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落ち延びた三男坊、山で拠点を作ったらやがて帝国になった ――逃避行から始まり、拠点を作って勢力拡大。気付けば、帝国に成ってしまった件について  作者: 六駿
第三章 芽吹

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第80話 責任と権限

 大陸歴一四〇七年十月十一日


 フェルデンでの買い出しを終えた俺たちは、夕方になって拠点へと戻ってきた。


「ただいま――って、あれ?」


 昇降機で引き上げた荷車を保存庫前に止めた俺は思わず声を漏らす。


 拠点の奥側に、人だかりができていた。


 それも一人や二人ではなく、大勢が集まり、木材を運ぶ者、地面へ杭を打ち込む者、柱を立てる者と、それぞれ役割を分けながら何かを建てている。


「ゼダン、何か聞いてる?」


「いえ、思い当たりませんな」


 ゼダンも首を横へ振る。


 俺たちがフェルデンへ出発したのは一昨日の朝。


 その留守の間に、一体何が起きたのだろうか。


「なんだろう。見に行こうか」


「ええ」


 フェルデンから運んできた荷は他の者へ任せ、俺たちは建設現場へと足を向ける。


 近づくにつれ、その規模がよく分かった。


 オットーやクラウスといった普段は建設に関わらない顔ぶれが居るし、食事の支度や洗濯を担当している女性たちまで木材を運び、総出で作業に加わっていた。


「ずいぶん大掛かりだな……」


 俺が思わず呟くと、少し離れた場所で木材を運んでいたヘルガがこちらへ気付いた。


「あら、砦主。お帰り、出迎えもせずに悪かったね」


「ただいま。それは構わないんだけど……」


 俺は建設途中の建物と、その向こうで柵らしきものを作っている集団を見渡す。


「これ、一体何事?」


 俺が尋ねると、ヘルガも同じように建設中の建物へ目を向けた。


「実はね。砦主たちが出掛けた日なんだけど、馬が一頭逃げ出しちまったんだよ」


「逃げた?」


「ああ。繋いでいた縄が緩かったみたいでね。坂を下りることは無かったけど、拠点の中をあっちへこっちへ走り回って大騒ぎさ」


「そんなことがあったんだ……」


 これまで馬は木や杭へ繋いでおくだけだった。


 拠点は山中の開けた場所で、今使っている場所以外には草も十分生えている。水さえ用意しておけば特に困ることもなく、それで問題ないと思っていた。


「馬は疲れたところを皆で捕まえたから怪我も無くて済んだよ。でも、同じことを繰り返す訳にはいかないだろうって話になってね」


 ヘルガは建設中の建物を指差した。


「それで厩舎を作ることになったんだよ。向こうで柵を作ってるのは放牧場さ」


 視線の先では、何人もの人が丸太を運び込み、柵を組み立てていた。


「どうせもうすぐ冬だし、春になれば繁殖にも挑戦するんだろう? だったら馬を休ませる場所も、自由に走らせる場所も必要になるって話になってね」


「確かに、その通りだ」


 言われてみれば、どちらも必要なものだった。


 人が暮らす場所を整えることばかり考えていて、馬は外へ繋いでおけばいいと、どこか当たり前のように思っていた。


 今はまだ秋だからいい。


 でも冬になればそうもいかないし、繁殖を考えるなら、なおさら安心して休ませられる場所が要る。


「今回逃げた馬も無事だったから良かったけど、あれも今じゃ拠点の大事な財産だからね。皆で話して、『今やるならこれだ』ってことになったんだよ」


「それで、こんなに大勢が集まってるんだ」


「ああ。出来るだけ早く完成させようってね」


 そう言って笑ったヘルガは、どこか誇らしげだった。


「最初に言い出したのはヴァルターなんだよ」


「ヴァルターが?」


「あの人、道を拓くための木を伐りに行ってただろ? 補給物資を取りに戻ってきたら馬が逃げ回ってる最中でさ。捕まえるのも手伝ってくれてね」


 その後、どうすれば同じことを防げるか話し合いになり、ヴァルターが厩舎と放牧場を作ることを提案したらしい。


 ウォルフとも相談し、「木ならいくらでも伐ってくる。どうせ作るなら大きく作ろう」とだけ言い残すと、再び伐採現場へ戻っていったという。


 さすが最近、ますます存在感を高めているヴァルターだ。


 道作りだけでなく、拠点全体を見て動くことが増えている。


「勝手に話を進めちまったけど、良かったかい?」


 少し気まずそうに尋ねるヘルガへ、俺は笑って頷いた。


「もちろんさ。これでまた拠点が一歩進むことになる。ありがとう」


「そう言ってもらえると助かるよ」


 ヘルガは安心したように笑い、再び作業へ戻っていく。


 建設中の厩舎と放牧場を眺めながら、俺は自然と頬が緩んでいた。


 俺たちが留守にしている間も、拠点のみんなが自分たちで必要なことを考え、動いてくれている。


 そんな当たり前ではない変化が、何より嬉しかった。


 ヘルガと別れた俺たちは、建設中の厩舎と放牧場を眺めながら歩いていた。


「ゼダンはどう思う? 俺としては良い案だと思うんだけど」


「ええ。私も必要な施設だと思いますし、もっと早く気付くべきだったと反省しております」


「だよね」


 俺は建設現場へ目を向ける。


 誰かに言われた訳でもなく、拠点に残った皆が必要なものを考え、自分たちで話し合い動き出した。


 そんな姿が、どこか誇らしかった。


「俺たちが居なくても、みんなが考えて動いてくれるのは助かるよね」


「それは……どうでしょう」


 予想していた相槌とは違う返事に、思わず足を止める。


「どういうこと?」


「今回の厩舎も放牧場も必要な施設です。そこに異論はありません」


 ゼダンも歩みを止め、静かに続けた。


「ですが、私が気になっているのは建てたことではなく、誰の判断で建てたかです」


「ヴァルターとウォルフ、それに皆で話し合って決めたんだよね?」


「その通りです」


 ゼダンは頷く。


「では砦主は、ヴァルターやウォルフに『新しい施設を必要と判断したら、自分たちで建設して良い』と許可を与えていましたかな」


「いや……そんな話はしてないけど」


「そうでしょう」


 そこで俺も、ようやくゼダンの言いたいことが見えてきた。


 これまで長屋も保存庫も昇降機も、何を建てるかを決めていたのは俺だった。


 ウォルフは建てる場所や造り方を任されていただけで、勝手に新しい施設を作り始めたことは一度もない。俺の指示が無ければ長屋なら長屋、保存庫なら保存庫を作り続けていた。


 ところが今回は違う。


 俺が知らないところで話がまとまり、新しい施設の建設が始まっていた。


「前にも似たようなことが有りましたな。勝手に人員の貸し借りの話を決めていました」


「収穫と道作りでの貸し借りだよね。俺は必要なんだから問題ないと思ったんだけど……」


「結果だけを見れば、その通りでしょう」


 ゼダンは穏やかな口調のまま続ける。


「ですが以前、ゲーフの件で申し上げたことを覚えておりますかな」


「……誰の部下かって話?」


「ええ」


 ゼダンは力強く頷いた。


「元ナユリ王国という看板こそありませんが、砦主の指示が無くても動くという点では、あの時と本質は変わっておりません」


 確かに言われてみれば、その通りだ。


 今回は結果が良かったから何も思わなかった。


 でも、それが常に正しいとは限らない。


「だから権限をはっきりさせる必要があるってこと?」


「その通りです。この拠点は砦主が居て初めて回る形にしなくては成りません」


 ゼダンの表情が少しだけ和らぐ。


「そしてそれが出来ないときは砦主が任命した者が、その任された範囲で判断する。それならば、その判断は砦主の判断でもあります」


「任命されていない者が勝手に動けば?」


「たとえ結果が良くとも、それは組織として望ましい形ではありません」


 なるほど。


 必要かどうかではなく、ゼダンは誰が決めるのかを見ていたんだ。


「そろそろ組織の形を整える頃合いかもしれませんな」


「役割ごとに責任者を決めるってこと?」


「ええ。その者たちには判断する権限を与える。そして最終的な責任は砦主が負う。その流れを明確にすべきです」


 俺はもう一度、建設現場を見渡した。


 みんなが自分たちで考え、動いてくれるようになった。


 だからこそ、その力を正しく活かせる形を作らなければならない。


「分かった。草案を作ってみよう」


「お手伝いいたします。誰に何を任せるかを、少しずつ整理していけば良いのです」


「いきなり全部は無理だよね」


「ええ。そもそもまだ拠点で出来ることなど高が知れています。人材も足りていませんし、大した手間はかからないでしょう」


 ゼダンは満足そうに頷いた。


 幸い今の拠点はまだ大きくないため、組織の形も無理なく整えられるだろう。


 その夜。俺とゼダンは簡単な夕食を済ませると、誰に何を任せ、どこまでの権限を持たせるべきか、紙へ書き出しながら話し合いを続けた。


 拠点が大きくなるにつれて、人も役割も増えていく。


 ならば、それを支える仕組みもまた、一緒に育てていかなければならない。


 夜更けまで続いた話し合いは、拠点という集団を組織へ変える第一歩となった。

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