閑話6 レオンの人選
大陸歴一四〇七年九月八日
「レオン、少し打ち合わせしたい」
「はい。砦主、何でしたか」
拠点周囲の見回りを終え、オットーさんの仕事を手伝っていると、アルスから声を掛けられた。
話を聞けば、街道まで道を通す予定地を確認していたヴァルターさんたちが戻り、建設予定地に大きな問題はなかったという。
これで予定通り、明日から道作りを始められるらしく、拠点にとって大きな仕事が一つ動き出す。
それは喜ばしいことだった。
「だから、前に話していたローデン派遣の準備も進めようと思うんだ」
アルスはそう言って俺を見る。
「分かりました。それでは同行する人間を決めないといけませんね」
「うん。前に少し時間が欲しいって言ってたけど、どうかな?」
「ええ。まだ本人たちには何も話していませんが、この辺りが良いだろうという候補は考えています」
「最終的にはゼダンたちが戻ってからになるけど、それまでにまとめておいてくれる?」
「承知しました」
アルスは安心したように頷く。
「頼りにしてるよ」
その一言だけを残し、次の仕事へ向かって歩き出していった。
俺はその背中を見送り、小さく息を吐く。
いよいよローデン近郊へ潜伏し、マティアスさんたちの家族を救い出すための準備を始める。
その第一歩が、人選だ。ただ人数を揃えれば良い話ではない。
極秘任務と言った方が正しいだろう。
今のローデンはエリクセン家の支配下にある。
こちらの動きを察知されれば捕らえられる恐れがあり、その先には、この拠点の存在まで露見する危険が待っているのだから失敗は許されない。
自分一人の命で償えるような話ではなく、多くの仲間の命と未来を預かる仕事だ。
だからこそ、同行する一人一人に理由が必要になる。
誰でも良いわけではなく、今回の任務に必要だから選ぶ。
その責任は、人選を任された俺が負わなければならなかった。
まずは、今回の任務を整理する。
目的は、マティアスさん、オットーさん、ヴァルターさんの家族を救い出すための前準備だ。
ローデン近郊へ潜伏し、街の様子を探る。
安全に連れ出せる経路を調べ、協力者や内通者になってくれそうな人物がいるなら接触する。
そして可能であれば、拠点へ移る意思のある人間も探しておきたい。
だから今回、ローデンの街へ直接入るつもりはない。
今のローデンは厳しく監視されているはずだ。そんな場所へ、わざわざ飛び込むのは愚の骨頂だろう。まずは近隣の村へ潜伏し、そこを拠点に情報を集める。
そう考えると、必要な人間も見えてくる。その村に縁があり、住民と自然に話せる人間。道を知る者や顔の広い者。そういう普通の人間が、今回の任務では何より頼りになる。
戦える者より、そこに溶け込める者の方が価値は高い。
避難民の中から四人ほど選ぶのが良さそうだ。近隣の村に縁がある者を男女一人ずつ。さらに道に詳しい者と、人付き合いの得意な者を同じく一人ずつ。
多少役割が重なっても構わない。四人いれば、状況に応じて動き方にも幅が出る。
一方で、それだけでは足りない。
帰りは向かった人間だけでなく、拠点へ移りたい者も何人か連れて帰ることになるだろう。
そうなれば荷馬車も必要になるし、その護衛も欠かせない。
場合によっては荒事になる可能性もある。その役目を考えると、一人しか適任がいない。
……ゲーフだ。
最近、ゼダンさんはゲーフさんを少し気に掛けているようだった。
理由までは聞いていないが、アルスも本人は隠しているつもりなのだろうが、ゲーフさんを目で追うことが増えている。
ならば、今回の任務へ連れ出した方が都合が良いだろう。
護衛のまとめ役としても申し分ないし、帰りに隊を二つへ分けることになっても安心して任せられる。元ナユリ兵も戦力として馭者として四、五人ほど同行させたいし丁度良い。
誰を連れて行くかは、俺が選ぶよりゲーフさんに任せた方が良い。
仲間のことは、仲間が一番よく知っている。俺が中途半端な知識で選ぶより、よほど適切な人選になるはずだ。
人数を頭の中で並べていく。
俺とローザ。
避難民四人。
ゲーフさん。
元ナユリ兵四、五人。
思っていたより大所帯になりそうだが、それでもこのくらいは必要になる。
まずは、ローザだな。
今回の任務で唯一、最初から同行させることを決めていた人間だ。
今さっきトビアスが戻ってきたのは見えていた。ならば同じく採集をしていたローザも戻っているはずだ。
辺りを見回すと、案の定、採集物の選別をしている姿を見つける。
「ローザ、少し良いか?」
「あ、レオン兄。分けてるだけだから大丈夫だよ。どうしたの?」
俺は周囲の人間の顔を確認し、問題ないと判断してから口を開いた。
「近いうちに、ローデン近郊へ潜伏する」
「え?」
「マティアスさんたちの家族を救出するための準備だ。お前にも同行してもらう」
ローザは少し驚いた表情を見せたものの、すぐに理由を察したようだった。
「私で役に立つ?」
「ああ。任せたい役目がある。それに、この際ついでだ」
「ついで?」
「お袋も拾ってくる」
一瞬きょとんとしていたローザの表情が、すぐに笑顔へ変わる。
「え? 母さんを?」
「今の拠点は皮を鞣せる人間を探している。丁度良い機会だ」
「そうだね」
ローザは嬉しそうに頷いた。
「分かった。準備しておくね」
「ああ。それと、もう一つ聞きたい」
今回の目的を考えると、避難民の中から何人か選びたい。
だが、接点の少なかった俺は、全員の経歴まで把握しているわけではない。
「ローデン近くの村に縁がある人は知らないか? あと、道に詳しい人とか、顔が広そうな人とか」
ローザは少し考え込んでから、指を折りながら答え始めた。
「えっとね。近くの村から逃げてきた人が二人いたと思う。それから荷運びの仕事をしてた人と、すごくおしゃべりな女の人」
思わず眉が動く。
なんだか妙に都合の良い人間が集まってる気もするが、まあ良い。
使えるなら、それに越したことはない。
「誰だ? 教えてくれ」
「うん。えっとね――」
ローザは一人ずつ名前を挙げ、その人物がどんな人なのかも簡単に教えてくれた。
聞いている限りでは、どれも今回の任務に丁度良い人材ばかりだ。
後は実際に会って、自分の目で確かめるだけ。
俺はローザへ礼を言うと、教えてもらった避難民たちの元へ向かおうとした。
その時すぐ近くで採集物の仕分けをしていたトビアスが、こちらへ歩み寄ってくる。
「レオンさん」
「ん? どうした?」
トビアスは少し緊張した様子だった。
何か言いたそうにしているが、なかなか口を開かない。
「……何かあるなら言ってくれ」
促すと、トビアスは意を決したように顔を上げた。
「俺も行きます」
「……どこへ?」
「ローデン近くの村へ潜伏するって話です。俺も連れて行ってください」
どうやら先ほどの会話を聞いていたらしい。
レオンは黙ってトビアスを見るが、冗談で言っているわけではない。
真剣な目だった。
「理由を聞いてもいいか?」
「俺も、何か役に立ちたいんです」
返事は早かった。
だが、その言葉の奥に別の理由があることも、なんとなく分かった。
視線が一瞬だけ、ローザのいた方へ向いていたからだ。
……なるほど。
だが、それを指摘する必要はない。
重要なのは、本人が何を思っているかではなく、この任務に連れて行けるかどうかだ。
「トビアス」
「はい」
「お前はミュラー領に何か縁があるか?」
「……いえ」
「ローデン周辺の村や道について知っているか?」
「分かりません」
「現地で協力者を探すための伝手は?」
「ありません」
トビアスは申し訳なさそうに首を振るが、それだけならまだ別の役割を与えることもできる。
「馬には乗れるか?」
「……」
少し間があった。
「乗れないです」
「なら無理だ」
即答だった。
「え?」
「今回の移動では荷馬車を使う。だが、状況によっては素早く動く必要がある。騎馬が使える人間と使えない人間では、行動の幅が大きく違う」
同行者は少人数ではない。
帰りには救出した人間を連れて戻る可能性もある。
その時、馬に乗れない人間を一人増やす余裕はない。
「今から覚えます」
思ったより早い返事だった。
その目には、簡単には諦めないという意思が宿っている。
「馬を舐めるな」
レオンは静かに言う。
「乗れるようになるだけなら時間を掛ければできるかもしれない。だが、今回必要なのは馬に乗れる人間じゃない。馬を使って任務に参加できる人間だ」
「……」
「出発までの時間を考えれば間に合わない」
トビアスは悔しそうに唇を噛んだ。
「でも……」
言葉が続かない。
それでも、目だけは逸らさなかった。
その気持ちが本物なのは分かるからこそ、余計に連れて行けない。
「トビアス。お前には幼い妹がいるよな」
「……居ます」
「一人残して行くつもりか?」
幼い妹を残して、自分だけ危険な場所へ向かう。
それを選ばせるわけにはいかない。
「今回は諦めろ」
しばらく沈黙が続いた。
やがてトビアスは小さく頷く。
「……分かりました」
そう答えたものの、納得しきれていないことは明らかだった。
それでも、今はそれでいい。
レオンは去っていくトビアスの背中を見ながら、自分に言い聞かせる。
人を選ぶということは、誰かを連れて行くことだけではない。
時には、連れて行けない理由を伝えることも責任なのだ。
トビアスの希望を断った後、ローザに教えてもらった避難民たちとの話が終わる頃には、日も随分と傾いていた。
あとは護衛役だ。
その足でゲーフを探すと、丁度狩猟から戻ってきたところだった。
「ゲーフさん、少し相談があります」
「お、どうしたレオン? 相談なら俺が聞いてやるぞ」
声を掛けた瞬間、横から別の声が返ってくる。
「親父には用は無い」
声を掛けてきたのはティムだった。
「いや最近俺に冷たくないか?」
「うるさい」
「……反抗期かな」
ティムは不満そうに呟きながら、そのまま離れていく。
「うん、まあ家族の話に口出しする気は無いが、もう少しなんていうか……」
ゲーフさんが気を利かせようとしているのが分かる。
「いや、あの親父はあれくらいで丁度良いんです」
「そ、そうか。まあ、そういう年頃もあるのかもな」
「まあ、歳は関係ないんですけどね」
親父の言葉を思い出しながら、少しだけ苦笑する。
それより、今は本題だ。
「実は、近いうちにローデン近隣の村へ潜伏する予定があります」
「ローデン? 聞いたことないな。俺は全く知らない地だぞ」
「問題ありません。今回お願いしたいのは道案内ではなく、戦力としてです」
「なるほどな」
ゲーフは少し考えるような表情を浮かべる。
「場合によっては、荒事になる可能性もあります。それに、帰りは荷馬車を使って人を連れて戻ることになるかもしれません」
「ほう」
その瞬間、ゲーフの顔が少し楽しそうになる。
「それはまた面白そうな話だな」
「……今回は結構真面目な話ですよ」
「分かっているさ」
そう言いながらも、どこか嬉しそうなのは気のせいではないだろう。
「それで、お願いしたいことがあります」
「何だ?」
「元ナユリ兵の中から、数名選んで一緒に来てもらいたいです」
「俺が選んで良いのか?」
「はい。その方が、俺が選ぶより適した人間を選べると思います」
ゲーフは少し驚いたような顔をしたが、すぐに笑みを浮かべる。
「なるほどな。そこまで任せてくれるなら、その期待には応えないとな」
「お願いします」
これで護衛役の問題も一つ片付いた。
もちろん、まだ決まったわけではなく、最終的にはゼダンさんたちにも確認してもらう必要がある。
だが、現時点で考えられる中では、これが最も現実的な形だと思う。
今回の任務は、行きたい人間を連れて行くものではない。
必要な能力を持つ人間を選び、全員で生きて帰るためのものだ。
その責任は、今の自分にある。
レオンは集めた候補者たちの名前を頭の中で整理する。
最終的にはゼダンさんたちにも確認してもらう必要があるが、現時点で考えられる人選としては悪くない。
あとはアルスへ報告し、最終的な判断を仰げばいい。
レオンは静かに頷く。
この人選で間違いないはずだ。
もし少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたら、ページ下部の☆を押して評価をお願い致します!
作者の励みになります!




