第31話 とびきりの商品
「──という風に、ヒルデさんと運命の出会いを果たしたわけです」
「ごめん全っ然分かんないや」
日が沈む頃。
アスレイン、ユティスの二人は食事処で落ち合い、お互いの成果を語り合っていた。
と言っても実情は、ユティスの長い恋愛話に相槌を打っていただけである。
右から左へと聞き流しながら、アスレインは周囲の人間に目を配った。大通りに面した庶民的な店では、まだ地元民の数の方が多いようだった。
銀色の頭は見つけられない。
アスレインはカップの取手に指をかけた。
「君ってアミリ一筋じゃなかったんだね」
「まあ……それはそれですから」
少しきまりが悪そうに、彼女は視線を逸らしながら答えた。
好きだと思う感情は止められない。やめられない。仕方がない。だって理屈じゃないのだから。
「船には乗れるの?」
「ええ。なんか手伝って欲しい仕事があるそうで」
怪しいですよね、と彼女は口元に笑みを乗せて頬杖をついた。話を聞く限り、少しばかり危険が伴う依頼ではあったのだ。
丸いブルーグレーの瞳が細まる。
(最初からそこだけ教えてくれればよかったのに)
とはもちろん言わない。
賢い人間は軋轢を生む発言は控えるのだ。
器量の良い店員が、通り際に空いた皿を数枚片付けていった。軽く会釈してやると彼女の頬が赤く火照った。
「じゃあさ」
店員が離れたのを見計らい、カップを丁寧に置く。
なんてことないように普段の口調で彼女に問いかけた。
「ラグラスも一緒に連れて行ける?」
それを聞くと、ユティスは思い切り顔を顰めた。手に持ったレモネードのグラスからピシリと軋んだ音が鳴る。
「貴方が面倒見てくれるんじゃなかったんですか?」
「そのつもりだったんだけどさ。一人分しか用意できなくって……」
"先生"には連れがいることを既に相談していた。護衛として一緒に連れて行けないか、と。しかし答えはノーだった。
「元々自分と護衛の参加権しか得ていない。金を積めば捻じ込める訳でもない」……そう言われれば頼み込むこともできず、アスレインは渋々一人での参加を承諾したのだ。
「聞いた感じ、そっちは正規の入場方法じゃないんだろ? 頼むよ」
「どうしよっかなー」
困った顔をして伺うアスレインに対して、ユティスはそっぽを向いた。不機嫌です、という態度を隠しもしない。
せっかく素敵な女性とツーマンセルで任務にあたれると思っていたのに、お荷物がついてくるのだ。生意気だし口も悪いし、おまけに弱いと来た。間違いなく邪魔になるに違いない。
ユティスは一口レモネードを口に含んで、ゆっくりと飲み下した。スッキリとした甘さが口いっぱいに広がる。レモンの名産地と言われるだけあった。
「私のとこも危ない橋渡るわけですし〜……いっそのことお留守番させてたらいいんじゃないですか?」
「ま、やっぱりそうなるよね」
アスレインは顔の前で合わせていた両手を下ろして、頰を掻きながらため息を吐く。
カップに注がれたコーヒーが微かに揺れた。
自分が近くにいるならいざ知らず、そうでないなら彼にとって影競りは非常に危険な催物なる。ならば安全地帯に一人残ってもらったほうが断然いい。
数刻前の先生とのやりとりを思い出しながら、ぬるくなったコーヒーをちびちび飲んだ。
『戦えへん祝福者ァ? そらアカンわ』
アスレインからラグラスの存在を聞き出した先生は、煙草の煙をプカプカと吐き出しながら答えた。「アカンアカン」と言いながら手を顔の前で振ったので、煙がこちらに流れてくる。
場所を彼の真横へ移動しつつ尋ねた。
『何がいけないの』
『ほんまに何も知らんの? あっこで何が出品される思うとんのや』
『そりゃあ、表では流通できない商品でしょ』
『例えば?』
指折り数える。
『麻薬、盗品、あとは……エーブ泥とか?』
『人間も、や』
嫌悪感を隠すこともなく、吐き捨てるように先生はそう言った。アスレインは黙って黒ジャケットの男から目を逸らす。
『容姿のエエ奴や単純な労働力として売られることもあるけど、一番の主力商品はそうやない。分かるやろ?』
『……』
『知っとるか、今回の目玉』
先生は低く声を落として、忌々しげにそう言った。
前髪の下、鋭い目つきで地面を睨みつけながら、口の端を持ち上げる。チグハグな表情をしていた。
『祝福者の解体ショーやって』
そう言って男は吸い殻を地面に落とし、その特徴的な靴底で火を消した。
灰が地面にこびりついて離れなかった。
「じゃ、ゴーグル君はお留守番ってことで!」
ユティスはパン、と両手を合わせて笑った。この話は終わりだと言わんばかりだ。
いつの間にかレモネードをすっかり飲み干してしまったようで、手持ち無沙汰に氷をカラコロと回している。
「それにしてもおっそいですねー。全然来ないじゃないですか」
ユティスの言う通り、別れてからそれなりに時間が経過している。そろそろ現れてもおかしくない頃だが、店には彼の気配すらなかった。
「道でも迷ったかな」
探しに行こうと席を立つ。
ユティスは心底面倒そうな顔をして、中々腰をを上げない。どう宥めようかと悩んでいると、低い話し声が耳に入ってきた。
「聞いたか? 例の飛び入り商品」
「ああ、聞いた」
どうやらアスレインの背後で、二人組の男が声を潜めて会話しているようだった。
周りに気遣うようにコソコソと話している。少し気になり、こっそりと耳を傾けた。
「本物だったらスゲェよな。いくらになるんだろ」
「やめとけ。お前じゃ買えないよ」
「欲しいわけじゃねぇよ、そんな眉唾物!」
「眉唾ねぇ……」
「目がちょっと金色ってだけで、何が良いのかね」
「それって本当?」
焦りと驚きを滲ませた声が、男の頭上から降ってきた。男は慌てたが時既に遅く、会話をしっかりと聞いてしまったアスレインは彼らに詰め寄った。
「もしかして、銀髪で僕と同じくらいの年の男の子?」
「なんだお前! 盗み聞きしてんじゃねぇよ!」
「答えてよ」
「しっ、知らん! 実物は見てないし!」
にじり寄る圧に負けて男はそれだけ教えてくれた。
もう一方の男と共に足早に店を出る様子を見届けてテーブルに戻ると、卓上にはユティスが突っ伏していた。
肩が小刻みに震え、過呼吸気味に引き攣った呼吸を繰り返している。
どうやら笑っているようだった。
「ま、まさかっ、自分が商品になって……フフフ、そこまでするとは……! アハハ! すっかり舐めてました!」
「笑い事じゃないよ」
ヒィヒィと腹を抱えて苦しむユティスを恨めしげに睨んだ。
金色の目。
彼らにもまた、古い話がある。そこらにいる訳がない。
"飛び入り商品"というのは、ラグラス自身のことで間違いなかった。
つまり「設計書の奪還」と「ラグラスの救出」。二つの任務を同時に進行しなくてはならない。
物だけなら比較的簡単だったろう。持ち運べるサイズだし、盗んだ後は隠してしまえばよかった。しかし、人物となるとそうはいかない。
難易度がグンと跳ね上がったわけだ。
それに。
「設計書だけなら競り落とせたかもしれないんだ。今のところ価値は低いからね」
「ゴーグル君も価値ないですよ」
「あるだろ、祝福者だよ? 万が一祝福持ちだってバレてなくても、彼には"目"があるわけだし」
「目?」
笑い涙を拭いながら、彼女は不思議そうに聞き返した。
「"幸運をもたらす黄金の瞳"って聞いたことない?」
「ないですね」
氷の溶けたグラスを撫でる。水滴が彼女の指を濡らした。
ひと通り笑い終わってしまえば、すっかり興味をなくしたようだ。
「あるんだよそういう話が。で、実際にそれを信じてる人もいる。富裕層なんかが特にね」
「フーン」
「……ね、何かあればラグラスの方を優先してやってよ」
「私が?」
ことの重大さが分からないのか、彼女はきょとんとアスレインを見つめた。
「設計書と人命、どっちが大事か分かるだろ」
「あのですね、この際ハッキリさせときますけど。私は別に貴方達をお仲間だとか思ってませんからね?」
「アミリが悲しむよ」
「どうぞ言いつけてください。あーあ、脅されるともっとやる気無くしますわー」
それに、と彼女は続ける。
赤い猫目がブルーグレーの瞳を一瞬見つめて、すぐに線のように細まった。
「貴方も、別にあの人自身を心配してるわけじゃないですよね?」
「……は?」
「興味があること以外はどうでもいいってタイプでしょ」
分かりますよ。私も同じだから。
そう言ってニンマリと笑った。
アスレインが口を開く前に店内にボーン、と重い音が鳴り響いた。
「あ、もう行きますね。そろそろ時間なんで」
ユティスは椅子を引いて立ち上がると、「じゃっ!」と軽く挨拶をして立ち去っていった。
足取りは軽い。本当にラグラスの事など気にしていないようだった。
アスレインはしばらく黙ったままでいたが、やがて立ち上がり店員に代金を支払った。
にこやかに礼を言う青年に、店員の顔が綻ぶ。
店を出る。
突然強い風が吹いて、彼の黒髪を靡かせた。
──影競りが始まるまで、あと二時間。
鉛のような曇り空がどこまでも広がっていた。
本エピソードをもちまして、本作品の更新を一時停止いたします。
詳しくは活動報告をご一読していただければ幸いです!(2026.5.28)




