第30話 ペテン師
「はい、また私の勝ち」
──八回戦目。
あの六戦目から続けて、彼女は三回目となるロイヤルストレートフラッシュを繰り出した。
酒場は先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返っている。皆がユティスの手元に釘付けだった。藍色の女性も例外ではなく、呆気に取られた顔をして黙っていた。
しかしいくら見つめても、誰もが彼女の"嘘"のほんのひとかけらさえ突き止めることは出来なかった。
「イカサマに決まってる!!」
小柄な男が顔を真っ赤にしてテーブルを蹴り上げた。
グラスが揺れる。
「ロイヤルストレートフラッシュだァ? 馬鹿にしやがって! そう何度も出るわけねぇだろうが!」
ユティスはテーブルをとんとん、と指で弾きながら、目を逸らして口笛を吹いた。その態度が余計癪に触るらしかった。
「舐めやがって……!」
「やめろ!」
殴り掛かろうと立ち上がった小男を、髭面が一喝した。男のこめかみが小刻みに動いており、彼もまた怒りを堪えようと必死なのが見てとれる。
「次勝てばいいだけだ。いちいち騒ぐな」
「でもっ」
「そうそう、勝てばいいだけなんですから」
ユティスはそう言って、カードで悪どい笑み顔を隠した。抑えきれない笑い声が微かに溢れる。
空気がますます剣呑なものに変わった。
「さっ、次行きましょう!」
そんな空気も読んでやらない、とばかりにユティスが声を張り上げた。乱暴に二枚のカードが配られる。
藍色の女性は背後から手札を確認した。当然、弱い数字である。
続く三枚目、四枚目。これも弱い。今、ユティスの手札はノーペアだ。
(これが一体、どうやって変わると言うんだ)
今度こそ見逃さない──、そんな気持ちで見つめているのは藍色の女性だけではない。この場の誰もが、固唾を飲んでユティスの手元を凝視していた。
背筋に電流が走る。
誰かが祝福を使ったのだ。周りに注意を払う。
ふと、彼女の赤目が動いた。
(……?)
視線を追う。その先には、不可解な物体が浮かんでいた。
少し見上げないと気に留めない場所にある。気がついているのはユティスと、その女性だけだった。
(鏡……?)
──"壁生成"の祝福、とは。
材質、形、大きさに関わらず"壁"を生成することが可能である。
また"壁"は地につける必要はなく、宙に浮かすこともできた。
制限は二点。
一度に生成できる壁は一枚限りであること。
そして、祝福者が触れている材質でしか壁を造れないということ──
鏡の反射は、髭面の手札を映していた。
毛の生えた角ばった手でカードを入れ替えているのが確認できる。変わらず粗雑な手つきだった。
手札はハートの10・J・Q・K・A。
ユティスもロイヤルストレートフラッシュを繰り出せば引き分けとなる。当然、彼女の五勝という目的は達成しなくなるわけだが。
女性が再びユティスの手元に視線を移すと、いつの間にやら入れ替えられたカードが並んでいた。用意された手札のスートを確認し、女性はユティスの思惑に気がついた。
なるほど、豪語するだけのことはある。
「コール」
九戦目はユティスと、髭面の一騎打ちとなった。
二人は同時に唱えて、ほとんど同じタイミングで手札を表にした。
男の手札はハートの10・J・Q・K・A。
ユティスの手元もまた、ハートの10・J・Q・K・Aだった。
周囲にどよめきが走る。
「やっぱイカサマじゃねぇか!」
小柄な男が意気揚々と身を乗り出した。「勝った」と言わんばかりに喜色満面の笑みを浮かべてユティスに食いかかる。
「同じカードが存在するわきゃねーだろ!」
「うーん、確かにおかしいですね」
ユティスがわざとらしく言う。
小柄な男が鼻で笑い、勝ち誇った顔をして髭面を見た。
「頭、俺らの勝ちですよ! ……頭?」
髭面は眉間に皺を寄せて、黒髪の少女を睨んでいた。「してやられた」と言わんばかりの顔である。
「どちらかががイカサマをしてないと、おかしいですよねぇ」
うっすらと笑いながら、ユティスは机を叩いた。
こうも簡単に罠にかかるとは思わなかったのだ。愉快で愉快でたまらなかった。
「だから! テメェがイカサマしたんだろ!」
「証拠はあるんですか?」
「はぁ!?」
「しょ・う・こ、ですよ」
椅子に深く腰掛けふんぞり返った。
男たちを見下すようにすると、より一層彼女は声を張り上げる。
「ここにいる誰でもいいですよ。私がイカサマしたって自信を持って言える人!」
挙手を求める。
誰も反応しなかった。
「イカサマをしていたのは、お前達の方だ」
藍色の女性が引き継いだ。
ユティスは目をパチリと瞬かせ、それなら彼女に任せようと自身は引っ込んだ。
「服の袖やテーブル下にカードを隠していただろう。それから、配り方にも癖があったな」
女性が指摘すると、周囲からも「そうだそうだ」と声が上がる。調子の良い群衆は、自身の賭け金のことなどすっかり頭から消えているらしかった。
ユティスはわざと高い声を出して「その辺にしてあげてください」と周囲を制した。
「もう一戦残ってるんですから、それで決着つけましょうよ。えっと、私が勝ったら裸踊りしてくれるんでしたっけ?」
そこまで聞いて、髭面の男は勢いよくテーブルを叩いた。場が静まる。
男は大股でユティスに歩み寄るとジッと彼女を見下ろした。
「後悔するぜ」
男はそれだけ言うと、踵を返して出口へ向かっていった。その後ろを慌てて小男が追いかける。二人の後ろからブーイングの嵐が飛んでいた。
テーブルに残った三人は、元々仲間ではなかったのだろう。居心地悪そうにいそいそと散っていく。
「君、凄いじゃないか」
女性は周囲の喧騒に掻き消えないように、大声で話しかけた。称賛を受けたユティスは、鼻高々に「それほどでも」と答えた。
「一体、どこでその技術を?」
「え? あー、まぁ。色々あって」
はぐらかすしかなかった。
実際は、軍人時代にかつての上司──ルカが無双していたのを見様見真似でやったのである。馬鹿正直に言うわけにはいかなかった。
「少し話せないか? 君とは気が合いそうだ」
「いいですよ。どうせヒマ…………、あっ!」
ここで、ようやく彼女は目的を思い出した。
そうだった、競りの参加方法を見つけなければいけないのだった!
『散々人を煽っといて、これかよ』
脳裏にラグラスの小馬鹿にした態度がよぎる。
そこらの人間に嘲笑されることは何も気にならない。しかしアイツは別だ。あのゴーグル頭に見下されるのかと思うと、ハラワタが煮えくり返る思いだった。
「すみません、用事を思い出したので……」
取り急ぎ先ほど逃した奴らを追いかけよう。そうすれば招待状の一つや二つ、落とすかもしれない。
慌てて席を立つ。しかしその腕を女性が掴んだ。
「待ってくれ!」
「もー! しつこい人は嫌われ、……」
振り払おうとして、初めて女性の顔を真正面から見て固まった。
腰まで伸びた真っ直ぐな藍色の髪。
切れ長のガーネットの瞳。
眉下まで切り揃えられた薄めの前髪。
シャープなフェイスライン。
女性にしては高い身長。
「少しで良いんだ。ほんの少し、話をしないか」
女性は困ったように眉を下げて、伺うようにユティスを見た。
「………………さい」
「うん?」
「結婚してください!」
「えっ」




