第92話 思わぬ騒動
大陸歴一四〇七年十一月三十日
襲撃を終え拠点に戻った俺たちは思わぬ騒ぎに巻き込まれることになった。
別段、馬や荷車に問題が発生した訳でも無く、仲間が怪我をしたなどの話でもない。
正直とてもくだらないというのが妥当な言い争いが勃発したのだ。
その為、街道から戻ってきたばかりだというのに、収奪物の整理や連れてきた二人の子供を落ち着かせることなど、どう考えても先にやるべきことが全て後回しになっている。
「一体どういう了見なら、そんなことが出来るんだい!」
激高しているのは珍しいことにヘルガであった。
見た目は中々恐ろしいが、内面的にはとても穏やかな性格をしている。戦場では血が高ぶり荒々しい一面を見せることも有るが、日常では良い姐さんなのだが……。
少なくとも拠点に辿り着くまでは、それらしい素振りは一切見られなかった。
勿論、俺もすべてを把握しているわけではないが、あの大声を聞き逃すことは有り得ないだろう。
相手をしているのはティムとウォルフにリッキー。
まあ、その時点でロクでもない話だろうし、どちらが悪いのかが何となく分かってしまうのだが……。
「ゼダン、分かる?」
「さて」
俺と一緒に昇降機で拠点へと上がって来たゼダンである。当然俺以上に情報を持っているなどと言う事もなく、二人で首を捻るしかない。
「いやいや、悪い意味ではなくてだな。格好良いというか何か強そうじゃないか?」
ティムは後ずさりしながら、ヘルガに言い訳らしきものをしている。
「ティムも悪気が有ったわけじゃないと思うし、一旦落ち着け」
横でウォルフが宥め、リッキーは楽しそうに眺めている。なるほど。そういう図式か。
「じゃあ、あんたは嫁がそんな言い方されて気に成らないとでもいうつもりかい?」
「さすがに、それはどうかな……とは思うが、ティムだしなあ……」
「そうそう俺も提案しただけで、それで決定という訳じゃないしよ」
「なんだって!?」
ウォルフが宥めるも、ティムが口を出すとまた荒れる。
ちょっと間に入るべきかな。
「少し待っといてね」
修羅のごとく荒れ狂うヘルガの姿に怯える二人の脱走奴隷だった子たちに声を掛けると、ゼダンと共に揉める四人の所へと向かった。
「はいはい。そこまで。周りを見てごらんよ。大きな声を出すから皆集まってきているよ」
周りを見回すと襲撃に参加した者たちはもちろん、拠点内で作業していた者たちが集まり始めている。
「本当だね。皆、騒がして悪かったね」
ヘルガは落ち着きを取り戻し、皆に軽く頭を下げる。
うん。こういう素直なところはヘルガの良い所だ。
「それで一体どうしたっていうんだ?なんか大きな声で争ってるように感じたけど」
「いや争ってた訳ではないんだけどね。そこの唐変木がろくでもないこと言いだすから……」
そう言ってティムを指さすヘルガ。
やはりとしか言えないほど、分かりきってた話に溜息が出そうになる。
「それで、ティムは一体何をヘルガに言ったんだ?」
「そんなおかしなことを言ったつもりは無いんだぞ。ウォルフと帰り道に話をしていてな」
「ウォルフと話?」
「おう。俺の弓王という呼号が広がらない理由について語らっていたのだ!」
「呼号……」
あだ名や通り名のことだよな? それがこの話のきっかけ?
「おう。そうだ。あれだけ俺が弓王と叫んでも、誰も俺を弓王と呼ばん」
「まあティムで通じるものを、わざわざ弓王なんて呼ぶ必要ないしね」
「違う!総帥、違うんだ!」
なんだか物凄い熱量で迫ってくるティム。
「必要か不要かの話じゃないんだ。ここ!ここの問題なんだ!」
そう自分の胸に手を当てながら続けるティム。
「俺にはその気持ち分かるぜ」
そうリッキーも混ざってくる。
「漢には譲れない物が有る。それがティムにとっては呼号だったんだろうさ」
そうなのか?俺には子供が駄々を捏ねているだけにしか見えないのだが……。
「そう思って援護してたんだがなぁ……」
「あんたもあんたで、どうしようもないだろうさ!」
またヘルガが怒りだす。うん。リッキーもまた馬鹿なことを言ったんだろうな。
「で、その呼号の話がどうヘルガに繋がるのさ?」
キリがないと思い、話を進めることにした。
するとティムが良くぞ聞いてくれたとばかりに説明を始める。
「総帥。俺は気づいちまったんだ。要はな、俺がどれだけ弓王と叫ぼうと、呼号を使うということに習慣がなければ定着するはずがない」
「ふむ」
「だからこの際、俺だけじゃなく他の奴らも呼号を使うべきだと、帰り道にウォルフやリッキーと話をしていたんだ」
「ふむ」
「そこで俺の弓王はそれで良いとして、ウォルフは『神速』、リッキーは『紅旋風』で良いじゃないかと話が纏まった」
「ふむふむ」
「なら次はどうするよ、と。そこで拠点に着いてまずはヘルガの呼号を決めようという話に成った」
「誰と?」
「そりゃあ俺とウォルフとリッキーに決まってるだろ?」
「本人は?」
「あとで伝えた方が喜ぶだろう?」
何を当たり前のことをという顔で言うティムに、それを笑顔で受けるリッキー、ヘルガの顔色をうかがうウォルフに鬼へと化しつつあるヘルガ。
うん。なんか聞かなくても話が見えてきた気がするのは俺だけだろうか……。
「え……っと、一応聞いてみようかな。どんな呼号を考えたのか」
ヘルガの顔色を窺いつつ、少し冒険をしてみることにした。
「俺が提案したのは『鬼面』だな」
ティムが胸を張る。
「俺は『夜叉』が良いのじゃないかと思うんだ」
リッキーもそれに続く。
その提案についつい本音が出てしまった。
「……お前ら正気か?ちなみにウォルフは?」
「いや俺はそれは無いと言ったんだ」
「そうだよね。さすがに無いよね」
ウォルフはヘルガの夫だ。さすがに嫁を鬼だ夜叉だなど言われて頷けるはずもない。
「ああ。当たり前だ。それでは男か女か分からんから、『鬼面婆』か『姥夜叉』にしろとな……」
全然分かってなかった……。
噂の鬼だか夜叉だかは君たちの後ろに居るんだよ?
このままでは血を見ることになる。何とかしなければ……。
そこに救いの手としてオットーとクラウスが混ざって来た。
「ヘルガは面倒見が良い優しい女性ですよ」
オットーは拠点内で良く見ているからね。そう感じるよね。
「周りに気を使い、独断で動くようなこともしない規律正しい女性だな」
クラウスは狩猟で勝手気ままなティムやリッキーに苦しんでるし、比べるまでもないよね。
「引き籠りと石頭。お前らは黙ってろ!」
「引き籠りと石頭?」
ついついティムに確認をする。
「オットーとクラウスの呼号だ。似合ってるだろ?」
「え?普通に悪口にしか聞こえないんだけど……。却下」
「そんな事ないって!」
「俺が認めない。ついでにヘルガのもね。そう呼ばれた人間の身にも成れ」
「じゃあ、総帥決めてくれよ。ヘルガに合う呼号をさ」
話の流れで却下したら、何故かこちらへ大仕事が回ってきてしまった……。
ちょっと勘弁してほしい。
そう思い横を見たのだが、あれ?さっきまで横にいたはずのゼダンが居ない。
周りを見渡すのだがゼダンの影も形も見えやしない。
……!
また逃げたな!!
そうだよ。ゼダンめ、どうせ後で「総帥の専権事項です」とかいうに決まってる。
絶対どこかで仕返ししてやるからな。
さて、困ったぞ。どうした物だろうか……。
ヘルガが納得する物でなくてはいけない。この際ティム達がどう感じるかではない。俺に被害が来ない呼号だ。
「……粛(清)女?」
「へえ。総帥はアタイを『淑女』と評価してくれるのかい? ならそれにしようか」
なんだか字が違って伝わった気もするが、まあこの際俺に被害が及ばなければ、それで良い。
「こいつが淑女?ありえねえだろ」
あ、ティムが撃沈した……。安らかに眠れ。
「あのそれなら総帥、俺たちにも……」
悪口を呼号と言われたオットーとクラウスが寄ってくる。あれ?ヴァルターお前もか?
そうだな。ヘルガだけ付けて後は無しとは言えないしな。
「オットーは、賢守 。ヴァルターは剛斧 クラウスはそうだなあ……苦労人?」
「おお、ありがとうございます」
オットーは納得したのか喜ぶ。
「格好良いですね」
ヴァルターは気に入ったようで、繰り返し唱えている。
「苦労人……?」
うん。クラウスは頑張れ。
最後はワチャワチャと落ち着かない雰囲気ながらも無事解決したのだった。
「なんだか、楽しそうな場所ですね」
置き去りにされた脱走孤児の男の子にそう言われ、その後ろで女の子も小さく頷いている。
「ここでなら、やっていけそうです」
なんだか、和んでしまった。
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