最終話 虎みたいな手足と猿みたいなお面
「──?!」
振り返った柊君は姿が変わってた。服装は制服のままだけど、古典の資料集で見た能面を付けて顔を隠している。それよりも明らかに違うのが柊君の腕と脚。普通じゃありえない太さだし、なんか毛も生えてる。色とか柄で判断すると虎だと思うけど、柊君に驚いた様子はない。
腕も脚も人間よりも何倍も太いのに制服は破れてなくて、ぼんやりとしか見えないけど柊君の体の表面から浮いているみたい。
「う、後ろっ!」
私の方を見てるから柊君には見えてないけど、背後から化け物が両腕の鎌で挟もうと腕を広げて勢いよく走りだしていた。
「大丈夫」
柊君はひとつも慌てたりしないで一言だけ口にすると、化け物に向き直って両手を前に出して、柊君の体を挟み込もうと風を切る音を立てる化け物の両腕を虎みたいな手で勢いを完全に受け止めて殺し、ピタッと止めた。受け止められたことに驚いた様子の化け物の腕を大振りに放り投げる。アニメみたいに派手に動いてないけど、子どもくらいの化け物を軽く投げ飛ばしてるんだから凄いことをしているのだけは私にもわかる。
また距離が開いて、化け物の動きが止まる。今度は柊君が身をかがめてから地面スレスレを飛ぶみたいにして一気に距離を詰める。柊君がいた所の地面がへこんでいるのを知った時にはもう柊君は化け物の目の前まで迫っていた。化け物も柊君が急接近したことに反応できてないみたいで、
─そのまま、右手で化け物の体が貫かれた。
イメージするような生々しい音もなく、血も流れないで貫かれたところから化け物の赤黒い靄が消えていく。同時に空間全体に流れていた嫌な空気も消えるのを感じる。
遠くから色んな家の生活音が聞こえてきて、ようやく元に戻ったんだと認識する。
「えっと…大丈夫です?」
「え?ま…まぁ、たぶん?ダイジョウブ」
さっきあんな凄いバトルをしてたのに、柊君は全然大変そうな感じを見せてない。仕方ないとはいえ置いてかれてる感じがする。
「って、そうじゃなくて!さっきの何!?」
「…どれでしょ」
「全部!あの怖い化け物もだし、私追いかけられて怖かったんだからね!?それに戦うなんて聞いてないよ!柊君の腕と脚なんか変なことになってたし凄いことしてたし!!それに─、」
さっきまでの恐怖が今になって実感できたのと安心したのも色々混ざって腰が抜けちゃって変に腰が引けた姿勢で頭に浮かんだ疑問を全部ぶつける。雪も一緒になって柊君に体当たりをして今日一番の猛抗議。
「全部ね?ちゃんと話しますんで…今日は帰りません?」
「~~~っ!!今!全部、教えて!!」
「──!!!!」
肝心の柊君は私たちがどれほど必死だったかなんて知らない様子だから、勢いに任せて柊君を捕まえて全部教えてくれるまで絶対にベンチから解放しないことにした。結局全部聞くには夜になっちゃうからってことで次の機会に全部詳しく教えてもらうことになったけど、この日は最後の最後まで「柊君の説明の中に私たちが危険になる」と一言も言ってなかったことをつよーく念押しした。
──────────
「─照合完了しました。以前報告のあった鎌鼬で間違いありません。形跡から見て完全に排除されています」
青年が鎌鼬を退治してその場を離れた日の深夜。人の活動が減り、人ならざるモノの活動が活発になることが多い時間に、似た服装の人間が6人ほど集まり作業を行っている。その内の1人、背の高く太い芯を感じさせる雰囲気を纏う1人の青年を除いた人員が戦闘のあった範囲を検めている。
「ありがとうございます。私たち以外にこのエリアを担当する者は?」
「おりません。“祓い屋”による申請もここのところ一件も来ていません」
「とすると未申請の祓い屋か第三者の介入、より強い妖怪であると本部にも報告しなければなりませんが……」
作業報告を受けて思案を巡らせるが答えの方からやってくることはなく、憶測ばかりが募る。
「報告します。鎌鼬が残した形跡とは別の妖力痕を調べたところ、妙なことが判明しました」
「妙?なんですか?」
「はい、地面に強く残っているのですが“複雑過ぎる”のです。系統としては獣が主ですがそれと同時に他の要素も含まれており、これほどの強さならばどのような力か特定できそうなものですが気味が悪いほどとしか言えない複雑さをしているとしか分からず…申し訳ありません」
妖力を使用するとその強さによって痕が残り、それを調べることで相手の特徴を知ることができる。この報告をした男はそうした調査に覚えがある実力者ではあったものの、その経験を以てしても断定することは難しい。
「なるほど…わかりました。私の位置からでも感じられますが確かに違和感が強い。」
青年が静かになると周りの部下も邪魔とならないよう細心の注意を払って背景となることに徹する。
「─鵺。」
青年は昔知った莫大な知識の中からわずかな情報を探し当て、手繰り寄せてその名を口にする。
「いかがなさいましたか?宇部様」
「いえ、なんでもありません。それより報告書の方は普段通りお願いします、私はこの公園以外にその妙なもの含め鎌鼬の妖力痕や被害がないか見て回ってきます」
「わかりました。お気をつけて」
─夜空は月曇り、冷たさを含む夜風が落ちた花びらを動かし道を隠す。正体不明の青年と何も知らない少女、曖昧で説明のつかないものだらけの世界は確かにそれらの理由を、理屈を静かに知っているがそのことを知る者はいない。
感想など、書いてもらえるとほんの少しだけやる気がでると思います。




