第81話 名前を書く意味
大陸歴一四〇七年十月十二日
昨夜は遅くまでゼダンと、拠点の人事について話し合うことになった。
責任者を決める。
口にするのは簡単だが、実際に名前を書き出してみると、すぐに現実を思い知らされる。
「またゼダンか……」
紙へ視線を落としたまま、小さく呟く。
軍務にもゼダン、教育にもゼダン、農務にもゼダン。
それだけではない。ヴァルター、オットー、クラウス、マティアス。
結局どの部署を見ても、同じ名前ばかりが並んでしまう。
八十人ほどの拠点なのだから当然と言えば当然だ。
むしろ細かく役職を分け過ぎれば、「それは自分の担当ではない」と仕事を押し付け合う原因にもなりかねない。
今のように、皆で足りないところを補い合える空気は残しておきたい。
だからといって何も決めなければ、昨日の厩舎のように、俺やゼダンの知らないところで新しい計画が始まることもあるだろう。
昨日までは、それでも構わないと思っていた。
必要だから皆が動くのだ。それの何が悪いのか、と。
だがゼダンと話し、自分でも考えた今なら分かる。
共同生活を続ける以上、皆が同じ方向を向くための方針は必要だ。
だからこそゼダンは、これまで何度も「アルスが掟」だと言い続けてきたのだろう。
あれは俺を持ち上げるための言葉ではく、拠点の軸を一つに定めるための考え方だったのだ。
もっとも、人選そのものはほとんど決まっていた。
昨夜最後まで結論が出なかったのは、ヨアヒムの扱いについてだ。
交易の責任者として外へ出る以上、実質的には既に裁量を与えているようなものだ。
ならば、それを正式な権限として認めるべきなのか。俺はそこがどうしても決め切れなかった。
ゼダンも「大丈夫です」と背中を押してはくれない。
だから昨夜は、その話だけが宙に浮いたまま終わった。
「ヨアヒムが帰って来た時の様子を見て決めましょう」
ゼダンのその一言に、俺も結局頷いてしまった。
交易隊が戻るまで、あと十日ほど。少しだけ判断を先送りにできたことへ内心ほっとしながらも、まずは決められるところから形にしていくことにした。
まずは昨日ゼダンと決めた内容を整理することにした。
紙を一枚広げ、頭の中で拠点全体を思い浮かべる。
昨日までの俺なら、人を役割ごとに覚えているだけで十分だと思っていた。
だが今は違う。誰が何を任され、どこまで判断して良いのか。それを形にしなければ、この先人が増えるたびに同じ問題を繰り返すことになる。
ゼダンが言っていた「アルスが掟」とは、きっとそういう意味だったのだ。
俺自身が何でも決めるという話ではない。誰がどこまで決められるのか、その基準を俺が示すということなのだろう。
「さて、まずは大きく分けるところからかな」
最初に決めたのは四つの柱だった。
軍務、内務、外務、農務。
拠点で行われている仕事を考えると、今はこの四つに分けるのが一番分かりやすい。
それぞれを局とし、その下に担当ごとの班を置く。
ただし軍務だけは性質が異なるため、班ではなく隊とし、更にその下へ組を設けることにした。
そこまで決めると、今度は担当者の名前を書き込んでいく。
……案の定、同じ名前ばかりになった。
兼務、兼務、また兼務。仕方がない。
今の拠点に専任で任せられるほどの人材は居ないのだから。
役割は分けても、人までは分けられない。
そう割り切りながら、一つずつ名前を書き込んでいく。
そして、ようやく一枚の草案が出来上がった。
_________________________
総帥 アルス=ミュラー
補佐 ゼダン
軍務局 局長 アルス=ミュラー
副長 ゼダン
歩兵隊 隊長
一番組 組長
弓兵隊 隊長
一番組 組長
騎馬隊 隊長
一番組 組長
輜重隊 隊長
罠 隊 隊長
諜報隊 隊長
埋伏隊 隊長
内務局 局長 アルス=ミュラー
副長
建設班 班長
防諜班 班長
教育班 班長
糧食班 班長
給食班 班長
燃料班 班長
衛生班 班長
外務局 局長 アルス=ミュラー
副長
渉外班 班長
調達班 班長
交易班 班長
農務局 局長 アルス=ミュラー
副長
狩猟班 班長
伐採班 班長
採集班 班長
畑作班 班長
養鶏班 班長
_________________________
形だけ見れば、それらしい組織にはなったのだが問題は、この空欄を誰の名前で埋めるかだ。
そこにこそ、この草案の難しさが詰まっていた。諜報と埋伏を分けているところからも、どれだけ悩んだかが垣間見える。
ただ、それでも空欄を見ると、不思議な気持ちが沸き上がる。
これはただ名前を書く作業ではなく、ここに書かれた者たちへ、俺は責任を渡すことになるのだ。
だからこそ空欄を一つずつ埋めていくだけの作業のはずなのに、名前を書き込むたび、その人物へ何を任せるべきかを改めて考えさせられた。
まずゼダンから提案されたのは、俺の肩書だった。
「砦主ではなく、総帥にしませんかな」
俺としては呼び方など何でも良かった。だがゼダンは、組織を作る以上は立場も揃えた方が良いと言う。
確かに局や隊を置くのであれば、その上に立つ者も、それに見合う呼び方の方が分かりやすいのかもしれない。
砦主という名前は、この場所を守る者としては正しい。だがこれから必要なのは、場所ではなく人を動かす立場だ。
そんな訳で、俺は総帥という肩書になった。
最初に考えたのは歩兵隊だった。
前回の襲撃で一番目立ったのは、間違いなくヴァルターだ。
味方の動きをまとめ、状況を見ながら判断を下していた姿は、隊を率いる者として十分だった。
だから歩兵隊の中心はヴァルターに任せることへ決めた。
一方で、その他をどうするかは少し迷った。
先陣を切る機会が多いウォルフを組長にする案も頭をよぎったが、そこはゼダンの意見を採ることにした。経験という点では、元傭兵のリッキーに分がある。戦場を知る者を置く方が、組全体も安定するだろう。
そして三番組としてゲーフを据える。
彼自身の力量もあるが、それ以上に元ナユリ王国民を率いる機会が多い。同じ出自の者が前に立つ方が、余計な軋轢も生まれにくいはずだ。
他も基本は同じだった。
レオンは交渉役として十分な実績を積み始めている。ならば外務を任せるのが自然だろう。
オットーも、最近では拠点全体を見回せるようになってきた。
物資の管理から日々の仕事の割り振りまで、気付けば俺が居ない間も滞りなく回してくれている。副長として置くなら、これ以上ない人選だった。
こうして見渡してみると、少しずつではあるが、人材も育ってきているのが分かる。
もっとも、まだ十分とは言えない。
元ナユリ王国民から登用できたのも、現状ではゲーフ、料理人、それにジークフリートくらいのものだ。
特にジークフリートは面白い。
クラウスが指揮をしていたのに、気付けば自然と指揮まで執っていた、あの「顔に特徴が無く、潜入向きだ」と見込んだ男だ。人の上に立つ者というのは、任命される前から周囲が付いてくるものなのかもしれない。
それにしても、あの男は不思議だ。
顔は未だによく思い出せないのに、名前だけは一度聞いたら忘れようがない。
ジークフリート。
最初に聞いた時は、余りに格好良い名前に対し余りに影の薄い容姿を、二度見どころか四度見くらいした気がする。
最後にもう一度、書き上げた人事案へ目を落とす。
_________________________
総帥 アルス=ミュラー
補佐 ゼダン
軍務局 局長 アルス=ミュラー
副長 ゼダン
歩兵隊 隊長 ヴァルター
一番組 組長 ヴァルター
二番組 組長 リッキー
三番組 組長 ゲーフ
弓兵隊 隊長 ティム=ワーラー
一番組 組長 ティム=ワーラー
騎馬隊 隊長 マティアス
一番組 組長 マティアス
輜重隊 隊長 オットー
罠 隊 隊長 クラウス
諜報隊 隊長 マティアス
埋伏隊 隊長 ジークフリート
内務局 局長 アルス=ミュラー
副長 オットー
建設班 班長 ウォルフ
防諜班 班長 マティアス
教育班 班長 ゼダン
糧食班 班長 オットー
給食班 班長 元ナユリ料理人
燃料班 班長 孤児妹
衛生班 班長 ヘルガ
外務局 局長 アルス=ミュラー
副長 レオン=ワーラー
渉外班 班長 レオン=ワーラー
調達班 班長 レオン=ワーラー
交易班 班長 ヨアヒム(仮)
農務局 局長 アルス=ミュラー
副長 ヴァルター
狩猟班 班長 クラウス
伐採班 班長 ヴァルター
採集班 班長 ローザ=ワーラー
畑作班 班長 農家夫
養鶏班 班長 農家男児
_________________________
改めて見ても、兼務だらけだ。
局長は全て俺。
ゼダンとマティアス、レオンが幾つもの役目を兼ねている。
燃料班や養鶏班に至っては、班長がまだ子供だ。
とても胸を張って誇れるような組織図ではない。
それでも、今の拠点に合わせて考えた結果が、この形だった。
もっとも、まだ一つだけ空欄は残っている。
交易班長――ヨアヒム。
今は仮として名前を書き入れた。
正式に任せるかどうかは、交易班が戻ってきてから改めて判断するつもりでいる。
焦って決める必要はない。
組織というものは、一度作ったら終わりではなく、その時々に合わせて育てていくものなのだから。
それに、この先レオンの潜伏先である旧ミュラー領から旧臣たちが合流してくれれば、この人事も大きく変わるはずだ。
元ナユリ王国民の中からも、もっと責任を任せられる人材が育つだろう。
その時には局も班も増え、役割ももっと細かく分かれているかもしれない。
だからこそ、今の俺たちに必要なのは、完璧な組織ではない。
今いる仲間たちで無理なく回せる仕組みだ。
紙を丁寧に折り畳み、机の上へ置く。
これは完成形ではない。
今日という日の、拠点の姿を書き留めた一枚に過ぎない。
この組織図も、きっと一年後には全く違う物になっているのだろう。
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