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シルバー・ブレス 〜彼の者は祝福を授かった〜  作者: 赤石
-第3章 狂乱オークション-
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第31話 とびきりの商品

「──という風に、ヒルデさんと運命の出会いを果たしたわけです」

「ごめん全っ然分かんないや」


 日が沈む頃。

 

 アスレイン、ユティスの二人は食事処で落ち合い、お互いの成果を語り合っていた。

 と言っても実情は、ユティスの長い恋愛話に相槌を打っていただけである。

 右から左へと聞き流しながら、アスレインは周囲の人間に目を配った。大通りに面した庶民的な店では、まだ地元民の数の方が多いようだった。

 銀色の頭は見つけられない。


 アスレインはカップの取手に指をかけた。


「君ってアミリ一筋じゃなかったんだね」

「まあ……それはそれですから」


 少しきまりが悪そうに、彼女は視線を逸らしながら答えた。

 好きだと思う感情は止められない。やめられない。仕方がない。だって理屈じゃないのだから。


「船には乗れるの?」

「ええ。なんか手伝って欲しい仕事があるそうで」


 怪しいですよね、と彼女は口元に笑みを乗せて頬杖をついた。話を聞く限り、少しばかり危険が伴う依頼ではあったのだ。

 丸いブルーグレーの瞳が細まる。

 

(最初からそこだけ教えてくれればよかったのに)


 とはもちろん言わない。

 賢い人間は軋轢を生む発言は控えるのだ。

 

 器量の良い店員が、通り際に空いた皿を数枚片付けていった。軽く会釈してやると彼女の頬が赤く火照った。


「じゃあさ」


 店員が離れたのを見計らい、カップを丁寧に置く。

 なんてことないように普段の口調で彼女に問いかけた。


「ラグラスも一緒に連れて行ける?」


 それを聞くと、ユティスは思い切り顔を顰めた。手に持ったレモネードのグラスからピシリと軋んだ音が鳴る。


「貴方が面倒見てくれるんじゃなかったんですか?」

「そのつもりだったんだけどさ。一人分しか用意できなくって……」


 "先生"には連れがいることを既に相談していた。護衛として一緒に連れて行けないか、と。しかし答えはノーだった。

 「元々自分と護衛の参加権しか得ていない。金を積めば捻じ込める訳でもない」……そう言われれば頼み込むこともできず、アスレインは渋々一人での参加を承諾したのだ。


「聞いた感じ、そっちは正規の入場方法じゃないんだろ? 頼むよ」

「どうしよっかなー」


 困った顔をして伺うアスレインに対して、ユティスはそっぽを向いた。不機嫌です、という態度を隠しもしない。

 せっかく素敵な女性とツーマンセルで任務にあたれると思っていたのに、お荷物がついてくるのだ。生意気だし口も悪いし、おまけに弱いと来た。間違いなく邪魔になるに違いない。

 

 ユティスは一口レモネードを口に含んで、ゆっくりと飲み下した。スッキリとした甘さが口いっぱいに広がる。レモンの名産地と言われるだけあった。


「私のとこも危ない橋渡るわけですし〜……いっそのことお留守番させてたらいいんじゃないですか?」

「ま、やっぱりそうなるよね」


 アスレインは顔の前で合わせていた両手を下ろして、頰を掻きながらため息を吐く。

 カップに注がれたコーヒーが微かに揺れた。

 

 自分が近くにいるならいざ知らず、そうでないなら彼にとって影競りは非常に危険な催物なる。ならば安全地帯に一人残ってもらったほうが断然いい。

 数刻前の先生とのやりとりを思い出しながら、ぬるくなったコーヒーをちびちび飲んだ。



 


 


『戦えへん祝福者ァ? そらアカンわ』


 アスレインからラグラスの存在を聞き出した先生は、煙草の煙をプカプカと吐き出しながら答えた。「アカンアカン」と言いながら手を顔の前で振ったので、煙がこちらに流れてくる。

 場所を彼の真横へ移動しつつ尋ねた。


『何がいけないの』

『ほんまに何も知らんの? あっこで何が出品される思うとんのや』

『そりゃあ、表では流通できない商品でしょ』

『例えば?』


 指折り数える。

 

『麻薬、盗品、あとは……エーブ泥とか?』

『人間も、や』


 嫌悪感を隠すこともなく、吐き捨てるように先生はそう言った。アスレインは黙って黒ジャケットの男から目を逸らす。


『容姿のエエ奴や単純な労働力として売られることもあるけど、一番の主力商品はそうやない。分かるやろ?』

『……』

『知っとるか、今回の目玉』


 先生は低く声を落として、忌々しげにそう言った。

 前髪の下、鋭い目つきで地面を睨みつけながら、口の端を持ち上げる。チグハグな表情をしていた。

 

『祝福者の解体ショーやって』


 そう言って男は吸い殻を地面に落とし、その特徴的な靴底で火を消した。

 灰が地面にこびりついて離れなかった。

 


 


 


「じゃ、ゴーグル君はお留守番ってことで!」


 ユティスはパン、と両手を合わせて笑った。この話は終わりだと言わんばかりだ。

 いつの間にかレモネードをすっかり飲み干してしまったようで、手持ち無沙汰に氷をカラコロと回している。


「それにしてもおっそいですねー。全然来ないじゃないですか」


 ユティスの言う通り、別れてからそれなりに時間が経過している。そろそろ現れてもおかしくない頃だが、店には彼の気配すらなかった。

 

「道でも迷ったかな」


 探しに行こうと席を立つ。

 ユティスは心底面倒そうな顔をして、中々腰をを上げない。どう宥めようかと悩んでいると、低い話し声が耳に入ってきた。


「聞いたか? 例の飛び入り商品」

「ああ、聞いた」


 どうやらアスレインの背後で、二人組の男が声を潜めて会話しているようだった。

 周りに気遣うようにコソコソと話している。少し気になり、こっそりと耳を傾けた。


「本物だったらスゲェよな。いくらになるんだろ」

「やめとけ。お前じゃ買えないよ」

「欲しいわけじゃねぇよ、そんな眉唾物!」

「眉唾ねぇ……」



 

 

「目がちょっと金色ってだけで、何が良いのかね」

 



「それって本当?」


 焦りと驚きを滲ませた声が、男の頭上から降ってきた。男は慌てたが時既に遅く、会話をしっかりと聞いてしまったアスレインは彼らに詰め寄った。


「もしかして、銀髪で僕と同じくらいの年の男の子?」

「なんだお前! 盗み聞きしてんじゃねぇよ!」

「答えてよ」

「しっ、知らん! 実物は見てないし!」


 にじり寄る圧に負けて男はそれだけ教えてくれた。

 

 もう一方の男と共に足早に店を出る様子を見届けてテーブルに戻ると、卓上にはユティスが突っ伏していた。

 肩が小刻みに震え、過呼吸気味に引き攣った呼吸を繰り返している。

 どうやら笑っているようだった。


「ま、まさかっ、自分が商品になって……フフフ、そこまでするとは……! アハハ! すっかり舐めてました!」

「笑い事じゃないよ」


 ヒィヒィと腹を抱えて苦しむユティスを恨めしげに睨んだ。


 金色の目。

 彼らにもまた、古い話がある。そこらにいる訳がない。

 "飛び入り商品"というのは、ラグラス自身のことで間違いなかった。

 

 つまり「設計書の奪還」と「ラグラスの救出」。二つの任務を同時に進行しなくてはならない。

 物だけなら比較的簡単だったろう。持ち運べるサイズだし、盗んだ後は隠してしまえばよかった。しかし、人物となるとそうはいかない。

 難易度がグンと跳ね上がったわけだ。


 それに。


「設計書だけなら競り落とせたかもしれないんだ。今のところ価値は低いからね」

「ゴーグル君も価値ないですよ」

「あるだろ、祝福者だよ? 万が一祝福持ちだってバレてなくても、彼には"目"があるわけだし」

「目?」


 笑い涙を拭いながら、彼女は不思議そうに聞き返した。


「"幸運をもたらす黄金の瞳"って聞いたことない?」

「ないですね」

 

 氷の溶けたグラスを撫でる。水滴が彼女の指を濡らした。

 ひと通り笑い終わってしまえば、すっかり興味をなくしたようだ。


「あるんだよそういう話が。で、実際にそれを信じてる人もいる。富裕層なんかが特にね」

「フーン」

「……ね、何かあればラグラスの方を優先してやってよ」

「私が?」


 ことの重大さが分からないのか、彼女はきょとんとアスレインを見つめた。


「設計書と人命、どっちが大事か分かるだろ」

「あのですね、この際ハッキリさせときますけど。私は別に貴方達をお仲間だとか思ってませんからね?」

「アミリが悲しむよ」

「どうぞ言いつけてください。あーあ、脅されるともっとやる気無くしますわー」


 それに、と彼女は続ける。

 赤い猫目がブルーグレーの瞳を一瞬見つめて、すぐに線のように細まった。


「貴方も、別にあの人自身を心配してるわけじゃないですよね?」

「……は?」

「興味があること以外はどうでもいいってタイプでしょ」


 分かりますよ。私も同じだから。

 そう言ってニンマリと笑った。


 アスレインが口を開く前に店内にボーン、と重い音が鳴り響いた。


「あ、もう行きますね。そろそろ時間なんで」


 ユティスは椅子を引いて立ち上がると、「じゃっ!」と軽く挨拶をして立ち去っていった。

 足取りは軽い。本当にラグラスの事など気にしていないようだった。


 アスレインはしばらく黙ったままでいたが、やがて立ち上がり店員に代金を支払った。

 にこやかに礼を言う青年に、店員の顔が綻ぶ。


 店を出る。

 突然強い風が吹いて、彼の黒髪を靡かせた。


 ──影競りが始まるまで、あと二時間。


 鉛のような曇り空がどこまでも広がっていた。

本エピソードをもちまして、本作品の更新を一時停止いたします。

詳しくは活動報告をご一読していただければ幸いです!(2026.5.28)

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