第90話 大義と小義(前)
大陸歴一四〇七年十一月二十九日
商隊の襲撃を終えた俺たちは、街道から少し離れた森の中で後始末を進めていた。
周囲には制圧した商隊の荷馬車が並び、その周りを仲間たちが忙しそうに動き回っている。
護衛たちから奪った武器を集める者、荷馬車の状態を確認する者、馬を繋ぎ直す者。そして、積まれていた荷物を一つずつ確認している者。
襲撃そのものは、拍子抜けするほどあっさりと終わっていた。
「怪我人は?」
「こちらは問題ありません。軽い打ち身程度はいますが、移動に支障が出るような者はおりません」
マティアスの報告に、俺は頷く。
「向こうは?」
「護衛は全員制圧済みです。逃げた者もいません」
「そっか」
改めて周囲を見渡す。商隊の護衛たちはすでに全員死亡しているのを確認済みである。
こちら側には、大きな怪我を負った者すらいない。完勝と言っていい結果だった。
今回狙った商隊は、大規模というほどではない。かといって、これまで相手にしてきた小さな商隊ほど小さくもない。まさに中規模と呼ぶのが相応しい規模だった。
それが悪いという話では無いのだが、経緯を考えるとなんとも中途半端な話に成ってしまった。
襲撃前、俺たちはどの商隊を狙うかで随分と揉めた。
ゼダンは、できるだけ大きな商隊を狙うべきだと主張した。冬が近付けば、相手も捜索隊を出しにくくなる。だからこそ、今のうちに大きく稼いでおくべきだ、と。
その意見に、マティアスも賛成した。
一方で、俺はそこまで危険を冒す必要はないと思っていた。今すぐ大量の資金が無ければ生きていけないという状況ではない。それなら、わざわざ大きな商隊を狙って危険を増やす必要はないだろうという考えだ。
以前にも似たような意見の対立があった。
その時はマティアスの言にゼダンが賛成、俺が反対。結果として二対一になり、そのまま押し切られた。ところが、今回はそうならなかった。
たまたま話を聞いていたオットーが、俺の意見に賛成したのだ。その結果、二対二。俺たちはそこで見事に膠着した。
アルスが掟。
そう決めた以上、俺の意見を優先しても良いのかもしれない。けれど、ゼダンには長年積み重ねてきた経験がある。そして、その判断を信頼しているのは俺だけではない。拠点にいる皆も、ゼダンの判断には、それなりの理由があると考えている。
だからといって、俺が納得していないまま無理に進めようともゼダンはしなかった。結局、いつまで経っても答えは出なかったのだ。
そんな俺たちを見かねたのがヴァルターだった。
「どちらが正しいか決められないのであれば、天に任せれば良いのでは?」
随分とあっさりした提案だった。
前後の商隊との距離が十分に開いていることだけを基準に相手を選び、その相手の大小はこの際、天が決めた物だと思えば良いという折衷案だった。
それならゼダンの言う「できるだけ大きな獲物」という条件も、俺の言う「無理に危険を冒さない」という条件も、自分たちで無理に擦り合わせる必要はない。
他に案が無かったこともあり、結局それで決まった。
俺としては、問題を解決したというより、問題を横へ置いただけのような気がしてならなかったのだが……。
そして実際にその条件に適合した相手がこの商隊だった。運良くと言うべきか、悪くと言うべきか。選んだ相手は、まさに中規模の商隊だった。大き過ぎず、小さ過ぎない物だ。
ヴァルターの提案に乗ってはみたが、どうやら天の考えも「そんなの自分たちで決めろ」という呆れ半分のものだったらしい。
それでも、この結果なら何の問題もない。
護衛の数もこちらを脅かすほどではなく、事前に決めていた通りに包囲してから一気に制圧することができた。
この襲撃が成功したこと自体に文句はない。誰も大きな怪我をしていないし、狙った商隊も無事に制圧できた。欲しかった資金や物資も、これから確認するが恐らく悪くは無いだろう。
それなのに、襲撃前の話し合いがどうにも胸の奥に引っ掛かるものが残っていた。
俺とゼダンの意見の衝突は、結局何も解決していない。今回はヴァルターの折衷案を採用しただけで、どちらの考えが正しかったのかを決めたわけではない。しかも、実際にやってみれば中途半端な形になったので、余計に判断が難しくなってしまった。
大きな商隊を狙っていたとしても、結果的には成功していたのかもしれない。逆に、もっと小さな商隊を選んでいたとしても、それはそれで問題なく終わっていたのだろう。
結局、今の結果だけでは何も分からない。
つまり、何が言いたいかと言うと、どこかで今後の方針の擦り合わせをしないと、いつか大事に発展するかもしれないということだ。
そんなことを考えながら、俺は荷物の確認へ戻った。
今回の獲物は護衛もそれなりに揃っていたが、こちらが危なげなく制圧できる程度の戦力しかなく、荷物の中身もこれまで襲ってきた商隊と比べて特別に珍しいものがあるわけではない。
でも食糧や生活用品が中心ではあったが、換金できそうな品も混じっているので、今回の目的からすれば十分な収穫と言えるだろう。
「総帥、少し宜しいですか」
「ああ」
マティアスに呼ばれ、俺は彼が指差す荷台の奥へ目を向ける。
すると積まれた荷物と荷物の間に、妙な隙間がある。最初からそういう積み方をしていたのだろうか。
「あそこです」
「あの隙間がどうかしたの?」
マティアスはいくつかの荷を動かす。すると、その奥で何かが動いた。
「……!」
思わず息を呑んだ。
「誰か居るのか?」
俺が声を掛けてみるが返事はない。だが、奥から衣擦れのような小さな物音が聞こえた。
間違いない。
「人が隠れてるぞ」
誰かが叫ぶと、その声に周囲にいた者たちも一斉にこちらへ集まってくる。
慎重にマティアスが荷物をどかしていくと、その奥から小さな身体が姿を現した。
「……二人?」
そこには、幼い子供が二人、身を寄せ合うようにして隠れていた。
年齢は俺よりも下だろう。一人は男の子で、もう一人は女の子。
二人とも汚れた服を着ていて、長い間ろくに食事もできていなかったのか、頬は痩せている。
そして何より、俺たちの姿を見た瞬間に怯え切った表情を浮かべた。
「大丈夫。何もしないよ」
俺が声を掛けると、二人はさらに身体を寄せ合った。
怯えているだけなら、隠れていたところ突然武装した集団に囲まれたのだから当然だ。
だが、どうにも様子がおかしい。
「総帥」
ゼダンが低い声で呼ぶ。
「この者たちは奴隷かもしれませんな」
「……奴隷?」
思わず聞き返す。
商隊の荷の中に隠れていた奴隷。これまでにも戦力補充の目的で奴隷商から戦時奴隷の元兵士を奪ってきた。
だがナユリ王国から連れて来られた三人の女性たちのように、戦争の乱取りによって無理やり連れてこられた兵士ではない者も混ざっていた。
「君たちは、この商隊に売られたの?」
俺が尋ねると、二人は顔を見合わせた。しばらくして、男の子の方が小さく首を振る。
「逃げて隠れました」
「逃げた?」
「はい……」
声は震えていた。
「街から逃げたかったんです。でも、道が分からなくて……」
男の子が話している間、女の子はずっとその腕を掴んでいる。
どうやら二人で逃げてきたらしい。
「なるほど。脱走奴隷ですか……」
マティアスは状況を把握できたようだ。
「買主の扱いが悪くて逃げ出したというところですね」
奴隷の扱いは所有者の自由裁量だ。もちろんある程度の責任は発生するのだが、それを取り締まるかどうかは、その地の領主次第。フォーゲル家では、まあ考えるまでもないな。
「それで、この荷車に?」
「……はい」
街を抜け出すため、商隊の荷台へ潜り込んだが商隊の警戒が思った以上に厳しく、途中で抜け出すこともできなかったらしい。
少し話が見えてきた。
「それで、フォーゲル領からここまで隠れ続けていたということかい?」
俺が尋ねると、男の子は少し迷ってから答えた。
「いえ、ヴァルケン領です」
「ヴァルケン……」
聞き覚えのある名前だった。西部四十八家の一つだったはずだ。
でもフォーゲルではない?
「そこで、どうして奴隷になったの?」
二人は黙り込んだがしばらくして、女の子が小さな声で答えた。
「お父さんとお母さんが……税を払えなかったから」
「税?」
「はい……」
話によれば、二人の親は領地へ納める税を払えなかったらしい。
しかし、税を払わなければ罰を受けるので、子供を奴隷として売った。
その金を使って、税を納めたのだという。
「……そんなことが」
思わず言葉を失う。
税を払うために、自分の子供を売る話を聞いたことが無いわけではなかった。
それだけ、その家族にとっては追い詰められた状況だったのだろう。
幸いミュラー領ではそういう報告は無かったが、凶作が続けばそんな事態も起こり得たかもしれない。
「売られた後は?」
「買った人のところへ行きました」
男の子の声がさらに小さくなる。
「でも……」
そこで言葉が止まった。
「酷いことをされた?」
俺がそう尋ねると、二人は揃って頷いた。
「だから逃げたんだね」
「……はい」
親のところへ帰るという選択肢もあるし、そこへ戻りたいと思うかもしれない。
だから、念のため尋ねておく。
「お父さんとお母さんのところへ帰りたい?」
男の子が首を横へ振る。
「帰りたくないです」
女の子も小さく頷いた。
「どうして?」
「……戻っても食べる物ないから、また売られる」
親元へ戻ることは望んでいないようだ。
「分かった」
この二人をどうするかしばらく考える。
「ゼダン」
「はい」
「この二人、拠点へ連れて帰るよ」
ゼダンは一瞬だけ二人へ視線を向け、それから俺を見る。
「異論はありません」
短い返事だった。
俺は改めて二人へ向き直った。
「ウチへ来ると良い」
二人はすぐには答えなかった。
それでも、しばらくして男の子が恐る恐る頷いた。
「……いいんですか?」
「うん。少なくとも、無理やり奴隷に戻すつもりはないよ」
女の子も小さく頷いた。
その表情から、ほんの少しだけ緊張が抜けたように見えた。
「じゃあ決まりだ。二人とも、今日から俺たちの拠点で暮らそう」
こうして俺たちは、商隊の荷の中から見つかった二人の脱走奴隷を、新たな仲間として拠点へ迎えることにしたのだった。
子供たちを落ち着かせるため、俺たちは荷物の確認をいったん中断することにした。
二人には水と簡単な食事を用意し、少し離れた場所で休んでもらう。
まだ俺たちへの警戒は解けていないようだったが、それでも先ほどよりは幾分か落ち着いたように見えた。
「まさか、商隊の中に逃げた奴隷が隠れているとは思いませんでしたな」
ゼダンが二人の方へ視線を向けながら呟く。
「俺もだよ」
俺は返事をしながら、改めて先ほど聞いた話を思い返していた。
この二人はヴァルケン家の領地から逃げてきた。その方法としてこの商隊の荷台へ潜り込んだ。つまり、この商隊はフォーゲル家とは関係がない。
「……ヴァルケン家、か」
口に出してみると、妙な感覚が残った。
俺たちがこれまで襲ってきた、成年男性主体の奴隷を連れてバウム領へ向かう商隊なら、フォーゲル領から来ていると考えていた。
だからこそ、俺たちが街道を襲う理由には一応の筋があると思っていた。
もちろん、賊として商隊を襲っている時点で、正義だとか正当性だとか、そんな綺麗なものではないのだが、ミュラー家を滅ぼしたエリクセン家や、その背後にいるフォーゲル家へ損害を与え、そして奪った物資を使ってミュラー家の再興を目指す。
少なくとも俺の中では、正しい筋道として成立していた。
だがここで一つ、気づいてしまったことが有った。
我々がいつも襲撃をしている街道を通るのはフォーゲルからの商人とは断定できないということだ。
これは青天の霹靂ともいえる驚きを俺に与えた。
だが、良く考えてみれば当然の話であった。
フォーゲル領からバウム領へ抜ける街道というだけで、他の商人が利用しないという街道では無いのだ。街道というのは、特定の家のためだけに存在しているわけではない。
商人は目的地へ向かうために、最も都合の良い道を選ぶ。
今回、荷台に隠れていた子供たちがヴァルケン家の領地から逃げてきたという事実が、それをはっきりと教えてくれた。
「……じゃあ、俺たちは今まで誰を襲ってたんだ?」
もし少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたら、ページ下部の☆を押して評価をお願い致します!
作者の励みになります!




