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シルバー・ブレス 〜彼の者は祝福を授かった〜  作者: 赤石
-第3章 狂乱オークション-
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第27話 先生

 ヴァーミリオでは、レモン農園が土地の約二割を占めている。温暖で雨が少ない気候が栽培に適しているのだ。

 採れたレモンは近隣の島だけでなく、大陸にも出荷される。毎年この時期になると頻繁に船が出入りしていた。

 そして今日も、絶好の収穫日和だった。


 「オークションだぁ? んだそれ」


 帽子を目深に被り、作業服を着た男は怪しげにユティスを睨んだ。何を馬鹿なと言わんばかりである。

 しかし彼女はそれを気に留めることなく、海岸に停留している巨大な船を指差した。


「だから、あれがオークション開場でしょう? 私も参加したいんですけど」

「あれは貨物船だっつってんだろ。仕事の邪魔すんなら消えろ!」

「いやだから、参加方法を」

「ユティス!」


 黒いコートに身を包んだ男がやって来て、ユティスの腕を掴んだ。

 彼はサッと表情を取り繕うと、作業服の男に「すみません」と笑いかけた。


「ツレが迷惑かけました。もう目を離さないんで、どうか」

「ったく、頼むよ」

「あ、ちょっと!」


 作業服の男が箱いっぱいに詰めたレモンを抱え離れていくのを見送ると、アスレインはユティスを振り返り、眉を寄せて呆れた表情を作った。


「あのね、非合法の競りだって最初に言っただろ」

「だから?」

「『はい参加どうぞ』ってわけにはいかないんだよ」

「じゃあどうしろって言うんですか」

「それを今から見つけんだろ」


 アスレインの後ろから、銀色に跳ねる髪が覗く。

 ゴーグル奥から馬鹿にしたような視線を感じる。話しかけられるのも嫌で、ユティスは思い切り顔を顰めてやった。


「ブース」

「貴方よりマシですよ」

「で、その方法なんだけど」


 アスレインは片手で背後のラグラスを制しながら、話を先へ進めた。ひ弱な彼だけなら簡単に抑え込める。

 いちいちこの二人の相手をしてもキリがないと学んだのだ。


「こういうのはさ、招待状があるってのがセオリーだよね」

「つまり、誰かから奪う……ってことですよね?」

「あくまで方法の一つだよ」


 悪い顔をして「ふふふ」とユティスが笑う。アスレインの顔にも笑みが浮かんでいたが、どこか仄暗いものを孕んでいた。うわ、とラグラスは一歩、彼らから距離をとった。


「時間もないし、手分けして探ってみようよ」

「じゃ、私は一人でいいですよ。そちらはお二人でどうぞ?」


 クスクスと先ほどとは違う意図を持った笑みを貼り付けて、ユティスは口元に手を当てた。にんまりと三日月型に細められた視線は真っ直ぐラグラスに注がれている。

 

「なんだよ」

「弱虫君一人じゃ、()()なんてできないでしょって」

「……あ?」

「せいぜいアスレインに引っ付いて、守ってもらうといいですよ」

「…………」


 ラグラスは口元だけで、ニコリと笑った。

 下手くそな笑い方だ。口の端は引き攣り、額には青筋が浮かんでいる。ゴーグル越しでも彼は表情が豊かだな、とアスレインは感心した。


「……上等だよ。俺も一人でやってやらぁ」

「無理しなくていいんだよ」

「うるせーな! 無理なんかしてねーよっ!」


 ラグラスは見せつけるように背中の荷物を抱え直してから、大股で人が集まっている方へと歩いて行った。

 遠ざかる背中に「さっきの店で落ち合おうね」と叫んでやる。来れなくても、小さな島だ。探すのに苦労はしないだろう。


「……あんまり煽らないでやってよ」

「煽ってるつもりはないんですけど」


 ユティスはイタズラっぽく目を細めると「それじゃ私も」と手を振って、ラグラスとは真逆の方向へ足を進めた。彼を手玉に取ったのが余程楽しかったのか、軽くスキップさえしている。

 

 それぞれがどういう結果をもたらすのか分からない。が、とりあえず三人分の招待状は確保しておかなくてはならないだろう。自身にかけられた負担に、少しばかり気が重くなった。









***

 








 地元の人間か、そうでないか。身なりを見れば自然と察せられる。

 白レンガの壁にもたれかかりながら、アスレインは道ゆく人を眺めた。


 ガラの悪い下品な連中。

 質のいい衣服を着た金持ち。

 あからさまに武器をぶら下げた男共。


 どれもこれも、のどかなレモン農園には似つかわしくない人間ばかりだ。地元の人たちはすっかり萎縮してしまったようで、彼らには近寄りもしない。


(でも、誰でもいいわけじゃないんだよなぁ)


 快く招待状を譲ってくれる人なんていやしない。かと言って本当に暴力に頼ってしまったら、ユティスはともかくラグラスがうるさいだろう。


(……殺すわけじゃないし)


 少し脅すくらい別にいいのではないだろうか。そんな考えが首をもたげたところで、視界の端でチラリと何かが横切った。視線が追う。

 

 島の純朴そうな青年が、二人の男に路地裏へ引きずり込まれているところだった。青年は辺りを見回しているが、誰もが無視を決め込んでいる。

 ふと、青年がこちらを見た。空色の瞳がアスレインのそれとかち合う。


「た、たすけっ──」


 言い終わる前に、彼は建物の隙間へ消えていった。

 子供なら助けただろうが……見たところ成人している。放っておいて問題ないだろう──、そう判断したが周りの住人たちの視線がチラチラとアスレインを気にしていた。中には悲壮な顔をした女性もいる。連れて行かれた青年の知り合いだろう。


 彼は少しばかり逡巡した後、諦めた顔をして路地裏へ飛び込んだ。


 日の当たらない細い隙間の先で、情けなく懇願している声が聞こえる。


「ほっ、ほんとに、お金なんて持ってないんですってばぁ……!」

「嘘つけ! 島長の息子なんだろうが」

「俺たち、これから金が必要でよ。ちーっとばかし、恵んでくれりゃあ助かるんだけどなぁ」


 どこへ行ってもこの手のカツアゲは無くならない。感心する気持ちすらあった。

 アスレインは背後から、輩の肩をトントンと軽く叩いた。


「それって、もしかして影競りに参加するため?」

「あぁ……ってなんだテメェ!」

「いやぁ助かるな。悪人成敗の結果ならうるさく言われなさそうだもの」

「何言ってやがる、邪魔すんじゃねぇ」


 近い方の男が、アスレインに殴りかかった。それをヒョイっと躱す。

 殴りかかられた腕を取り相手の重心を崩してやる。そのまま投げ飛ばすと、相手は軽々しく宙を舞った。


「あはは、軽いねぇ」

「テメェッこんやろ!」


 これなら大剣を抜くまでもない。

 もう一人の男が掴みかかってきたので勢いをつけて頭突きをお見舞いしてやった。額にジン、と熱が走る。


「イッダァ!」


 蹲った背中に蹴りを落とすと、男は大きく一度跳ねて大人しくなった。

 アスレインの背後から、鉄の棒が振り下ろされる。それを片手で受け止め、振り向きざまに横蹴りを腹に叩き込んでやった。この男もそれで静かになった。


「……大丈夫?」

「ヒッ、ヒィ!」


 島長の息子は、転げるように狭い路地裏を抜けていった。……感謝されたくてやったわけではないので別にいいが、あのように悪漢を見る目で逃げられると少しばかりアスレインも傷ついた。


「ま、本命はこっちですよー……っと」


 輩二人の荷物は少ない。この中に手掛かりがあればいいが。そんな思いで探るが、どれもこれも見つかるのはガラクタばかりだった。


「うーん……。当てが外れたかな」

「目当てのモンは見つかったかいな」


 耳元で低い男の声がした。

 瞬時に振り向き距離を取る。


 黒く乱れた髪が特徴の男だった。

 その男は面白くて堪らないとばかりに、くつくつと笑っていた。

 木板のような、見たことのない靴を履いている。男が動くとカラコロと音が鳴った。


(気配に気づけなかった?)


 それどころか、今まで足元一つしなかった。


「そないに警戒せんでもええがな」


 大剣へ手をかけるアスレインに、男は間延びした声で話しかけた。くたびれた背広の袖を揺らしながら、男は一歩ずつ近づいてくる。

 

 ジリジリと、退路を絶たれていく。


「競りに参加したいんやって?」


 大剣の間合いに入るか入らないか、その距離で男は立ち止まった。くしゃくしゃの長い前髪から、黒眼が覗き笑う。


「ワイの頼みを聞いてくれるんなら、手伝ったるけど」

「……頼みって?」


 警戒を解かないまま尋ねる。男は「せやなぁ」と左手で後頭部を掻いた。

 そちらから持ちかけてきたくせに、肝心の頼み事を決めていない。ますます怪しく思えてアスレインは彼をジッと観察した。

 よく見ると、男は隻腕のようだった。中身のない右袖がハラリと風に揺れる。

 散々唸った後、男はパチン、と指を鳴らした。


「せや、弟子に来んか?」

「……はぁ?」


 男が名案だとばかりに頷いたので、思わず肩の力が抜けてしまった。

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