味も、ようやく分かった気がする。
俺が何でも決めるという意味ではなく、俺が、何を目指すのかを決める。
そのために皆が考え、意見を出し、必要なら俺とぶつかる。
それでも最後には、俺が決めた道へ皆が進む。
そういうことなのだろう。
「……すると、今回ゼダンが大きな商隊を狙おうとしていたのも、その覚悟を決めさせるためだったのか?」
少し気になって尋ねる。
「いえ」
ゼダンはあっさり否定した。
「そこまで大それたことを考えていた訳ではありません」
「そうなの?」
「ええ。今の拠点の規模を考えれば、来年には旗を明確に掲げられる可能性もあります。その前に冬を利用して大きく稼いでおくべきだと考えただけですな」
「なるほど……」
どうやら俺が勝手に深読みしていただけらしい。
「じゃあ、俺が反対したことで、それを潰したことになるのかな」
「いいえ」
ゼダンは穏やかに首を振った。
「結果だけを見れば、今回はそれで良かったのでしょう」
「そうなの?」
「ええ。大きな商隊を襲うことよりも、総帥がご自身の意思を明確にされたことの方が、我々にとっては遥かに大きな意味があります」
そう言われると、少し照れ臭い。
「そっか」
俺は小さく笑った。
「これからも、俺と意見が違ったら遠慮なく言ってくれよ」
「もちろんです」
ゼダンは即答した。
「元より遠慮などしておりませんので、その点はご安心ください」
「……だよね」
思わず苦笑する。
ゼダンらしい返事だった。
そのやり取りを聞いていたマティアスたちも笑い始め、いつの間にか周囲には笑い声が広がっていた。
不思議なものだ。でも、これでいいのかもしれない。
俺たちはこれからも、きっと意見が衝突することもあるだろう。
迷うことも間違えることもある。
それでも、目指す場所だけはもう迷わない。
ミュラー家を再興する。
そのために、俺たちはこれからも進んでいく。
俺は皆と共に歩きながら、少しだけ空を見上げた。
冬は、もうすぐそこまで来ている。
けれど今の俺には、その寒さすら気にならなかった。
この先に何が待っているのかは分からない。
それでも、皆がいるのならば俺は、俺の決めた道を進めばいい。
そう思いながら、俺は仲間たちと共に拠点への帰路へ着いた。
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