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落ち延びた三男坊、山で拠点を作ったらやがて帝国になった ――逃避行から始まり、拠点を作って勢力拡大。気付けば、帝国に成ってしまった件について  作者: 六駿
第三章 芽吹

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第88話 ヴァルターの提案

 大陸歴一四〇七年十一月二十日


 近隣の村々への示威行動を終えた俺たちは、数日ぶりに拠点へ帰還した。


 本来なら少しは腰を落ち着けたいところだったが、そうも言っていられない。


 先月フェルデンで購入した食糧の引き取りがまだ残っているからだ。予定では今回の回収で全て運び終えることになる。


 俺は帰還したばかりの仲間たちへ声を掛けると、休息を取る間もなく食糧引き取り部隊の編成を進めた。


「忙しくて悪いけど、もう一働き頼むよ」


 そう言うと、選ばれた者たちは苦笑しながらも快く頷いてくれる。


「まだ冬は始まってませんからね」


「今のうちに運べる物は運んでおかないとな」


 そんな声が飛び交う中、荷馬車の準備が始まっていく。疲れはあるはずなのに、誰一人として嫌そうな顔はしない。冬を越えるために必要な仕事だと、皆が理解しているからだろう。


 引き取り部隊を見送った後、俺は倉庫の様子を見に向かった。


 扉を開けた瞬間、思わず息を吐く。袋へ詰められた麦や豆、干し肉、干し魚。それに塩や保存の利く食材まで、倉庫の中には様々な食糧が積み上げられていた。


 少し前まで空いていた場所も、今では新たに何かを置こうとすると、どこへ積むか考えなければならないほど埋まっている。


 隣の貯蔵庫も同じだった。


 食糧だけではなく、薪や資材など、冬を越すために必要な物資が少しずつ増え、この一か月で拠点の景色そのものが変わったようにも感じられる。


 こうして目に見える形で備えが整っていくと、冬が近付いていることを改めて実感した。


 ただ、それでも安心はできない。


 何しろ、俺たちにとってはここで迎える初めての冬なのだ。これだけ備蓄があれば十分なのか。それとも、まだ足りないのか。


 その答えを知る者は誰も居ない。


 冬になれば狩猟も採集も思うようにはいかなくなるだろう。そうなれば、今以上の備蓄を期待するのは難しい。


 それに加え、早ければ年内にもミュラー領から第一陣の民が到着する可能性が高い。


 レオンへ受け入れ人数の上限は伝えなかった。呼べる者が居るなら、一人でも多く呼び込みたいと考えていたからだ。


 だが、その判断がどれほどの人数へ繋がるのかは、今の俺には分からない。


 幾ら準備をしても足りなくなる可能性は十分にある。そう考えると、不安はどうしても拭えなかった。


 もっとも、悲観ばかりしている訳でもない。


 ゼダンとも話したが、冬になったからといって全ての動きが止まる訳ではない。


 雪の量にもよるだろうが、交易班は活動できる可能性が高い。秋の収穫からそれほど日が経っていない以上、食糧を融通してくれる村もあるはずだ。


 そして、交易班が動けるということは、獲物に成る商隊もまた街道を行き来しているということでもある。


 つまり、打てる手が完全になくなる訳ではない。


 備蓄だけに頼る必要はないというのは、少しだけ気持ちを軽くしてくれた。


 だからこそ、今できる準備は全てやっておく。


 そうして冬を迎えることが、今の俺たちにできる最善なのだと思っていた。


 食糧回収の手配を終えた俺は、その足で拠点の中を歩き始めた。


 示威行動へ出ている間も、拠点ではそれぞれが自分の仕事を進めていたらしい。冬支度は着実に進み、人の動きにも以前より余裕が感じられる。


 そんな様子を眺めながら歩いていると、ヴァルターがこちらへ駆け寄ってきた。


「総帥、おかえりなさい。オットーから帰還の頃合いを聞いていたので、近場の仕事に切り替えて待っていました」


「ああ、そういうことか」


 帰路の途中で、道を造っているヴァルターと顔を合わせるだろうと思っていたが、結局そのまま拠点まで辿り着いてしまった。そのことに俺たちは不思議に感じていたが、ここに居たのであれば納得だ。


「何かあった?」


 ヴァルターが待っていたということは、何か報告か相談があるはずだ。


 そう思って尋ねると、ヴァルターは少し困ったように笑った。


「有ったと言えば有りましたが、今すぐ何か問題になるという話ではありません」


「ん?」


 その言い方に少しだけ身構える。


「何か問題が発生したの?」


「あ、いえ。言い方が悪かったですね」


 ヴァルターは軽く頭を掻いた。


「作業を進めていて、少し気付いたことがありまして。総帥へ相談したいと思っていたんです」


「相談。なんだろう?」


 そう尋ねると、ヴァルターは道造りの方角へ視線を向けた。


「現在は伐採も終わり、伐根作業中心の工程に入っていますよね」


「そうだね。今回の行軍でも随分助かったよ」


 以前なら遠回りするしかなかった場所も、今では道なりに進めるようになった。


 今回三日掛からず目的の村まで辿り着けたのも、あの道があったからこそだ。


「そう言っていただけると嬉しいですね」


 ヴァルターは照れ臭そうに笑った。


「それで、伐根の後は穴埋め、地均しと続きます」


「うん」


 確かに、その順番になる。


 切り倒し、株を抜き、穴を埋め、最後に地面を均して道にする。


「そこでなんですが」


 ヴァルターは俺の反応を確かめるように一拍置いた。


「この伐根作業から地均しまでを、伐採班ではなく別の者へ任せられないでしょうか」


「別の者へ?」


 思わず聞き返す。


 俺の中では、道造りはずっと伐採班の仕事という認識だった。


 だから、その提案は少し意外だった。


「ええ」


 ヴァルターは真剣な表情で頷く。


「伐採は我々の仕事です。ですが、その先の作業は少し性質が違います」


 言われてみれば、その通りかもしれない。


 伐根は伐採班に付随する作業として管轄内だけど、穴埋めや地均しは土木工事の類だから伐採班の役割かと言えば確かに違う。


 すると、内務局の中に建設班とは別に土木班を新設する必要があるか。


 俺は腕を組み、小さく考え込んだ。


 役割を分けるという考え方は理解できる。とは言え、じゃあ班長を誰に任せるかと問えば、ウォルフかヴァルターの名前しか選択肢が無いわけで、結果は変わらない気がする……。


 嗚呼、悲しきかな。人材不足。


 ヴァルターの言いたいことは理解した。さて、どうするか。


「確かに」


 俺は素直に頷いた。


「とはいえ、今は任せられる人が居ないんだよね」


 土木班を新設したところで、頭も中身も同じでは看板を掛け返るだけなので意味がない。


 するとヴァルターは、小さく笑みを浮かべた。


「総帥、あくまで一時的な案としてですが、畑作班を活用できませんか?」


「畑作班に地均しを任せるという事?」


「伐根、穴埋め、地均しという道作成の残りの作業全てです」


「麦の種蒔きはもう終わったと聞いてるから多少時間の余裕は有るかもだけど、畑作班に任せて対応できる仕事なのかな」


「総帥、逆ですよ」


「逆?」


 専門外の仕事を押し付ける形になると思うのだが。


 そんな俺の疑問に、ヴァルターは笑いながら首を横へ振った。


「畑作班だからこそ適任なのです」


「え?」


 予想もしない言葉だった。


「どういうこと?」


「畑を拓く時、最初に何をしますか?」


「木を切る」


「その後は?」


「切り株を抜く」


「その後は?」


「……穴を埋めて、地面を均す」


 そこまで口にして、俺はハッとした。


 ヴァルターは満足そうに頷く。


「その通りです。畑を作る時も、やることは同じなのです」


 さらに説明を続ける。


「伐採だけは樵の仕事ですが、その後の伐根も、穴埋めも、地均しも、基本は鍬や円匙など農具を使います」


 そう言われれば、その通りだった。


 斧を振るう姿ばかり思い浮かべていたせいで、その先の作業まで樵の仕事だと思い込んでいた。


 だが実際に土を掘り返し、均し、畑へ変えていくのは農夫の日常だ。


 俺は思わず苦笑する。


「ああ、そうか」


 完全に思い込みだった。


 伐採と伐根を一つの仕事として考え、その流れで最後まで伐採班へ任せていた。


 けれど、地面を相手にする作業なら、農夫こそ専門家なのである。


「一応、班長の農家夫には話を通してあります」


 やっぱりか。相変わらず根回しが早い。


 相談へ来た時点で、既に受け入れ先の了解まで取ってあるらしい。


「なるほどね。だったら俺からも改めて畑作班へ話をしておくよ」


 そう答えると、ヴァルターは安心したように微笑んだ。


「ありがとうございます」


 農具を使う作業は農夫が得意。考えてみれば当たり前の話だ。


 それでも、こうして実際に教えられて初めて気付くことは少なくない。


 組織が大きくなるというのは、人が増えることだけではない。


 それぞれが持つ知識や経験を生かしながら、役割そのものを見直していくことでもあるのだと、俺は改めて実感していた。


 ヴァルターは俺の顔を見ると、小さく頷いた。


「で、ここからが本題の『相談したいこと』なのです」


「道造りのことじゃなかったの?」


「道造りも相談の一つではあります。ですが、本題はこちらです」


 そう言うと、ヴァルターは拠点の外れ、湖へ続く崖の方角を指差した。


「総帥。昇降機を設置した場所が崖になっているのは、ご存じですよね」


「もちろん。だからこそ、荷を上げ下ろしするには都合が良いと思って、あそこへ設置したんだから」


「では、そこは何故崩れ、崖になったと思われますか?」


 突然の問いに少し考える。


「地震じゃないの?」


 俺がそう答えると、ヴァルターは静かに首を横へ振った。


「その可能性もあります。ですが、この周囲の環境を見れば、それは結果であって、原因そのものではありません」


「他に原因があると?」


「ええ。恐らく崩れやすくなる条件が、元から揃っていたのでしょう」


 俺は周囲へ視線を向けた。


「条件って?」


「総帥。この拠点のある山は深い森に囲まれていますよね」


「うん」


「しかも裏には湖がありますし、山そのものも木が密集して生えています」


 そこまでは当然知っている。


「つまり、木々が生い茂り過ぎて地面へ日が届かず、下草も殆ど生えていません。さらに湖から流れてくる湿気も加わる。その結果、地面が乾きにくくなるのです」


 言われてみれば、拠点の周囲は昼間でも薄暗い場所が多い。


 木漏れ日さえ届かない場所も珍しくなく、雨が降った後はいつまでも地面が湿っている印象があった。


「地面が乾かないと、土は緩みます」


 ヴァルターは足元を見ながら続ける。


「その状態で地震や大雨が重なれば、斜面は崩れやすくなる。それを下支えする草の根も、日が差さないので生えません。この崖崩れも、その結果できたものではないかと私は考えています」


「つまり、このままだと他も崩れる可能性がある?」


「ええ。十分考えられます」


 そう言われると背筋が冷えた。


 昇降機を設置した場所は、ウォルフが地盤を確認した上で決めた場所だ。


 岩盤があるから安全だと言っていた。


「ウォルフが岩盤まで確認してくれたから昇降機自体は問題ないと思います」


 ヴァルターも同じ考えだった。


「ですが、その上を覆う土は別です。岩盤まで届いていない部分は、滑り落ちる可能性があります」


 確かに、昇降機が無事でも、その周囲が崩れてしまえば意味がない。


「じゃあ、どうすればいい?」


 俺が尋ねると、ヴァルターは待っていたように答えた。


「間伐です」


「木を切る?」


「はい。周囲の木を適度に間引き、日が地面まで届くようにします。風通しも良くなれば乾きやすくなりますから、土も締まりやすくなるでしょう」


 なるほど。


 ただ木材を得るためではなく、山そのものを維持するための伐採という訳か。


「もちろん、一度で全て解決する訳ではありません」


 ヴァルターは続ける。


「ですが、我々が利用する範囲だけでも木に雪が積もり、重さが増す前に手を入れておけば、安全性はかなり変わると思います」


 そこで俺は、先ほどの話と繋がった。


「だから、道造りの残りを畑作班へ任せたいんだね」


「ええ。その時間を使って、こちらへ取り掛かりたいのです」


 俺は大きく頷いた。


「意味は分かった。ヴァルターはさっそく間伐を始めてくれ」


「ありがとうございます」


 ヴァルターは安心したように笑みを浮かべた。


「湖側の見通しを良くする作業も途中でしたので、それも合わせて進めます」


 こうして、道造りの仕上げは畑作班へ引き継がれ、ヴァルター率いる伐採班は拠点周辺の間伐へ取り掛かることになった。


 冬を迎える前に、拠点をより安全な場所へ変えていくための、新たな仕事が始まったのである。

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