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落ち延びた三男坊、山で拠点を作ったらやがて帝国になった ――逃避行から始まり、拠点を作って勢力拡大。気付けば、帝国に成ってしまった件について  作者: 六駿
第三章 芽吹

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第79話 商人の勘

 大陸歴一四〇七年十月十日


 久しぶりに街道宿場町フェルデンを訪れた俺は、隣を歩くゼダンへと視線を向けた。


「ゼダンはレオンの交渉を見ていたし、今回は商人とのやり取りを任せてもいいかな」


「構いませんぞ」


 短く返ってきた返事に頷く。


 最近はこうした買い出しもレオンへ任せることが増えていた。しかし、その本人は今、ローデン近郊へ潜伏するため拠点を離れている。


 前回の襲撃で手に入れた品のおかげで、当面は交易を続けるだけの余裕はある。それでも収穫を終えたばかりの今なら、食糧を普段より安く買い集められる。この機会を逃す手は無かった。


 ……まあ、それとは別に、拠点の一部から「酒も忘れるな」という声がやたらと大きく上がっていたという事情もあるのだけれど。


 普段なら俺かゼダンのどちらかは拠点へ残るようにしている。だが今回は往復三日ほどで戻れる距離ということもあるのだが、それ以上にオットーの存在が大きかった。


 ここ最近はヴァルターの働きが目立っていたものの、オットーも負けじと拠点全体の把握に努めてきた。その積み重ねもあって、今では安心して拠点を任せられると思えるようになっている。


 おかげで今回はゼダンにも同行してもらうことができた。


「まずはレオンがいつも相手している商人のところへ向かうか」


「ええ。案内いたしましょう」


 そうして俺たちは、人通りの多い通りを商店へ向かって歩き始めた。


 その店は大通りに面した一軒の商店だった。


 以前俺がここを訪れたときは、まだ賊働きを始める前で、金も物も無い有様だった。何か売れる物はないかと必死にかき集めて持ち込んだものの、散々駄目出しをされたのも今では懐かしい。


 今回は事情が違う。売り物を持ち込む必要はなく、こちらはただの客だ。


 店へ入ると、以前応対してくれた商人がこちらへ目を向けた。


「いらっしゃいませ。おや、毎度どうも」


 まずゼダンへ笑みを向け、続いて俺を見る。


「そちらの若い方も、お久しぶりですね」


 ……三ヶ月前に一度顔を合わせただけなのに覚えているのか。


 やっぱり商人って記憶力が良いんだな。それとも、あの時の売り物が余程印象に残っていたんだろうか。


 軽く会釈だけ返しておく。


「いつもの方は本日ご一緒ではないのですか?」


 いつもの方というのは、もちろんレオンのことだろう。


 商人の目が少しだけ鋭くなる。


 あれだけ値段を巡ってやり合っていれば、相手としても印象に残るのは当然か。


「今日は別件で動いておる。今回は私が話を進めよう」


 ゼダンが一歩前へ出る。


 その姿を見て俺は心の中で頷いた。


 レオンは次に来たら値段を叩きまくって泣かせてやるなんて息巻いていたけれど、その本人がいない以上「代わりに俺が……」と言って、逆に毟り取られるようなことになったら格好が付かないじゃないか。


 だから今回は、ゼダンへ任せて高みの見物を決め込うというのが、今回俺が考えた算段だ!


 ……そんな考えも、隣に立つゼダンから冷めた視線を送られた時点で、お見通しということなんだろうけど。


「では、こちらの品ですが――」


 商人とゼダンの間で丁々発止の商談が始まる。


 値段だけでなく、荷車を取りに来る日程や保管の方法まで話が進み、俺には口を挟む隙も無い。これがレオンが楽しんでいたやり取りなのか。


 そのゼダンをして『実に見事』と言わしめたのだから、レオンの交渉術も俺の知らない間に随分と磨かれていたらしい。


「では、そのように」


 俺がそんなことを考えている間に商談はまとまったようだった。


 どうやら収穫直後ということもあり、食糧はかなり安く買い付けられたらしい。


 もっとも、今回持ってきた荷車一台では積み切れない量になってしまったため、今回は酒を中心に持ち帰り、後日改めて荷駄部隊を寄越し、それまで店で預かってもらうことで話は付いていた。


「毎度ありがとうございます。今後ともご贔屓に」


 店主が笑顔で頭を下げる。


 この調子なら、この店が俺たちの御用達になる日も、そう遠くはないのかもしれない。


 商談を終え、店を出ようとしたところで、商人がふと思い出したように口を開いた。


「ところで、お聞きしてもよろしいでしょうか」


「何でしょう」


「皆さんが拠点と呼ばれている場所で、何をなさっているのです?」


 そういえば、これまでも拠点という単語を出していたな。


 商人の視線がゼダンへ向くのだが、ゼダンは俺へと目を向けるだけだった。


 どうやらここからは俺の役目らしい。


「何をしているって訳でもないんだけどね。街で暮らしにくい人たちが集まって暮らしているだけですよ」


 俺が答えると、商人は俺が答えたことに少し意外そうな表情を浮かべた。


 ここまでゼダンに任せていたので、ただの付き添い程度に思われているのかもしれない。


 そう言えば前回も今回も自己紹介してないな。ならこんな若造が主だなんて思わないよね。


「すると避難所のようなものですか」


「まあ、似たようなものとも言えるし、違うとも言えるかな」


 自分で言っていても曖昧な説明だと思う。


 案の定、商人も首を傾げていた。


 うん、分かるよ。何だそれって思うよね。


「もし差し支えなければ、その拠点ともう少し深く関わらせていただくことはできませんか」


「……深く?」


 思わず聞き返してしまった。


「まだお付き合いは浅いですが、皆さんが来られるたびに取引の規模が大きくなっています。最初にお会いした頃は売る物を集めるのにも苦労されていた。それが今では収穫期に合わせて大量の食糧を買い付けられるほどになっている」


 商人は穏やかな笑みを浮かべたまま続ける。


「商人というものは、伸びる相手とは早いうちに縁を結んでおきたいものなのです」


「いや、今回はたまたまですよ。言うように収穫直後だから多めに買っただけですし」


「果たしてそうでしょうか」


 商人は静かに首を振った。


「商売は積み重ねです。偶然ということもありますが、皆さんは短い期間で着実に規模を大きくしていると感じました。少なくとも私が見るにあなた方は普通ではありません」


 ……うん。賊だからね。


 その辺は完全に勘違いしていると思う。


 もし真っ当な商売だけでここまで来ていたなら、確かに自分でも大したものだと思うだろうけどさ。


「私の勘ですが、皆さんはこれからもっと大きくなられるでしょう。何かお力になれることがあれば、ぜひ一枚噛ませていただきたい」


 俺はゼダンへ視線を向ける。


 ゼダンも少しだけ訝しげな表情を浮かべていたが、止める様子はない。


「……まあ、何かあればね」


「ありがとうございます」


 商人は満足そうに頭を下げた。


 短いやり取りで、何らか約束をしたわけでも無い。


 それでも、この商人とは思っていた以上に長い付き合いになるのかもしれない。


 不思議とそんな気がした。


 商店を後にした俺たちは、そのままレオンから聞いていた鍛冶屋へと向かった。


 以前、荷車や道具の件で世話になった商人に紹介された鍛冶屋で、せっかくフェルデンに来たのだからと顔を出すことにしたのだ。


「ごめんくださーい」


 店の奥から現れた職人は、俺たちの顔を見ると「うん?」と首を捻った。


「そちらさんは?」


「はい。以前滑車の購入で世話に成ったそうで、挨拶がてら顔出しました」


「ああ。あの時の……」


「ええ。なんかウチのが無理言ったみたいで」


 そこまで答えたところで、職人は何とも言えない表情を浮かべた。


 困ったような、呆れたような、少し思い出し笑いを堪えているような顔だ。


「まあ……色々あったな」


 その一言だけの答えだった。


 レオンからも確かに「色々あった」とだけ聞いていたけれど、それ以上は教えてくれなかった。


「何かあったんですか?」


 聞いてみると、職人は苦笑しながら首を振る。


「いや、まあ……大したことではないんだがな。本人は悪気なんて無かったんだろうが……うん、色々だ」


 最後まで話す気はないらしい。


 職人は苦笑したまま、「次はお手柔らかに頼む」とだけ言った。


「ついでと言っては何ですが、釣鐘ってありますか?小さいので構わないんですが、音が良く鳴る奴が良いな」


「釣鐘か。そんなに出る物じゃないからな、一つだけ見本のような物が有るには有るが、それで良いのなら……」


 あるらしい。使える物だと助かるな。


「見せるのは構わない……、だが今日中に手直しするのは無理だぞ」


「そんな無茶な事言いませんよ」


「本当か?この店の壁は良く燃えそうだとか言わないか?」


「え?言う訳ないじゃないですか」


「な……なら、この造りなら、その柱を大木槌で殴れば簡単に崩れるとか言わないか?」


「大木槌……。どうもすみませんでした」


 ……ねえ、ウォルフ。君は一体何をしてくれてんだ!


 しっかり頭を下げて釣鐘を購入することが出来た。


 店を出ると、俺は隣を歩くゼダンへ視線を向ける。


「ウォルフって街で住みにくいって言ってたけど、それって……」


「さて」


 ゼダンは肩を竦めるだけだった。


 ……ねえ、ウォルフ。本当に何してくれてんのさ?

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