第69話 実りある帰還
大陸歴一四〇七年九月五日
フェルデンへ向かっていたレオンたちが、ようやく拠点へ戻ってきた。
本来なら昨日帰ってくる予定だったため、アルスは少し気を揉んでいた。
何か問題でも起きたのだろうか。
「砦主、只今戻りました」
先頭に立つレオンとウォルフの後ろには、同行していた元ナユリ兵三人の姿もある。皆疲れた様子は見せていたものの、大きな怪我をした者はいなかった。
「お疲れ様。昨日帰ってくると思ってたから、少し心配したよ」
「申し訳ありません。滑車の調達に少し手間取りました」
「すまんかったな。どうしても納得できん所があったので、少し手を加えてもらったのだ」
レオンの謝罪とウォルフの説明を聞き、アルスは思わず苦笑する。
――ああ、なるほど。
どうやらウォルフの職人気質が顔を出したらしい。
「特に問題は無かった?」
「ええ、何の問題もありませんでした」
「うむ。何の問題も起こさなかったぞ」
同じことを言っているようで、どこか噛み合っていない二人の返事だった。
なのに、不思議とどちらにも納得してしまう。
……うん。この二人なら、そう答えるよね。
「それで、肝心の滑車はどうなったの? 手を加えて使えそう?」
「うむ。元のままでは少し耐久性に不安があってな。補強してもらうのに一日余計に掛かったが、これなら昇降機にも十分使える」
「相手は三日ほど欲しいと言っていたんですが……まあ、色々ありまして、一日で何とかしてもらえました」
胸を張って答えるウォルフとは対照的に、レオンはどこかウォルフに対して冷たい目をしている。
……色々って何。
本当に何も問題は無かったんだよね?
そんな疑問は浮かんだものの、二人とも無事に帰ってきたのだから、深く追及するのは止めておいた。
「まあ、使えるようになったなら良かったよ。それで昇降機の方も始められるんだね?」
「うむ。この後、長屋の進み具合をヘルガから確認したら、すぐ取り掛かるつもりだ」
「おお、頼むよ。皆も楽しみにしてるからさ」
「任せるが良い」
自信満々に頷くウォルフの姿に、アルスも自然と笑みが浮かぶ。
長い間願望だけだった昇降機が、いよいよ形になろうとしていた。
「それで、滑車以外はどうだった? 買い物の方も上手くいったの?」
「ええ。今回は収穫期も近いので食糧は必要最低限に留め、その分、近隣の村との交易に使えそうな品を優先して揃えてきました」
「予定通りという所かな」
「必要な物は、一通り確保できたと思います」
そう答えたレオンは、一呼吸置いてから話を続ける。
「砦主。以前、一緒にフェルデンへ行った時、持ち込んだ品に値を付けてくれた商人を覚えていますか?」
その言葉に、アルスは以前のことを思い返す。
「ああ……味はともかくって言った商人?」
レオンは思わず口元を緩めた。
「ええ。その商人です」
どうやら覚え方がおかしかったらしい。
「実は今回も、まず最初にその人の店へ向かったんです。これで三度目になりますから、向こうもこちらのことを覚えてくれていました」
「え?あの商人を使ってるの?」
「はい。お陰で買い物も随分やりやすくなりました」
旅人や行商人が多く出入りする宿場町では、一度きりの客など珍しくもないだろう。
その中で顔を覚えてもらえたというのは、それだけでも十分な収穫だった。
「今回の滑車も、その人のお陰なんです」
「ほう?」
「鍛冶屋や木工所を何軒か回ったんですが、ウォルフさんが納得できる物が見つからなくて……。そこで相談したところ、腕の良い鍛冶屋を紹介してもらえました」
「なるほど。それで補強もしてもらえたんだ」
「ええ。あの商人が間に入ってくれたお陰で、話も早く進みました」
アルスは静かに頷く。
人との繋がりが、新しい繋がりを運んでくる。これまでも、そんな場面を何度も見てきた。
今回もまた、一人の商人との縁が、新たな職人との出会いを繋いでくれたのだ。
「嫌な奴だと思ってたけど、意外とそうでもない?」
「そうですね。今回も色々と融通を利かせてもらいました」
レオンは頷いたあと、少し思い出したように笑う。
「実は、前回食糧を買った時は、その人とかなり強気で値段の交渉をしたんですよ」
「おや? それもその商人相手だったの?」
「はい。ゼダンさんにも褒めてもらえましたし、今回は顔も覚えてもらっていましたから、話も進めやすかったですね」
そういえば、以前フェルデンへ行った時、ゼダンがレオンの交渉ぶりに感心していたことを思い出す。
年齢からは想像もつかないほど冷静に値を詰め、相手から少しずつ譲歩を引き出していた。
あの時は一度きりのやり取りだからだと思っていたが、こうして次の取引にも繋がっているらしい。
「今回見た限りまだ余裕がありそうなので、次に食糧を買う機会があれば、もっと叩きに叩いてやりますよ」
にこやかに言うレオンだったが、その笑顔とは裏腹に、口にした内容は穏やかではない。
「何も残らないくらい、徹底的に絞ってきます」
……怖い。アルスは思わず心の中で呟いた。
どうしてそんな物騒なことを、そんな爽やかな笑顔で言えるんだろう。
しかも本人には悪気が全くない。
「な、なるべく手加減してあげてね?」
「もちろんですよ。向こうも商売ですから」
一瞬安心しかけた、その直後だった。
「その上で、限界まで値切って泣かせてみせますよ」
やっぱり駄目だった。
アルスは乾いた笑みを浮かべるしかない。
最近のレオンは、以前よりずっと頼もしくなった。
商人との交渉をこなし、必要な相手との関係も築いてきた。もう単なる「幼馴染」ではない。
一人の交渉役として、拠点に欠かせない存在へと成長し始めていた。
人との縁は、新しい縁を呼ぶ。
レオンと出会わなければティムとは再会できず、ティムがいなければディートリヒとも知り合えなかった。
ディートリヒとの縁が拠点へ繋がり、そこから仲間は少しずつ増えていった。
最近では、料理人や農民との繋がりが、元ナユリ兵との距離を縮めてくれている。
そして今度は、フェルデンで知り合った一人の商人が、新たな職人との縁を結んでくれた。
こうして振り返ると、今の拠点は人と人との繋がりの上に成り立っているのだと改めて思う。
その縁を大切にしながら、一つずつ積み重ねていこう。
もうフェルデンは、ただ物を買いに行くだけの町ではない。
頼れる人が少しずつ増え始めていることを考えると、今後は拠点とフェルデンとの関係も、日を追うごとに深まっていくのだろう。
そんな思いを胸にレオンの報告へ耳を傾け続けた。
「とりあえず、滑車も手に入ったし、交易隊用の商品も揃ったってことで良いのかな?」
「はい。その認識で間違いありません」
レオンが答えると、その後ろに立つウォルフと元ナユリ兵三人も揃って頷いた。
アルスは改めて三人へも視線を向ける。
フェルデンへ向かう前と比べると、どこか表情が柔らかくなっているように見えた。
レオンが何か話しかければ自然と返事をし、ウォルフの言葉にも気兼ねなく笑みを浮かべている。
僅か四日ほどのことだ。
それでも、寝食を共にし、一つの仕事をやり遂げた時間は、確かに互いの距離を縮めていた。
ゼダンは以前、元ナユリ兵を少しずつゲーフから切り離し、こちらへ取り込んでいく必要があると言っていた。
その第一歩として送り出した今回の遠征だったが、どうやら狙いは間違っていなかったらしい。
もちろん、まだ三人がアルスたちへ心を開いたとまでは言えない。だが少なくとも、レオンとは自然に言葉を交わせる関係になり始めている。
……時折レオンの視線を伺う仕草が何を示してるのかは不明だが。
まあ、それでも十分な前進だった。
滑車の調達も、交易品の確保も無事に終わった。
そして何より、人との繋がりという目には見えない成果も持ち帰ってくれた。
今回のフェルデン行は、十分に成功だった。
アルスは満足そうに頷き、帰還した仲間たちを労うのだった。
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