第78話 向き不向き
大陸歴一四〇七年十月八日
三度目の襲撃を終えたアルスたちは、奪った荷車を引きながら拠点への帰路を進んでいた。
今回も帰りは、ヴァルターたちが切り開いている新しい道を使う。
まだ工事の途中ではあるものの、以前のように大きく迂回する必要はなくなり、行きも帰りも確実に移動時間は短くなっていた。
もっとも、帰りは荷馬車を五台も引いている。
狭い場所や切り株の残る場所では速度を落とさざるを得ず、何度か馬を止める場面もあった。
その度に先頭を歩くヴァルターが周囲を見回しながら声を掛ける。
「こちらへ寄せましょう。少し遠回りになりますが、この方が荷車は通しやすいです」
そう言って進路を変えると、不思議なくらい荷馬車は滑らかに進み始める。
道を切り開いてきた本人だからこそ、どこが通りやすく、どこが危険なのかを誰よりも把握しているのだろう。
その甲斐もあって、大きく立ち往生することなく、一行は行き同様予定より一日早く拠点へ帰り着くことができた。
「お帰りなさい!」
留守を預かっていた者たちが迎えに駆け寄ってくる。
そのまま荷車はアルスたちと別れ、湖側へと周り崖下へ並べられた。
「じゃあ、一台ずつ上げていこう」
アルスの声に合わせ、完成したばかりの昇降機へ荷車が乗せられる。
滑車が軋む音を立てながら動き始めると、荷を積んだままの荷車がゆっくりと崖を登っていった。
「おお……」
思わず感嘆の声が漏れる。
これまでなら荷物を一つずつ背負い、何度も坂道を往復しなければならなかった。
それが今では、荷車ごとそのまま拠点へ運び上げられる。
荷を降ろす必要すらない。
「これは楽だな!」
「もう荷物を担いで坂を登らなくて済むぞ!」
「ありがてぇ!」
あちこちから嬉しそうな声が上がる。誰もが自然と笑顔になっていた。奪取品よりもこの便利さに感動している者までいるほどだ。
アルスも昇降機で次々と運ばれていく荷車を眺めながら、小さく頷く。
「道も昇降機も、作って本当に良かったね」
人が苦労しなくて済めば、その分だけ別の仕事へ力を回せる。
設備とは、人を楽にするためのものなのだ。
そのことを、目の前で動く荷車が何より雄弁に物語っていた。
荷下ろしが一段落すると、アルスは改めて今回の戦利品を確認した。
まず目を引くのは馬だ。
今回は荷馬車五台分に加え、護衛が騎乗していた牡馬も一頭手に入った。
商隊を狙う時は護衛の薄い相手を選んでいるため、これまで騎馬の護衛とはあまり遭遇しなかった。もっとも、街道を行き交う商隊全体で見れば、馬に乗った護衛がいる方が普通なのだろうが。
「これで牡が四頭、牝が十一頭か」
ゼダンが静かに数を確認する。
「来春には予定通り繁殖にも挑戦できそうだね」
「十分可能でしょうな」
馬は荷を運び、人を運び、そして次の馬も生み出してくれる。一頭増えただけでも、拠点にとっては大きな前進だった。
続いて積み荷を見て回る。
予想通り、一番多かったのは収穫を終えたばかりの穀物だった。芋や豆を中心とした食糧が荷馬車いっぱいに積まれている。
「冬場の備えが、また少し増えたね」
以前なら歓声を上げて喜んでいた量だが今は違う。収穫を終えたばかりの拠点にとって、食糧が増えること自体は嬉しいものの、想定の範囲内でもあった。
それだけ、自分たちにも蓄えができ始めているということなのだろう。
他にも荷台には、布や糸、鍋、鉄串、鉄網といった生活用品が積まれていた。木工品もいくつか見つかり、交易へ回せそうな品も少なくない。
「今回は農具や塩は見当たらないみたいだね」
「季節によるものか、たまたまなのかは分かりませんな」
ゼダンが荷を見回しながら答える。
交易商隊によって運ぶ品は違うのだから、こればかりは運次第だった。
そして最後に確認したのは、今回の裏目的でもあった酒だった。
「……少ないね」
樽どころか、小さな酒瓶がいくつか見つかった程度だった。どうやら商隊の商品ではなく、商隊員が道中で飲むために持っていた酒らしい。
それを見た瞬間だった。
「砦主!」
ティムが勢いよく手を挙げる。
「もう一回行こう!」
「そうだそうだ!」
リッキーも賛成する。
「次なら酒を積んでる商隊に当たるかもしれん!」
ウォルフまで真剣な顔で頷いていた。
アルスは三人を見回し、小さくため息を吐く。
「却下」
「ええー!」
三人の声が揃った。
「酒のためだけに襲うことはしないよ」
拠点は確かに商隊を襲っている。その事実は変わらない。
だが、それは冬を越えるための食糧や交易資金、必要な物資を得るという目的があるからだ。
酒は、あれば嬉しい程度のものだった。
「拠点の維持や拡張に必要だから襲う。無用な襲撃はしない。そこは変えたくないんだ」
酒欲しさに襲撃を重ね始めれば、いつか襲うこと自体が目的になってしまう。それだけは避けたかった。
しばらく不満そうにしていた三人だったが、
「じゃあ酒は買うか」
アルスがそう言うと、三人は顔を見合わせた。
「奪った金でな」
その一言に、三人は一転して満足そうに頷く。
「おお、それなら良し!」
……納得するんだ。
アルスは思わず苦笑した。線引きは、自分たちのためにも必要だ。
襲うだけの理由がある。
その一線だけは、これから先も越えないようにしよう。
アルスは改めてそう心に決めるのだった。
暫くしてアルスは、少し離れた場所で荷物を整理していたクラウスを手招きで呼ぶ。クラウスはそれに気づくと手を止め、すぐにこちらへ歩いてくる。
周囲に人がいない場所まで移動してから、アルスは静かに切り出した。
「この前の襲撃のことなんだけど、少し聞きたいんだ」
「襲撃……ですか」
「うん。今回はゲーフがいなかったから、後方の元ナユリ兵をヴァルターとクラウスに任せたよね」
クラウスは小さく頷く。
「見ていて気付いたことがあるんだ」
「何でしょう」
「クラウスが指示していたはずの元ナユリ兵が、途中から指示する側に成って、クラウスがそれに従って動いていたように見えたんだけど、あれは実際どうだったのかな?」
その問いに、クラウスは苦笑を浮かべた。
「……やはり見られていましたか」
恥ずかしそうに頭を掻く様子はあったが、悔しそうな表情ではない。
どこか吹っ切れたような顔だった。
「正直に申しますと、私は指揮には向いていないようです」
「向き不向きの問題?」
「ええ」
クラウスは素直に頷く。
「私は元々、一兵士としてミュラー家へ仕えておりました。そして、生まれつき手先が器用だったことから、罠の設置や発見を主な役目として任されてきたのです」
「うん。それは覚えてるよ」
「つまり、人を率いた経験がほとんどありません。それに集団で敵と戦うような機会も、私にはありませんでした」
そう言われて、アルスは思い出す。
「そういえば、エリクセン家が攻めてきた時も館に残っていたよね」
「ええ。あそこまで踏み込まれては、既に私の仕事は残っていませんから」
侵攻前に罠を仕掛けることは出来ても、戦場へ出て兵を指揮する役目ではない。
考えてみれば当然だった。
「砦主と一緒に館を抜け出してから、本当に色々な経験をさせていただきました」
クラウスは少し笑う。
「ですが、元々軍を率いる立場ではなかった私に、少人数とはいえ兵の指揮は荷が重かったようです」
「でもさ」
アルスは首を傾げる。
「狩猟班ではティムやリッキー、それにゲーフまで上手くまとめてたじゃないか」
あの三人を相手に毎回狩りを成立させているのだから、人をまとめる力は十分あると思っていた。
するとクラウスは、打って変わって苦い顔をした。
「あれは、まとめている訳ではありません」
「え?」
「付いて行って、皆が迷子にならないよう見ているだけです」
「…………」
一瞬、言葉が止まる。
つまり狩猟班でのクラウスの役目は――。
「子守?」
「はい」
なんと!狩猟班でのクラウスの仕事は子守だった!!
アルスは思わず天を仰ぐ。
ティム、リッキー、ゲーフ。三人とも好き勝手に動き回るから、クラウスが後ろから追い掛けていただけらしい。
統率していたと思っていたのは、自分だけだった。
ちょっと衝撃の事実なんだけど……。
「そうだったんだ……」
「やれと言われたことは何でもやります」
クラウスは真面目な顔で続ける。
「ですが、戦場で人を指揮する役目は、どうやら私には向いていません。今後は別の者へ任せた方が良いと思います」
「そう言われても、人材不足なんだよね」
アルスが苦笑すると、クラウスは少し考えてから答えた。
「いえ、それほどでも無いと思いますよ」
「え?」
「今回、途中から私の代わりに指示を出してくれた元ナユリ兵がおりましたよね」
「ああ、いたね」
「あの者は、以前から周囲をよく見て動ける人物です。狩猟へ同行した時も、仲間への気配りが自然にできていました」
思わぬところで、元ナユリ兵の評価を聞くことになった。
アルスとしては、クラウスと今後の指揮の仕方を相談するつもりだった。だが話を聞く限り、無理にクラウスへ指揮を覚えさせるより、向いている者へ任せた方が良さそうだ。
昨日、帰り道にゼダンが今回の総評をしてくれたんだけど、『クラウスには、特殊な仕事を個別で任せた方が能力を発揮できそうですな』と戦場を後方で見ていた際の見解として話していたのが思い出される。
どうやら、その見立ては間違っていなかったらしい。
「分かった」
アルスは静かに頷く。
「これからは、その方向で考えてみるよ」
「ありがとうございます」
「その元ナユリ兵とも、一度話をしてみないとね」
するとクラウスは、不思議そうに首を傾げた。
「あれ? 砦主、何度も話してるじゃないですか」
「え?」
「農家の同郷だったという元ナユリ兵です」
「……嘘」
アルスは思わず目を瞬かせる。
「今回の襲撃に参加してたっけ?」
「ええ」
クラウスは笑いながら頷いた。
「襲撃の数日前に髪を切りましたからね。雰囲気がだいぶ変わったんですよ」
髪を切っただけで?
アルスは記憶を辿る。
……あれ?元々どんな顔だったっけ。
これまでの顔も今回の顔も、どちらを思い出そうとしても、まるで浮かんでこない。
「えぇ……」
思わず情けない声が漏れる。
どうやらその元ナユリ兵は、人に覚えて貰いにくい顔立ちをしているようだ。やったね。潜入諜報員候補が見つかったかもよ。
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