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落ち延びた三男坊、山で拠点を作ったらやがて帝国になった ――逃避行から始まり、拠点を作って勢力拡大。気付けば、帝国に成ってしまった件について  作者: 六駿
第三章 芽吹

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第71話 交易の始まり

 大陸歴一四〇七年九月二十二日


 ゼダンたちが近隣の村々を巡る交易から戻ってきたのは、出発してから二十日以上が経った頃だった。


 今回向かったのは、管理が行き届いていないと思われるグライフ領内の村々である。


 バウム領やグルンフェルト領のように、現在もある程度の支配が続いている場所へは手を出さない。まずは人の流れが途絶え、孤立している村との関係を作ること。それが今回の目的だった。


 とはいえ、出発前には少し不安もあった。


 長く外との交流が途絶えている村に、果たしてこちらと交換できるような物が残っているのか。


 村人たちも自分たちの生活で精一杯なら、交易どころではないかもしれない。


 そう考えていたのだが――。


「砦主、只今戻りました」


 最初にこちらへ歩いてきたゼダンの姿を見て、アルスは小さく息を吐いた。


「お帰り。ご苦労様。怪我人はいない?」


「ええ。大きな問題もなく、全員無事です」


 その返事に、まずは安堵する。


 そして、その後ろでは同行した者たちが重そうに荷物を運び込んでいる。


 相変わらず、最後の坂を荷を抱えて登ってくるのが難点だ。


 一日でも早く昇降機が完成することを願うしかないな。


 背負籠や袋の中から次々と取り出される品々を見て、アルスは少し驚いた。


「……思ったより色々あるんだね」


 干した物や加工された品、日用品らしきものまで、いくつもの物が並べられていく。


 もちろん、どれも大量というわけではない。


 それでも、孤立した村々を回った結果としては十分に思えた。


「村によって余裕のある物が違ったのでしょう。少しずつですが、交換できる品はありました」


「そうなんだ」


「詳しくは責任者に聞いてやってください」


「え?責任者……ああ、ヨアヒムか」


 そうだった、そうだった。今回のゼダンとマティアスはあくまで付き添いであり補佐だった。


 ヨアヒムが責任者。ヨアヒムが責任者。ヨアヒムが責任者。うん。覚えた。


「で、肝心のヨアヒムは?」


 アルスが尋ねると、ゼダンは何でもないことのように答えた。


「坂の下で疲れ切って倒れておりますな」


……ヨアヒムが責任者?……責任者とは一体?


「まあそのうち上がってくるでしょう」


「えっと……なら先に、持ち帰った品を見ておこうかな」


「まあ本来はヨアヒムが報告しながらが良いのでしょうが、止むを得ませんな」


 アルスは並べられた品を眺める。


 干しキノコに毛皮に羊毛。籠や縄、他にも見慣れない加工品がいくつかある。


 中には卵や干した草まであった。


「鶏を飼っている村もあったんだ」


 思わず呟く。可能なら次回は成鳥も欲しい所だな。


 あ、そういう意味では羊毛も有るんだから、どこか羊を飼ってる村がある。なんとか羊も手に入れたいかな。


「それからこっちは、……何か分からん草?」


するとゼダンが噴き出す。


「それは本当の薬草ですな。フェルデンの商人を余程根に持ってますな」


 初めてフェルデンに金を作るために拠点内から物を持ちこんだとき、薬草だと思って持って行った草を『何か分からん草』と言われたのを思い出したんだから仕方ないだろう。


「なんでもこの薬草を磨り潰して傷口に貼っておくと、治りが早くなるそうです」


 なんか分からん草の癖に、良い効果じゃないか。


 さらに、こちらから持ち込んだ物とは少し違う形の籠や縄もあった。村にある物と交換した結果なのだろう。交易というものが、本当に成立したのだ。


 その事実を、改めて実感する。


「交易が本当に成立したんだな」


 そう言うと、ゼダンは小さく頷いた。


 しばらく待っていると、ようやくマティアスに支えられるようにしてヨアヒムが坂を登ってきた。


「お待たせしました」


 ……いや、待ったけれど。


 そう思いながらも、まずは労う。


「マティアス、ヨアヒム。ご苦労様。早速だけど報告を――」


「砦主、只今戻りました。報告はヨアヒムから聞いてください」


「うん」


マティアスもゼダン同様ヨアヒムを立てる。その声に従い視線をヨアヒムに向ける。


だが、肝心のヨアヒムはやはりヨアヒムだった。


「はあ、はあ、はあ。報告は明日しますね」


「……え?」


 あまりにも自然に言われて、思わず聞き返す。


「いや、今じゃない?」


「ふう。疲れ切った状態での報告は、正確性を欠く恐れがあります。十分に休養し、頭を整理した上で報告するべきかと。では」


 思った以上にもっともらしい理由が返ってきた。


 確かに言っていること自体は間違ってはいないが、そのまま立ち去ろうとするヨアヒムを慌てて止める。


「ちょっと待った。報告をするまでが商隊の責任者の仕事だよ」


 そう伝えると、ヨアヒムは少し考え込む。


「なるほど……」


 そして頷いた。


「では、明日まで交易継続ということで」


「そうじゃない!」


 思わず声が大きくなる。


「詳細な報告は明日で良いよ。でも、まずは帰ってきた時点での簡単な報告を聞きたい」


「只今、帰りました。では」


「それじゃない!」


 またもや立ち去ろうとするヨアヒムに、ついつい大きな声を出してしまう。


 良い加減疲れてきたので横を見ると、ゼダンもマティアスも笑っていた。


 いや、笑っていないで助けてほしい。


「ヨアヒムよ」


 見かねたのか、ゼダンが口を開く。


「砦主の言う通りだ。お前に任された仕事だろう。詳細は後日でも構わんが、まずは自分の口で報告する必要がある」


「そうですよ。今回は私たちも同行しています。足りない部分はこちらで補足しますから、まずは責任者として報告してください」


 二人に言われ、ヨアヒムは渋々といった様子でこちらを見る。


「そうですか。砦主、聞きたいですか?」


「え?……うん。聞くと言い続けたつもりだけど?」


「もう一押しというところでしたね。次はもっと頑張ってください」


 え?俺が悪いの?次?なに毎回やるのこれ?何を頑張ればいいのか分からない。


「マティアスさんの案内で幾つも村を回りました。今回は余り美味しい物は食べれませんでした。報告を終わります」


「……」


 アルスは小さく息を吐く。どうしてくれようか。


 やはり不安しかない。


 この男に、本当に交易の責任者を任せて良かったのだろうか。


 するとゼダンが誘導する形で報告が始まった。


「まず村で交易するにあたって、相手方の交換物資をどう感じた?」


「村で交易を行った感想ですか。この時季ということもあり、食糧を交換に出せる村はほとんどありませんでしたね」 


 ヨアヒムはどこか面倒そうにだが、内容は要点を押さえた報告を始めた。


「すると金銭での取引の話をしたのか?」


「ゼダンさんも知ってるでしょう?」


「ヨアヒム。繰り返すが、お前が責任者だ。報告すべき内容を今教えている。今後はこれをお前が砦主に報告するんだ」


「やっぱり面倒ですよ。美味しいもの無かったし……」


「それこそ時季の問題だろう。次行くときは収穫も終わって色々あるんじゃないか?」


「あ、確かに。次は楽しみです」


「その次をお前に任せるかどうか判断するための報告だが良かったか?」


「砦主。やはり村では交易に回すほど金銭を保持していませんでした。なので物々交換を基本に今後も継続したいという話が有りました」


 突然ヨアヒムが整然と報告をしはじめる。先程までとは違う声だった。


 先ほどまで「美味しい物が無かった」としか言っていなかった人物と同じとは思えない。


「ですが、村ごとに欲しい物はかなり違いました。塩を欲しがるところはどの村も共通していましたが、それ以外は様々です。縄を欲しがる村もあれば、籠を欲しがる村、布を欲しがる村もありました」


「お……おう」


 ヨアヒムは指を折りながら続ける。


「逆に、それぞれの村には他では手に入りにくい物も残っています。干しキノコ、毛皮、羊毛、薬草……数は多くありませんが、持っている物は村ごとに違いました。ある程度、どの村が何を欲しがり、何を出せるのかは聞き取ってきました。次回はそれを踏まえて荷を準備すれば、今回より条件の良い交換ができると思います」


「う……うん」


「それから、今回は交換条件としては損になる取引も何度か行いました」


「え?」


「交換できる物がほとんど無い村もありましたので」


 ヨアヒムは淡々と説明を続ける。


「今回は利益よりも実績を優先しました。一度でも交換したという事実があれば、次に訪れた時の警戒は薄くなります」


 利益ではなく信用を買ったということか。


「えっと……その判断は俺も良いと思う」


「ありがとうございます」


 ヨアヒムは小さく頷いた。


「それと実際に村を回って感じたことですが、意外と他の村にあるものを欲しがる村が多かったです。中継と言う形でも交易が成立しそうだという感想を持ちましたので、今後の参考にしてください」


「は……はい」


「以上、報告を終わります。ぜひ次回も私をご指名ください。では」


 ヨアヒムはそう言って颯爽と去って行った。


 アルスはしばらく言葉が出なかった。


「……え?」


 本当にさっきまで報告から逃げ回っていた男だったのか。


 内容は整理され、必要な情報も揃い、責任者として十分な報告だった。


 思わずゼダンへ視線を向ける。


「ねえ……あれ誰?」


 ゼダンは口元を緩めた。


「ヨアヒムですな」


「嘘でしょ?」


 思わずそんな言葉が漏れる。


 ヨアヒムがヨアヒムじゃなかった。


 何を言ってるか分からないだろうが、俺にも分からん。


「まあ、初回としてはあんなものでしょう。やはりヨアヒムは化けると思いますぞ」


「うん。少し驚いた」


 アルスは改めてゼダンへ視線を向けた。


「交易そのものについてはよく分かったよ。他に気になったことはある?」


「では、私から補足をいたしましょう」


 ゼダンは一歩前へ出る。


「まず、最初に村へ入った時ですが、やはりどの村も我々を警戒しておりました」


「まあ、そうなるよね」


 見知らぬ武装した集団が村へやって来るんだ。歓迎される方がおかしい。


「ですが、そこはヨアヒムを前に立たせました」


「……うん。そこから分からない」


 思わず本音が漏れる。


 ゼダンは苦笑しながら頷いた。


「砦主とヨアヒムのやり取りそのままですな」


「あれ?」


「ええ、あれです」


 まさかと思う。


「最初は警戒していても、話しているうちに疲れ、調子を狂わされるのです。気付けば笑い、いつの間にか普通に話をしております」


「疲れるの前提なんだ……」


「本人にその自覚はないのでしょうが、あやつは相手との距離を詰めるのが実に上手い。警戒心を抱かせにくいのです」


 そう言われると妙に納得してしまう。


 こちらも散々振り回されたが、不思議と嫌な気分にはならなかった。


「ですので、今回交易できた村であれば、次回はもう少し気軽に迎えてもらえるでしょう」


「それは大きいね」


 一度信用を得られれば、その先はずっと動きやすくなる。


 今回の利益以上に、その土台ができたことの方が価値は高い。


「元ナユリ兵の方は?」


「そちらも予定通り進めました。流石にゲーフから離れろとは申せませんので、同じ荷馬車で移動し、共に食事をし、夜も同じ場所で休みました」


「少しずつ距離を縮めたんだね」


「ええ。劇的な変化はありませんが、まずは楔を一本打てたというところでしょう」


 焦る必要はない。時間を掛けて関係を築くしかない話だ。


「それから、村人の勧誘についてですが……」


 ゼダンは少し考えるように言葉を選ぶ。


「これと言った豪傑や知者は見当たりませんでした」


 アルスは頷いた。最初からそんな人材が簡単に見つかるとは思っていない。


「ですが、どの村も生活は苦しいようです。特に若い者ほど、外への憧れを口にしておりました」


「若い人ほど?」


「ええ。村を出たいというより、このままで終わりたくないという思いでしょうな」


 その言葉に、アルスは少し考え込む。交易も巡回も途絶えた村で生まれ育った若者たち。外を知る機会もなく、村だけで一生を終えるしかないと思っている者も少なくないのだろう。


 そこへ、自分たちの商隊が現れた。


 外の話を知り、他の村を巡り、新しい品を運んでくる存在に興味を抱くなという方が難しい。


「引き入れられそうかな?」


「可能性は十分あります。ただし、こちらから誘うより、自分の意思で来てもらう方が良いでしょう」


「無理に引き抜けば、村との関係も悪くなるか」


「その通りです」


 交易は一度きりではなく、これからも続けていくものだ。


 だからこそ、目先の人数よりも村との信頼を優先すべきなのだろう。


「分かった。それも今後の目的として続けよう」


「はい。ヨアヒムにもそのように伝えてください」


「え?俺?まあ、そうだよね……。いつもさっきの報告の終わりの方みたいな感じだったら頼りになるんだけどな」


「砦主、それは贅沢というものです」


「だよね。分かった。次商隊を出すときに指示するよ」


 アルスは渋々頷いた。


「それからもう一点です。目付きの悪い人間がどの村にも散見されました」


「目付きが悪い?」


「ええ、賊行為を行っているかどうかまでは判断できませんでしたが、やはり長く閉鎖的な環境にいると外への憧れが敵視に変わる事も有るのかもしれませんな」


「そうか。それはそれで注意すべき点として覚えておくべきだね」


 ゼダンたちが去った後、アルスは荷の積まれた広場をもう一度見回した。


 今回持ち帰った品々は、決して高価な物ではなく利益だけを見れば、大きな成果とは言えないだろう。


 だが、それで構わない。今回の目的は、最初から利益を上げることではなかった。


 この計画を思いついた頃とは違い、賊行為を働くことで既に拠点の収益は確保できることが分かっている。


 だから交易を始め村との繋がりを作ること。そして、これから先も互いに行き来できる関係を築くことに焦点を置いた。


 その意味では十分な成果だったと言える。


 村ごとに欲しい物が違うことも分かった。こちらが間に入れば、村同士を繋ぐ交易も成り立つかもしれない。


 それは拠点の利益になるだけではない。長く孤立していた村々が、少しずつ元の営みを取り戻すきっかけにもなるはずだ。


 さらに、今回の交易で村人たちはこちらの存在を知った。


 最初は警戒していた相手も、次はもう少し気軽に迎えてくれるだろう。話を重ねれば、その村の様子も分かり周辺で何が起きているのかという情報も集まる。


 今回出会ったのは、どこにでもいる、ごく普通の村人たちだろう。善良な者もそうでない者も居るだろう。


 その中から外へ出たいと願う者が現れるかもしれない。


 だが、拠点を大きくしていくのに必要なのは、そういう人たちなのではないか。


 特別な英雄ではなく、一人一人の村人が少しずつ加わることで、この拠点は大きくなっていく。


 その未来が、少しだけ見えた気がした。


 人と人を繋ぎ、この拠点の未来を広げるためにも、この交易は、これからも続けていかなければならない。


 アルスは改めてそう心に決めるのだった。

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