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落ち延びた三男坊、山で拠点を作ったらやがて帝国になった ――逃避行から始まり、拠点を作って勢力拡大。気付けば、帝国に成ってしまった件について  作者: 六駿
第三章 芽吹

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第73話 任せたよ、レオン

 大陸歴一四〇七年九月二十四日


 拠点では、今日もいつも通りの朝を迎えていた。


 畑へ向かう者。伐採の準備を始める者。炊事場では朝食の片付けが進み、あちこちから仕事へ向かう声が聞こえてくる。


 そんな普段と変わらぬ光景の中で、一か所だけ慌ただしい場所があった。


 拠点の坂を下りた先。


 そこでは四台の荷馬車が並べられ、長期遠征に必要な荷物や食糧が次々と積み込まれていた。


 今日、レオンたちはローデン近隣の村へ向けて出発する。


 遠回りになる南回りの経路を選んだ以上、現地まで片道一か月以上掛かる。


 荷馬車を使う以上、山越えは現実的ではない。かといってエリクセン領を縦断するのは危険過ぎる。他に道がない以上、この遠回りは避けられなかった。


 途中で補給はする予定だが、それでも持ち出せる物は少しでも多く持って行くつもりなのだろう。


 出発前から何度も坂を往復して荷物を運ぶ姿を見ていると、素直に気の毒だと思ってしまう。


 ある程度積み込みが終わったところで、レオンが荷馬車の前へ歩み寄った。


 荷物を一つ一つ確認し、食糧の量を確かめ、積み忘れがないか目を通していく。


 誰かへ任せるのではなく、自分自身の目で最後の確認を行っていた。


 責任者だから当然と言えば当然なのだろう。それでも、こういうところにレオンらしさが表れている気がする。任された仕事は最後まで自分で確かめる。昔から変わらない性格だ。


 ただ今回は、その責任感が少し強過ぎるようにも思える。


 変に気負わなければいいけどな。


 どこまで行っても俺たちは、まだ十四歳だ。


 周りから見れば、子供が懸命に背伸びをしているようにしか映らないのかもしれない。


 やがて荷物の確認を終えたレオンは、今度は同行者たちの方へ向かった。


 一人一人へ声を掛けながら、人員が揃っているかを確かめていく。今回行動を共にするのは、避難民と元ナユリ兵たちだ。本来なら接点などほとんどなかった者同士である。


 ゲーフがいる以上、元ナユリ兵の方は問題ないだろう。少し気になるとすれば避難民たちの方だった。


 そう思って様子を眺めていたのだが――。


 意外にも互いに自然と言葉を交わし、特に壁を感じさせる様子はない。


 ……俺が気にし過ぎていただけだったのかな。


 そんなことを考えながら、出発の準備が進む様子を静かに見守っていた。


 出発の準備が整い始めると、見送りに来る者たちの姿も少しずつ増えてきた。


 そんな中、前回の襲撃で保護した女奴隷三人が、連れ立ってゲーフの元へ歩いて行く。


 別れを惜しみに来たのだろう。三人は何かを話し掛け、ゲーフもいつもの厳つい顔のまま静かに応じている。


 あの表情だけを見れば近寄り難い男なのに、不思議と三人に怯えた様子はなかった。


 そう言えば、ヘルガが彼女たちを引き取ってからも、ゲーフは何かと様子を見に行っていた。


 元々同じ奴隷であったからという理由もあるのだろうが、それでもそうした気遣いを自然に続けられるところが、元ナユリ兵たちがゲーフを慕う理由なのかもしれない。


 単純に強いだけでは、人は付いて来ない。


 そんなことを考えながら視線を戻すと、今度はローザが荷馬車の傍で荷物をまとめていた。


 俺はそのまま近付いて声を掛ける。


「ローザも身体には気を付けてな。無茶はするなよ」


 するとローザは、少し呆れたように笑った。


「砦主、父さんじゃないんだから大丈夫ですよ。私は出来ることしかやりませんので」


「うん。……まあ、それもそうだな」


 ローザなら、自分に出来ることと出来ないことを見誤るような性格ではない。


 だからこそ、余計な心配なのかもしれない。


「砦主こそ、お身体には気を付けてくださいね。戻ってきたら、また何か作りますので、一緒に食べましょう」


「ああ。楽しみにしてるよ」


 そう言うと、ローザは嬉しそうに微笑み、再び荷物の整理へ戻っていった。


 しばらくして見送りも一段落し、隊の準備もほぼ終わったようで、レオンがこちらへ歩いて来る。


「砦主。準備はほぼ終わりました。そろそろ出発しようと思います」


 責任者としての報告。


 もう出発の可否を確認しに来たのではない。出発することを決め、その報告に来たのだ。


「そうか」


 ここまで来たら、掛ける言葉は一つしかない。


「長旅になる。現地に着いてからも大変だと思うけど、身体には気を付けてな」


「ええ。俺はもちろん、他のみんなも無事に返してみせます」


 力強い返事だった。


 だからこそ、少し肩の力を抜いてやりたくなる。


「気負い過ぎないようにな。今回思うようにいかなくても、また次の手を考えればいいんだからさ」


「はい。無理はしないつもりです」


 その答えを聞いて、俺は小さく頷いた。


「……任せたよ」


「はい。お任せください」


 軽く手を振ると、レオンは真っ直ぐにそう答え、小さく頭を下げた。


 幼い頃から知っている幼馴染が、今では一隊を率いて遠征へ向かおうとしている。


 もちろん率いる人数は十名余りだ。それでも、十四歳の少年が仲間の命を預かる立場に立っていると思えば、大したものだと思う。


 そんなことを考えていると、踵を返したレオンの前へ、一人の少年が駆け寄ってきた。


「レオンさん、やはり俺も連れて行ってください」


 トビアスだった。


 先日、人選を始めた際に同行を願い出てきたものの、断ったと報告を受けている。


 現地に縁はなく、馬にも乗れない。そのうえ八歳の妹を拠点へ一人残していこうとしているのだから、却下されるのも当然だった。


 レオンも立ち止まり、静かにトビアスを見つめ返す。


「前にも言ったはずだ。俺はトビアスを連れて行く必要性を感じない」


「それは今すぐには示せません。でも、現地では必ず役に立ってみせます。雑用でも荷物持ちでも、何でもやります。お願いします」


 深く頭を下げるトビアスへ、レオンは淡々と言葉を返した。


「そもそも妹はどうするつもりだ。放って行く気か」


「……妹にも話はしました。俺も同行したいって。一人でも大丈夫かって」


「それで『大丈夫』と言われたから安心した、なんて話じゃないよな」


「はい」


 トビアスは顔を上げる。


「ヘルガさんとオットーさんにも相談しました。俺がいない間は妹を気に掛けてくれると約束してくれています」


「ヘルガさんとオットーさんか」


 レオンは小さく息を吐いた。


「あの二人が引き受けると言うなら心配は少ない。……だが、それで本当にいいんだな」


「はい。この拠点の人たちは、バウムゼンの人たちとは違います。信用できます。だから安心して妹を任せられます」


 再び深く頭を下げる。


「お願いします」


 真っ直ぐな願いだった。


 だがレオンはすぐには頷かない。


「なぜ、そこまでして行きたい」


 静かな問いだった。


「遊びに行くわけじゃない。危険しかない任務だ。楽しいことなんて何もないぞ」


「分かっています」


 トビアスは迷わず答えた。


「それでも、俺は俺たち兄妹を受け入れてくれたこの拠点に、少しでも恩返しがしたいんです」


「……本当にそれだけか?」


 その問いに、トビアスは一瞬だけ言葉を詰まらせた。


「ほ……他にも色々思うところはあります。でも、力になりたいという気持ちは本当です」


 レオンはしばらく黙ってトビアスの目を見ていた。


 レオンには何か思い当たる別の理由があるのだろうか。


 それでもレオンは、それ以上理由を問い詰めることはしなかった。


「……足手まといになるとは思わないのか」


「そう言われないだけの働きをしてみせます」


 返事は即答だった。


 その迷いのない声を聞き、レオンは小さく頷く。


「十分注意するつもりだが、命の保証はできない」


 一拍置いて続ける。


「そのうえで、俺の言うことは絶対だ。守れるか」


「守ります。何でも言ってください」


 レオンは黙ったまま、トビアスの目を見つめ続けた。


 長くはないが、その場にいた全員が結論を待つには十分な沈黙だった。


 俺も口は挟まない。今回の責任者はレオンだ。


 ならば、最後に決めるのもレオンであるべきだろう。


 やがてレオンは小さく息を吐くと、こちらへ向き直った。


「砦主」


「うん」


「急遽ですが、一人増員したいと思います。了承いただけますか」


 その言葉に、思わずトビアスを見る。


 期待と不安が入り混じった顔で、こちらを見ていた。


 レオンが真剣に考えた末の結論なら、俺が覆す理由はない。


 それに……この状況で、駄目とは言えないでしょ。どう考えても。


「分かった」


 そう答えると、トビアスへ視線を向ける。


「ただし、絶対にレオンの言うことを聞くんだ。妹のことは俺も気に掛けておくよ」


「ありがとうございます!」


 トビアスは勢いよく頭を下げた。


 最近、なぜか俺を見る目が少し刺々しく感じることが多かった。


 けれど今向けられた瞳は、久しぶりに曇りのない真っ直ぐなものだった。


 レオンはアルスへ向き直り、深く頭を下げた。


「それでは、行って参ります」


「ああ」


 アルスは小さく頷く。


「繰り返すが、気を付けてな」


「はい」


 短く返事をすると、レオンは皆の方へ振り返った。


「出発します」


 その一言で荷馬車がゆっくりと動き始める。


 四台の荷馬車と二騎の馬。そして、急遽加わったトビアスを含めた十三人。


 彼らは列を作り、森へと向かっていった。


 片道だけでも一か月以上。


 現地での潜伏や救出活動まで含めれば、最初の荷馬車が戻ってくるのすら、冬も間近になるだろう。長期の潜伏になる。


 誰一人欠けることなく帰ってきてほしい。


 その願いを胸に、アルスは遠ざかる背中を見送り続けた。


 やがて荷馬車の姿が木々の向こうへ消え、馬の蹄の音も聞こえなくなる。


 それでもアルスはしばらくその場に立ち尽くし、再度小さく呟いた。


「任せたよ、レオン」

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