第25話 リチーミング!
──ねぇ、今日はどんな話をしてくれるの? 砂漠で遭難した話? それとも雪山で怪鳥に襲われた話?
──そうだな……どんな話が聞きたい?
──ミカルの話ならなんでもいい! 全部おもしろいから!
──へぇ、それは嬉しいな
──ね、今度父様にお願いしてみるよ、ミカルを俺の家庭教師にしてって! そしたらレジスタンスのことさえ話してくれれば、きっとここから出られるよ!
──それは、僕に仲間を売れってことか?
──別にいいじゃん。ミカルが捕まっても助けに来てくれない人たちなんでしょ? そんなの裏切られて当然だよ。
──そうか、裏切りか。お前はそう思うのか。
──なぁアスレイン。僕は時折、お前を可哀想に思うことがあるよ。
オレンジが、瞼を突き刺す。
眩しさに耐えるよう手を翳し、影をつくった。ゆっくりと目を開ける。
鳥の鳴き声が遠くの方で聞こえた。
伸びをするようにゆっくりと上体を起こす。上にかけていたコートがずれて床へ散った。
連日床で雑魚寝したせいだろう、体の節々が痛んだ。
(……夢か)
懐かしい夢を見た。
独房に足繁く通っていたあの頃。
ミカルに大陸外の話をせがんでいた、幼き日の自分。
アスレインはミカルを慕っていた。
けれど彼もそうであったかは分からない。知ることももう、出来ない。
思い出の中の彼は、いつもアスレインに優しく、時折同情的な視線を向けていた。
どうして彼が自分を可哀想だと言ったのか、今も理解出来ないままだ。
「おはよう。今日も早いね」
ふあぁ、とあくびを噛み殺しながらやってきたアミリに、アスレインも「おはよう」と返した。
朝の鍛錬を日課としている彼が一番の早起きで、次にアミリ。その後は日によって起きる順番は変わるが、大体はユティスが最後だった。
アミリが朝食の用意で台所に立ったので、アスレインも「手伝うよ」と言ってその横に並んだ。
「ありがとう。じゃあ、サラダを作ってもらえる?」
「得意料理だ」
何せ野菜を千切るだけである。これなら料理をしたことないアスレインにだって出来た。
葉菜類をじゃぶじゃぶと洗うアスレインを横目に、アミリは、ふふと笑う。
「手紙、返ってきたんでしょう?」
「そう、昨日ね。みんな元気だってさ」
嵐の夜に別れてしまったレジスタンス一行──、ココ宛に手紙を出した。自分は無事だということと、しばらくは別行動になることを書いた。
彼らとは中継地点であるピオ島までしか行方を知らない。手紙が届くか怪しいところだったが、昨日返事が返ってきたのだ。
全員でピオ島に辿り着いたとの知らせを受け取り、安堵した。他にもニィナが不安そうにしていたことや、グランに覇気がなかったこと、もちろん自分も気が気じゃなかったことが書かれており、無事再会できることを祈っている、そう最後に締めくくられていた。
「また会えるといいけど」
「会えるわよきっと」
千切った野菜を皿に盛り付けていく。自分の皿からトマトを一つ横の皿へ移動させながら、受け取ったもう一通の手紙に思いを馳せた。
──ロシェド・フュリー。月の夜にアスレインと斬り合ったくせに、その後どういうわけか彼に協力を申し出た大陸の変人。
街へ買い出しへ行くついでにこっそりと手紙を出し、同じようにして返事を受け取った。
内容はこの家で拾った、ピンズのことである。
見覚えはあるが、はっきりと思い出せない。おそらく大陸で見たはず……そう思い切ってロシェドに調査を依頼したのだ。
返事はアスレインとの友情がどうのこうの、と長ったらしい前置きがあったが、要約すると「自分も見覚えがある。探ってみる」とのことだった。
(案外役に立つというか……なんというか)
アミリが作った料理をテーブルに運んでいると、大きな物音を立てて扉が開いた。
そこには息切れをしたウグイが肩を上下に揺らしながら立っていた。
「姉御! これっ、言われてた手紙です!」
「あら、あら! やっと届いたのね! 早くおじいちゃんに見せなくっちゃ」
ありがとう、と早口で受け取って、アミリは忙しなく部屋を出て行ってしまった。
「あの、大丈夫?」
見かねたアスレインがグラスに水を注いで差し出す。ウグイは彼を睨み、ひったくるようにしてグラスを奪い取った。
喉を鳴らして飲む様子に、よっぽど渇いていたんだな、と眺めた。
ウグイは飲み干したグラスを勢いよくテーブルへ叩きつけると、指をアスレインの胸元に突きつけ、人相の悪い顔を近づけた。
「いいか、兄貴にちょっとばかし信頼されているからっていい気になるなよ?」
吐き捨てるように言って、彼はプレートの一つからトマトを掴んで口の中に放り込んだ。はっと鼻で笑い、見下した目でこちらを見ている。
アスレインはトマトの欠けたプレートは自分の分にしよう、と思った。
「そういえば、ニシキは?」
ここへ来る時はいつも二人で来ていたはずだ。気になってそう聞けば、ウグイは面白くなさそうに答えた。
「今日は街の会合に出てんだよ……というかお前また俺にタメ口使ったな!? 敬語を使え、敬語を!」
「あー、ははは」
「笑ってんじゃ「ウグイ!!」」
突然の野太い声にウグイはビクリと体を震わせた。アスレインが振り返ると、血相を変えたロイドが部屋に飛び込んできたところだった。
「お、お前! 小包はどこへやった!?」
「ゔっ!」
「おじいちゃん、落ち着いて!」
ロイドがたくましい腕を振り上げウグイの胸元を掴んだ。後ろから追いかけてきたアミリが飛びついたが、ビクともしない。
見かねたアスレインがロイドを引き剥がすが、彼の興奮は冷めない様子である。
大声を聞きつけて、他の三人も奥の部屋から出てきた。
シロマはウグイが一人でいることを確認すると、眉間に皺を寄せて深く息を吐いた。
「小包があったじゃろう! それはどこへやった!?」
「しっ、知らねーよ! 郵便局へはニシキが取りに行ったし、俺はそれを渡されただけだ!」
「じゃあニシキは今どこにおる!」
「だからっ、会合に……」
そこまで聞いて、ロイドはウグイを突き飛ばした。よろけて床に倒れ込む。助け起こそうとしたアスレインの肩を誰かが掴んだ。シロマだった。
「ついて来い」
「わかった」
街に赴きニシキを探したが、結局夜になってもその足取りは掴めないままだった。
***
「まずいことになった」
そう言ってロイドが項垂れた。かける言葉も見つからない。ようやく希望が見えたと思った矢先にこれだ。アスレインは目を伏せた。
「そこのゴーグル君に失せ人探しの能力があればよかったんですけどね」
「そんなの出来るか」
「うーん、役立たず」
「役に立ってないのはお前も同じだろ!」
「こんな時まで喧嘩はやめなよ」
いつもなら笑って聞き流せるやり取りも、流石に今は聞きたくない。アスレインがため息をつくと、ラグラスは決まり悪そうにそっぽを向いた。
「なんでわざわざ小包だけ盗んだのかしら」
「単純に嫌がらせか、それが設計書だと知っていたか」
シロマが忌々しそうに呟いた。
「だとしても、なんで……」
アスレインはそこまで言って黙った。ロイド達を目の敵にしている人物、思い浮かばない訳ではない。
「大陸軍……」
「可能性は高い。問題はどうしてバレたか、だ」
シロマが視線をずらした。その先にいるのは、ユティスだった。
疑いをかけられたユティスはムッとした顔になり、やれやれと肩をすくめた。
「私はもう大陸軍と繋がってませんよ。スパイもしてませんし、この件について一切関わってません!」
腕輪は鳴らない。ほら、とユティスはシロマの眼前に腕を近づけた。
「今は犯人探ししてる場合じゃないでしょ。一刻も早く取り返さないと」
しかし、手がかりがない。
困り果てていると、街で聞き込みを続けていたウグイが戻ってきた。彼は可哀想なくらい顔を青くして、よたよたと家の中に入った。
聞けば、ウグイとニシキは古い馴染みらしい。ニシキの裏切りに誰よりも衝撃を受けているのは彼に違いなかった。
「……ニシキの行き先が分かりました」
「何?」
「街の漁師が、アイツと誰かが会話してたのを聞いたらしいんス。それが誰かまでは分からなかったけど……」
「で、どこに行ったって?」
ウグイは一呼吸おいて、ぽつり、と言った。
「東の方、ヴァーミリオ島です」
「ヴァーミリオ? 近場ではあるが……、何故そこへ?」
首を傾げるロイドに、ウグイは続けてこう言った。
「漁師が言うには、島じゃなくて停泊中の船に用があるらしかったと……なんでも、あのアークティア号が来てるらしいんスよ」
「なんだって」
皆の顔が驚きに染まった顔をする中、ユティスだけはそれが何か分からない様子だった。
「アークティア号って?」
「非合法の競売場だよ」
法なんてあってないようなものだが、そう前置きをしつつアスレインは説明してやった。
「表では取引できない品物をオークション形式で売ってるのさ。一応軍に見つかっちゃまずいから、場所と日時は毎回伏せられてるんだけど。それが近くで開催されるのか……」
「えーと、じゃあニシキ、さんは設計書を出品しようとしてる、てことです?」
そう言って、ユティスは理解できないとばかりに首を振った。
「売れるんですか?」
「知らねー、俺に聞くなよ」
「欲しがる人はいる、かしら……?」
金品や宝石でもなく、わざわざ設計書を盗んだ。その意図が理解できなかった。
皆が顔を顰める中で、突然ウグイが床に膝をつき勢いよく頭を下げた。
「あいつは賢くねぇ。今回のことも絶対誰かに騙されたに決まってんだ。頼む、助けてやってください」
断る理由はなかった。
アスレインは彼の肩に手を置き、「任せて」と言って安心させるように微笑んだ。
ウグイはそれを見上げ、数時間前の自分を恥じる。あんな態度をとった自分にもアスレインは無下にすることはなかったのだ。
目を固く閉じ搾り出すような声で「……すまねぇ」と呟く。
「みんなで探せばすぐ見つかるさ」
「いや、俺達は行かない」
「えっ!」
それに対して驚きの声を上げたのはラグラスだった。
彼は否定の言葉を発したシロマに信じられない、とばかりに詰め寄った。
「本気ですか!? 設計書だって出品されるかもしれないのに!」
「ジジイよ、設計書は全部で何冊だ?」
シロマはラグラスの剣幕を無視して、背後にいるロイドへ問いかけた。ロイドは渋い顔をしたまま「五冊じゃな」と答えた。
「そのオークションに五冊全てが出品されるかも分からん。乗り込むだけ無駄だな」
「本当に出品されたらどうするんですか! 見逃すことになりますよ」
「おい、誰がいつ見逃すって言った?」
シロマが面倒くさそうにラグラスを押し退けた。
「俺達は行かない、と言ったんだ」
「?」
「お前ら三人で取り戻してこい」
シロマが言う。
ラグラスはアスレインの方を振り返った。
三人。
ラグラス、アスレインここまでは分かる。
残りのもう一人は……。
「あの〜」
戸惑いがちに、白い手が挙がった。
「まさかその三人ってのは、私含んでませんよね?」
「お前と、アスレイン、ラグラス。この三人だ」
もう一度シロマははっきりとそう声に出した。
少しの沈黙の後、「絶対に嫌だ!!」とラグラス、ユティスの声が家全体に響き渡ったのである。




