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シルバー・ブレス 〜彼の者は祝福を授かった〜  作者: 赤石
-第3章 狂乱オークション-
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第28話 ブルー・ギャンブラー

「で、弟子?」


 怪訝な顔をして聞き返したアスレインに、男は「そうや」と頷いた。その顔は冗談を言っているようには見えない。なおさらタチが悪かった。


「えっと、そういうのは間に合ってるんで」

「あー、ちゃうちゃう。ほんまに弟子取るつもりないわ。ただの肩書き」


 男の横を抜けようと試みる。しかし、男は道を阻むように立ち塞がった。何度も振り払おうとしたが、全て無駄に終わった。

 「実はな」と、男はカラコロ足音を鳴らしながら続ける。

 

「例の影競りっちゅーのに参加するつもりで来たんやけど、連れてきた護衛に逃げられてん。ホラ、ガラ悪い奴多いやんココ」

「はあ」

「ワイの腕もこんなやし、一人で参加すんのもなぁて思てたとこに、お前見つけたんや」


 なるほど、と腑に落ちる。

 アスレインはようやく諦め足を止めた。

 

「護衛なら、最初からそう言ってくれれば良いのに」


 胡散臭さは拭えていない。だが、彼を振り切るのは難しい。

 そうなると話を聞いてやるしかない。どうせ断るのなら聞き終えてからでいいだろう。


「護衛言うと悪目立ちするかもしれへんやろ。やから、弟子」

「そうなの?」

「そうなの。自分、影競り参加したことないん?」


 その通りである。噂程度に聞いただけで、正規のオークションですら経験はない。

 金額を叫んだり叫ばなかったりする金持ちの趣味道楽とは知っているが。

 アスレインが考えをそのまま言うと、男は「アホ」と自身の無精髭を撫でながら罵った。


「んなお遊びとちゃうわ。アレは平気でゴッロゴロ死人出すねん。素人が一人で参加するとイタイ目見るでぇ」

「詳しいね」

「ま、ツテがあんねん」


 つまり、護衛としての参加はこちらにもメリットがあるということだった。

 事実、内情に詳しい人がいると心強い。

 何しろアスレインはあの二人の制御もしなくてはならないのだ。特に自由人ことユティスがどう動くか、そればかりが不安だった。


「……いいよ、交渉成立だ」

「お! ほんなら握手やな! よろしゅう!」


 男は無理矢理アスレインの手を握ると、ブンブンと乱暴に縦へ振った。厚く、固い皮膚をしていた。


「自分、名前は?」

「アスレイン」


 男はくしゃりと笑った。「ええ名前やなぁ」と一層乱暴に腕を振られる。


「あなたは?」


 尋ねると同時に、男は手を離した。

 だらしなく伸びた前髪の隙間。くすんだ黒眼がアスレインを射抜く。

 先ほどまでとは異なる雰囲気にのまれ、無意識のうちに呼吸が止まった。


「ま、お互いの立場上知らん方がええやろ」


 なあ、ゼレステラ君。


 男は教えていないはずの家名で、そう呼んだ。












***













 何かやましいことがある人間は、暗い場所を好む。これは軍人時代に得た学びだ。

 

 ユティスが()()に選んだ場所は、島の奥に位置する酒場だった。

 もう昼に差し掛かろうかという時刻であるのに、立地の問題なのかそこは夜のように暗い。時間に関わらず、店はそれなりに賑わっていた。


 テーブルの間を通り抜けて、ユティスはカウンターに辿り着いた。初老のバーテンダーがいぶかしげに彼女に一瞥をくれる。

 

「ここは子供の来るところじゃないよ」


 今日の客は荒いのが多い。バーテンダーは親切心から彼女を帰そうとした。ユティスにとってみれば、余計な世話だった。

 

「一番度数の高いヤツで」


 カウンターテーブルに肘をつき、挑発的な態度で注文を行う。

 

「酒を飲める年齢じゃないだろう」

「あらやだ、こう見えて三十を超えていますの」

「子供だろ」


 バーテンダーは断言した。「骨格見れば分かる」

 ユティスは口元に手を当て、「おほほ」と上品に笑ってみせた。


「骨を削ってますのよ。流行りでしょう、そういう若作り」


 騙すもすっかり面倒になって、ユティスは仕込んだハンドガンをチラつかせた。黒の銃身が照明に照らされ怪しく光る。

 

「軽く十は若返りますよ。試してみます?」

「待て待て、悪かったよ」


 バーテンダーは慌ててそう言うと、大人しく酒を作り始めた。氷がグラスに入れられていく。


 注文が通ったことに満足し、さて、と店を見回した。

 余程の風来坊でなければ、島の住民は昼間から酒など飲まない。収穫時期であればなおさらだ。

 つまり、この場にいる者は十中八九競りの参加者だと見ていい。


「賢すぎて自分が怖いですねぇ」


 そう一人溢しながら物色を続ける。ふと、一つのテーブルで目が止まった。


 まず目を引いたのは、藍色の長髪だった。こちらからでは表情は見えないが女性だろう。

 同じテーブルには汚い髭面の男が数人座っている。皆、顔にニヤニヤと下卑た笑を浮かべ、女を覗き込んでいた。テーブルの上にはカードが乱雑している。


「賭博だよ」


 バーテンダーはグラスを差し出しながらそう言った。細長いグラスには透き通るような水色が注がれ、レモンの輪切りが浮かんでいる。


「やめろって言ってんのに聞きやしない。うちはクリーンさが売りなんだかね」


 バーテンダーのような地元民からすれば、突然物騒な輩が押しかけてきたのだ。目的も分からなければ、いつまで滞在するのかも不明である。注意しようにも奴らはすぐ暴力に訴えるので、住民たちは皆参っていた。


「お嬢さんも悪いことは言わないから、それ飲んだら帰り……、おや?」


 少し目を話した隙に、彼女は目の前から消えていた。

 どこへ行ったのか、と視線を巡らせればすぐに見つかった。件のテーブルに意気揚々と近づいているではないか。

 追いかけようとしたが、カウンターへ来た別の客が酒を注文する。仕事を放っていくわけにはいかず、せめて何か起こればすぐに対処できるよう、注意して見るしかなかった。


「おねーさんっ、こんにちは」


 ユティスは背後から女性に声をかけた。彼女が振り返る。ガーネットの瞳が、人懐っこい笑みのユティスを映した。


「あちゃ、引き弱いですね」

「君は……?」

「降りた方がいいですよ」


 彼女の助言を他の人間が聞き逃すはずもなく、向かいに座る男が「おい」と声を荒げた。


「なんだテメェ。邪魔すんじゃねぇ」

「いやぁ、寄ってたかって女性イジメてるの見てられなくって。思わず声かけちゃいました」


 一番顔の毛が濃い男が、テーブル上のグラスを引っ掴んだ。


「待っ」


 女性が止める間も無く、耳を突くほどの痛々しい音がユティスの足元で響いた。ガラスの破片が、足跡だらけの床で光る。周囲から好奇の視線が集まった。


「ここはガキの遊び場じゃねぇ。帰んな」


 低く唸るような声でそう言って、男はテーブルを蹴飛ばした。角がユティスの腕にぶつかり、卓上に散らばったカードがハラハラと舞った。


 何が面白いのか、それだけで客たちはワッと笑った。アルコールが入った人間特有の下品な声だ。中にはユティスの容姿を揶揄った野次まで飛んでいる。


「君、もう帰るんだ」


 一人だけ素面の女性は、心配そうにユティスの肩に手を置き諭した。

 こんな年端も行かない子供相手にどうしてこんな態度が取れるのか、彼女には理解し難い。周りを睨みつけてやったが、それすらも愉快なようで笑いの波は消えなかった。

 ユティスは黙って俯いている。


(かわいそうに。すっかり怯えている)


 もう一度帰宅を促してやろうと、女性が口を開く。しかし言葉を紡ぐより先に、ユティスはその場で膝を折り落ちたカードを拾い始めた。

 「そんなことしなくていい」と言って背後から伸ばした手が、腕に遮られる。

 振り向いた表情には、恐れなど微塵も含まれていなかった。


「おねーさん、席変わってもらえます?」

「えっ?」


 集め終わったカードを束にし、テーブルで叩いて揃えながらそう言った。

 藍色の女性は呆気に取られた顔をしてユティスを見つめ、周囲の笑い声がより一層強くなった。


「お嬢ちゃんよ、ルールは分かるかい?」

「分かりますよ、何度か見たことがあるので」


 「見たことがあるってよ!」テーブルに座る小柄な男がそう叫ぶと、周囲から「いいぞ! やってやれ!」とけしかける声が上がった。ユティスが椅子を引き、卓に着く。

 元締めが立ち上がって、誰が勝つか賭けを始めので、紙幣があちこちへ飛び交った。


「アンタ、賭け金はあんのかい」

「手持ちがないので、これで」


 そう言ってユティスは懐からハンドガンを取り出した。ゴトリ、とロングバレルがテーブルの上を占領する。

 それを見て、一気に笑いの波は引いていった。


「それは……」


 藍色の女性が言葉を失う。

 バレルには生々しい傷が付けられており、それが観賞用ではないことを証明していた。

 子供が持つには、到底似つかわしくない。


「父の形見なんです」


 ぐす、と鼻を鳴らしてユティスが言うと、「驚かせんなよ」と声が漏れる。当然嘘ではあるのだが、それを見抜ける者はこの場に一人しかいなかった。


 隙のない体の運び方。

 肝の太さ。

 強気な態度。


 どれを見ても、普通の子供ではない。

 藍色の女性だけが、ユティスの本質を見抜こうとしていた。

 ……もし、このゲームで彼女が勝つようなことがあれば。

 

(欲しい、絶対に。なんとしてでも)


 この子なら、力を貸してくれるかもしれない。自身の荒唐無稽な目的には、手練の仲間が必要なのだ。

 そしてそれはきっと、影競りの闇を暴くだろう。


 女生はジッと彼女の丸い後頭部を見つめた。

 

「えーっと、どうやるんだっけな」

 

 ……やはり不安だ。

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