第86話 迎えるための準備
大陸歴一四〇七年十一月七日
収穫祭から三日が過ぎた。
酒の席での出来事を思い出して笑ったり、次はもっと派手にやろうと話したりする者もまだ居る。とはいえ、祭の余韻もそろそろ落ち着き、拠点にはいつもの空気が戻りつつあった。
だから昨夜、皆を集めて話をした。
先日発表した組織改編について、俺自身の考えを伝えるためだ。
人事への不満が出ること自体は、ある程度予想していた。
誰が選ばれようとも大なり小なり納得行かないという話になるのは、組織を作る以上避けられない。だからこそ、俺は人事を決める上で何を基準にしたのかを、皆へはっきり伝えた。
役職は年齢や性別で決めたものではない。
拠点で何を考え、どう動き、どんな成果を残してきたか。その積み重ねを見て判断した。
結果として、初期から拠点に居た者へ役職が集中したのは事実だ。
だがそれだけ長い時間、拠点のために働き、結果を積み重ねてきたのだから当然でもある。
とはいえ、それで全てが決まった訳ではない。
実際、人事表を見れば兼任だらけだし、今は必要が無くても、今後拠点が大きくなれば新たに必要となる役職もまだ多く残っている。
席は埋まっているようで、実は空いている席は多い。だから、これから先も成果を見て判断していく。年齢も性別も関係なく、拠点に必要だと判断すれば、誰にでも役目を任せるつもりだ。
それと同時に、もう一つだけ釘も刺しておいた。
他人の失敗をあげつらい、落ち度を探して評価を下げようとする行為は、内容によっては自分自身の評価を下げることになる、と。
人を貶めて自分が上へ行こうとする者より、不足へ気付き、自ら動いて成果を積み上げる者を俺は評価したい。その考えだけは、今後も変えるつもりはない。
もっとも、そう話したところで、文句を言う者はこれからも居るだろう。
そればかりはどうしようもない。自分で自分の評価を下げたいというのなら、どうぞご勝手にというのが俺の考えである。
俺が見るのは言葉ではなく、その者が積み重ねた結果なのだから。
さて、今日はこのあと遠征のため少し纏まった人数で拠点を離れる。
もっとも、遠征と言っても旧ミュラー領を目指す訳でも、エリクセンへ攻め込む訳でもない。
目的は、街道沿いの村々を巡ることだった。分かりやすく言うならば示威行動である。
レオンたち潜入隊は年内にも第一陣となる人員輸送を行う予定になっている。もちろん、状況次第では実施できない可能性もあるので、来ないのであればそれはそれで構わない。
だが、もし輸送が行われ、その道中で賊に襲われるようなことがあれば、救い出した人々に顔向けができない。
だからこそ、十一月に入ったことを受け、事前に手を打つという意味でもそろそろ動く必要があった。
ゼダンやマティアスと相談して出した結論は単純だ。
俺たち自身が定期的に街道を巡回し、村にも顔を出す。そしてこの周辺で無法な真似は許さないと示して回る。
近隣の村が賊の根拠地になっている可能性が高いと見ている。ならば先にこちらの存在を知らしめ、街道では俺たちが目を光らせていると印象付ければいい。
その際には、今後この街道を仲間たちが行き来することも伝える予定だ。少なくとも、俺たちと関係のあると思われる者へ手を出そうとは考えにくくなるだろう。
今回動くのは三十一名。
俺とゼダンが率いる形で、拠点に残るオットーや、再び交易へ出る予定のヨアヒムたち六名、道づくりを続けるヴァルターたち四名、それに潜入任務中のレオンたちを除いた戦闘員で編成した部隊だ。
正規軍と正面から戦うには、あまりにも小さな戦力だろう。
それでも村々を巡り、この街道を守る意思を示すには十分だと考えている。
予定では、ヴァルターたちが切り開いた新しい道を使えば、以前荷車の焼け跡を見付けた場所から入った村まで二日半ほど。荷車も非戦闘員も伴わない今回なら、二日で到着できるかもしれない。
その所要時間を確かめることも、今回の遠征の目的の一つだった。
街道の安全は、もはや他人事ではない。
たとえその村がバウム領内であったとしても、これから俺たちの仲間になるかもしれない人々が被害に遭う恐れがあるなら、見て見ぬ振りなどできない。
俺たちが守れる範囲は、俺たち自身の手で守る。
そのためにも、この示威行動は欠かせない。
出発準備が進む中、俺は留守居を任せるオットーのところへ向かった。
「恐らく十日も掛からないと思う。順調なら七日か八日で戻れるはずだから、後は頼むね」
そう声を掛けると、オットーはいつもの穏やかな笑みを浮かべて頷いた。
「はい。お任せください。ヨアヒムたちの交易班も今回は伐採班の使い古した道具を中心に運ぶ予定ですから、荷造りもすぐ終わると思います。マティアスも居ますし、大丈夫でしょうけど、私も尻を叩いておきます」
「うん。それだけじゃなく、拠点のことも色々気に掛けておいてね」
「もちろんです」
オットーは力強く頷く。
「ヴァルターは一緒に動いてる連中と気心が知れているみたいですし、拠点へ残るのも避難民の皆さんが中心です。大きな問題は起きないと思いますが、それでも気を配っておきます」
その返事を聞いて自然と肩の力が抜けた。
「まあ、オットーなら問題ないさ」
俺やゼダンが居なくても、拠点を安心して預けられる人間が居るというのは本当に有り難い。
「その期待を裏切らないように頑張ります」
少し照れ臭そうに笑うオットーを見て、俺も笑みを返す。
こういう何気ないやり取りだけでも、この拠点は少しずつ形になってきたのだと実感できた。
遠征へ出るからといって、後ろを振り返る必要はない。
留守を任せられる者がいるのだから。
「で、話題に上がったヨアヒムは?」
「なんか養鶏男児と打ち合わせが有るみたいで、朝からずっと鶏小屋ですね。さすがに見送りには来ると思うのですが……ヨアヒムなので」
「うん。ヨアヒムだもんね。どうせ食い物の話で盛り上がって忘れてるんだと思う」
「でも、マティアスさんが連れてくると思いますよ。ああ、ほら」
オットーが指さす方を見るとマティアスに連れられたヨアヒムと養鶏男児が寄ってきているところだった。
「総帥、お待たせしました」
ヨアヒムは悪びれた様子もなく頭を下げる。
「留守中に出ますが、また魚を手に入れてきますので、楽しみにしといてください」
「うん。それだけじゃなく、途中の村との交易にもちゃんと使ってよ」
「もちろんです。何か美味しそうな物があれば考えます」
「美味しそうかどうかだけで決めないでね」
思わず苦笑しながら隣を見る。
「マティアス、頼むよ」
「ええ。しっかり見ておきます」
マティアスは慣れた様子で笑って頷いた。
「総帥」
養鶏班の男の子がおずおずと手を挙げる。
「ヨアヒムさんに、村を回った時に探してもらうよう頼んだんだけど良かったかな?」
「もちろん良いよ。で、何を探してくるの?」
そう尋ねると、男の子は元気よく答えた。
「分からない!」
「……は?」
何だろうこの謎かけは……。思わず聞き返してしまう。
「分からない物を頼んだの?」
「うん!頼んだ!」
力強く頷かれても意味が分からない。
俺は助けを求めるようにヨアヒムを見る。
「ヨアヒムは分かったんだよね?」
「いえ」
ヨアヒムは首を横へ振った。
「分かりません」
「おい」
何なんだ、この会話は。二人とも分かってないじゃないか。
するとヨアヒムは真面目な顔のまま続けた。
「ですが、気持ちは伝わりました」
「気持ちの問題!?」
「大事なことです」
堂々と言い切られてしまう。
しかも養鶏班の男の子も、うんうんと何度も頷いていた。
駄目だ。養鶏男児がヨアヒムに毒され始めている……。
俺が頭を抱えかけたところで、横から穏やかな声が聞こえた。
「きっと二人には、言葉にしなくても通じあう何かがあったのでしょう」
マティアスだった。
「私も確認しながら進めますので、ご安心ください」
俺の良心、マティアスの一言で、不思議と全部何とかなりそうな気がする。
「良く分からないけど……」
俺は肩を竦めて苦笑した。
「マティアス任せた」
「はい。任されました」
マティアスは笑顔で頷き、ヨアヒムと養鶏班の男の子も満足そうに顔を見合わせる。
結局最後まで、何を探してくるのかは誰一人として説明できなかった。
そんなやり取りをしているうちに、出発の準備も整ったようだった。
参加者は最後の確認を済ませ、武器を点検していく。列の並びを確認している者もいる。
俺はゼダンへ視線を向けた。
「どう、ゼダン?」
問い掛けると、ゼダンは部隊全体を一度見渡し、小さく頷く。
「ええ。準備は整っております。いつでも出発できますぞ」
その言葉に、自然と気持ちが引き締まった。今回は戦をしに行く訳ではない。
近隣の村々へ我々の存在を示し、この街道を無法者の好きにはさせないと知らせるための行軍だ。
だが、それでも三十一名が揃って動く初めての示威行動であることに変わりはない。ここで失敗すれば、今後の街道整備や交易にも影響が出るだろう。逆に上手くいけば、この先の人員輸送や交易も安全に進めやすくなる。
小さな一歩ではあるが、決して小さな意味しか持たない行動ではなかった。
俺は馬へ跨り、隊列の先頭へ出る。隣には同じく馬に跨るゼダン。後方には徒歩で整列した仲間たちが続いている。
皆の表情を見回し、一つ頷いた。
「では、出るぞ」
俺の声に、部隊全体の空気が一段引き締まる。
「列を乱さずに進め」
「「「おおっ!」」」
号令と共に馬を歩かせる。
その後へ足音が続いた。
こうして俺たちは、街道を守るための最初の示威行動へ向けて、拠点を後にした。
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