第77話 祭りの前の一仕事
大陸歴一四〇七年十月六日
数日前から続けていた収穫作業も、ようやく終わりが見え始めていた。
畑にはまだ刈り取る作物が残っているものの、一番忙しい時期は乗り越えたと言って良い。
そんな空気もあってか、拠点では少し前からある話題で盛り上がっていた。
「収穫が終わったら、皆で収穫祭をやろう!」
誰が最初に言い出したのかは分からない。
だが、その一言はあっという間に拠点中へ広がった。
初めて自分たちの手で育てた作物が実ったのだ。
それを皆で祝い、腹一杯食べて笑おうという話に反対する者などいるはずもない。
アルスも、その考えには賛成だった。
ところが――。
「砦主、大変だ」
ある日、ウォルフが真面目な顔で話し掛けてきた。
「どうしたの?」
「酒が無い」
「……え?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「収穫祭に酒が無いなど、祭ではない」
その横ではティムも何度も頷いている。
「そうだそうだ。祝い事に酒が無いなんて聞いたことがねぇ」
「酒があってこその祭りだろ」
リッキーまで腕を組んで力説し始める。
……いや、よく分からない。
アルスには酒が無ければ祭りではないという理屈は理解できなかった。
もっとも、その三人が言い出しそうなことではあるのだが。
そこでふと、一つ気付く。
待てよ。この連中、今まで酒なんて飲んでいなかったよね。だって拠点内に酒無いんだから。
ということは……素面で、あれだったの?
もし酒が入ったら、一体どうなるんだろう。
……まあ、それはその時に考えよう。
希望や我儘を言えるくらいには、この拠点も育ってきた。そう思えば、悪い話ではない。
とはいえ、現実問題として酒は無い。
「じゃあ、どうするの?」
アルスが尋ねると、ウォルフは実に当然と言わんばかりの顔で答えた。
「無ければ奪ってくれば良い」
「そうだな」
「それしかねぇ」
三人が揃って頷く。
……うん。我が拠点も、すっかり賊らしい発想になったものである。
もっとも、酒だけが目的ではなかった。
ヨアヒムたちが二度目の交易へ出発してから、もう十日ほどになるし収穫を終えれば、次は冬支度だ。
食糧が安く出回る今のうちに買い揃え、交易用の商品も補充しておきたい。
そのためには金が要る。だから商隊を襲う。
酒は、そのついでだ。
商隊が酒を運んでいれば、そのまま頂く。無ければ奪った金で買えば良い。
そんな、どちらが本当の目的なのか分からないような話でまとまった矢先、街道を進む交易商隊を見つけたとの報せが拠点へ届いた。
実に運が悪いというか、間が悪いというか。持っていない交易商隊もいた物だ。
そんなこんなを経てアルスたちは、約二ヶ月ぶりという久しぶりの襲撃へ向かい、今は街道脇の森の中に皆で静かに伏せているのである。
森へ潜んでから、どれほど経っただろうか。木々の隙間から街道を見つめながら、アルスは静かに息を潜めていた。
間もなく、この前を交易商隊が通る。その時が勝負だった。
今回も作戦そのものは、これまでと大きく変わらない。
街道を木で塞ぎ、前方をウォルフ、ヘルガ、リッキーの三人と元ナユリ兵四人が受け持ち、一気に敵を崩す。
違うのは後方だった。
レオン、ゲーフがミュラー領へ。マティアスがヨアヒムと共に交易へと出ているため、この場にはいない。
ゲーフの代わりとして、今回はヴァルターとクラウスが、それぞれ普段行動を共にしている元ナユリ兵を率いて後方へ回ることになっていた。
さらに、その後詰にはゼダンが騎馬で控える。普段レオンたちが担っていた位置へ、そのままゼダンが入る形だ。
人数も配置も、大きく崩したわけではないのだが、人が替われば動きも変わる。
特に今回は、ヴァルターとクラウスが初めて元ナユリ兵を率いて戦う。
その結果がどう出るかだけは、実際に始まってみなければ分からなかった。
やがて、街道の向こうから荷馬車の音が聞こえてくる。
商隊だ。先頭の荷馬車が伏兵地点へ差しかかった瞬間、アルスは大きく右手を振り下ろした。
「今だ! 掛かれ!」
号令と同時に、森の中から一斉に人影が飛び出した。
真っ先に敵へ飛び込んだのは、やはりウォルフだった。
「ぬおおおおっ!」
大木槌が唸りを上げ、一撃で護衛を吹き飛ばす。
その横ではヘルガが棍棒を振るい、リッキーも二本の斧で次々と敵を薙ぎ倒していく。
前方は、これまでと何一つ変わらない。
元ナユリ兵たちも迷うことなく続き、あっという間に敵陣を押し潰していった。
樹上からは、矢が休むことなく降り注ぐ。
「やっぱり俺様、弓王!」
聞き慣れた声と共に放たれた矢が、逃げようとした護衛を正確に射抜く。
どうやら今回は人材不足を補うつもりなのか、ティムはいつも以上に矢を放ち続けていた。
アルスは前方を一瞥すると、すぐに後方へ視線を移す。
こちらこそ、今回確かめたかった場所だった。
ヴァルターは落ち着いた声で元ナユリ兵へ指示を飛ばしている。
「一人ずつ確実に囲め!」
その指示に合わせ、元ナユリ兵たちは慌てることなく敵を包囲し、一人ずつ確実に仕留めていく。
危なげはない。普段から共に伐採へ出ている者同士ということもあり、連携も自然だった。
問題は、その隣だった。クラウスも敵へ向かってはいる。
だが、元ナユリ兵たちは思うように動けていない。
「右を――いや、そっちじゃ……!」
指示が遅れ、互いに動きを窺う場面が目立つ。
すると、その中の一人が自然と周囲へ声を掛け始めた。
「二人は右! 残りは俺と来い!」
その一声で動きが揃う。
いつの間にか指示をしていたはずのクラウス自身も、その指示に従い敵へ向かっていた。
結果だけ見れば、こちらも危なげなく敵を制圧している。
だが、指揮を執っているのはクラウスではなかった。
その少し後方では、ゼダンが馬上から静かに全体を見渡している。
必要ならいつでも動ける位置。だが、その出番は最後まで訪れなかった。
戦いは今回も短時間で終わる。
結果だけ見れば、三度目の襲撃も文句の付けようがない圧勝だった。
それでもアルスは、静かに後方を見つめる。
ヴァルターは期待以上だった。
その一方で、クラウスには課題が残る。
戦いが終わった後、一度詳しく話を聞いてみる必要がありそうだった。
まあゼダンが見ていたから、必要ないかもしれないが……。
戦いが終わると、アルスは周囲を見回した。
倒れている護衛たち。街道脇へ止められた荷馬車。そして、息を整えながら周囲を警戒している仲間たち。
今回も大きな怪我人は出ていない。
アルスは小さく頷くと、皆へ声を掛けた。
「いつも通り、痕跡を残さないよう片付けて撤収しよう」
「おう!」
その一言で十分だった。
誰一人、次に何をするか確認する者はいない。
戦場の見張りを続ける者。荷馬車を街道脇へ寄せる者。倒れた敵を運び始める者。道を塞いだ木を隠す者。馬を落ち着かせる者。
それぞれが自然に役目へ散っていく。
最初の襲撃では、一つ一つゼダンが指示を飛ばしていた。
誰が何をするのか、その都度確認しながら動いていたものだ。
だが今は違う。三度目ともなれば、皆が自分の役割を理解している。
言われなくても身体が動いていた。
「こっちは終わったぞ!」
「荷車も準備できた!」
「馬も問題ありません!」
あちこちから次々と声が返ってくる。
その様子を見ながら、アルスは思わず笑みを浮かべた。
手際が良い。
戦闘自体になれるのは勿論、後片付けでも無駄な動きが減り、一つ一つの作業が短くなっているのは確かだった。
その分だけ、この場へ留まる時間も短くなり、誰かに見つかる危険も減らせる。
そう考えれば、大きな進歩だった。
ゼダンも静かに周囲を眺めながら頷く。
「皆、随分と手慣れましたな」
「うん。前は何をするにも確認してたのにね」
「経験というものです」
アルスは奪った荷車を眺める。
三度目ともなれば、襲撃そのものだけではない。
終わった後の動きまで含めて、一つの流れとして身に付いてきていた。
それは、この拠点が少しずつ一つの集団として形になってきた証でもある。
「よし、撤収しよう」
アルスの声に合わせ、一行は荷馬車を引いて静かに森の中へ姿を消していった。
撤収中のアルス一行は、荷車へ積まれていた戦利品を軽く確認する。
今回の商隊から得られた物資は、予想以上だった。
金銭だけではなく、冬支度に必要となる食料品や交易に回せそうな品々が満載となった荷車が五台。
これだけの量を持ち帰るとなれば、以前なら拠点前の坂道を持って上がるだけで相当な苦労になっていただろう。
アルスは荷車を眺めながら、改めて今回の設備の意味を考えていた。
まず、大きく変わったのは街道までの道だ。
以前なら拠点から街道まで片道三日。それが、ヴァルターたちが道を整備し始めたことで、今回は二日で到着できた。
そこまで移動時間を短縮できるほど工事が進んでいると思っておらず、街道脇で待機する時間が一日ほど余ってしまった。
だが、それは決して無駄ではなかった。
これから先、街道へ向かう度に一日分の時間を節約できる。予定では完成すれば更に一日短縮できる見込みも有る。その積み重ねが、拠点にとってどれほど大きな意味を持つか。
考えるまでもなかった。
「ヴァルターには、本当に助けられてるな……」
思わず呟く。
道作りは、ただ移動を楽にするためだけのものではない。交易の頻度を増やし、情報を集め、人との繋がりを広げるための基盤になる。
そして、もう一つ。
完成したばかりの昇降機の存在だ。
今回は奴隷商隊ではなく、交易商隊を襲った。つまり、商品は勝手に歩いて坂道を登ってくれない物だという事だ。
これまでは、荷物を運ぶたび、人が背負って何度もあの坂道を往復しなければならなかった。
だが、これからは違う。
荷車ごと拠点へ上げることができる。大量の物資を一度に運び、倉庫の前まで届けることができるのだ。今回のような荷車五台分もの荷物なら、なおさらその恩恵は大きく感じ取れるだろう。
道と昇降機。
どちらも、時間を生み出し、人の負担を減らす。そして、新しいことへ挑戦する余裕を作る。
拠点が少しずつ変わっていることを、アルスは改めて実感した。
「戻ったら荷を整理して、フェルデンへ売買に行く準備だね」
隣で聞いていたゼダンが頷く。
「ええ。そしてヨアヒムたちが戻れば、収穫祭ですな」
その言葉に、アルスは自然と笑みを浮かべる。
襲撃を終えた帰り道だというのに、待っているのは戦いではない。
収穫した作物。持ち帰った物資。そして、皆で楽しみにしている祭り。
皆で笑って酒を飲み、今年初めての収穫を祝う。
そんな日が、もうすぐそこまで来ている。
うん。暫くは拠点内が浮ついた感じに成りそうだな。
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