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シルバー・ブレス 〜彼の者は祝福を授かった〜  作者: 赤石
-第2章 邂逅の海面汽車-
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第24話 ただ、ひとつ

「俺の祝福は未来予知です」


 ユティスはそう言って腕を組み天井を仰ぎ見た。

 尊大な態度と低い声色は、どうやらラグラスの真似をしているらしかった。


「未来とか見れるんで最強なんですゥ」

「そこのバカが黙ったら喋ります」


 ラグラスは先ほどとは違う意味で拳を握る。すかさずアミリがユティスの口を手で塞いだ。

 「静かにしてなさい」と彼女を叱ってから、ロイドはラグラスに向き直った。


「未来予知というのは、本当か?」

「はい。……色々と制限はあるんですけど」


 ラグラスは自身のゴーグルを指で叩いた。コツコツ、と乾いた音が鳴る。


「相手の目を見ることで、そいつの未来を知ることが出来るんです。だからあくまでもそいつのことだけ。世の中の情勢全部ってのは難しいです」

「なら、今ワシの未来を見ることは出来るか?」

「見れない、タイミングがあるんです。寝てたり、気を失ってたり、とにかく俺の意識がない時じゃないと。それに毎回都合よく見れる訳じゃない」


 興味深そうにロイドは自身の髭を撫で、話の続きを促した。


()()()()()も不規則なのかの」

「いや、それは……、意識を失う前に、最後に目を合わせた人間です」


 話を聞いて、アスレインはようやく彼のこれまでの言動に合点がいった。


 ゴーグルをしているのは、視線を悟られないため。

 人の顔を覚えていられないのは、目を合わせないように気を張っているため。


 つまるところ彼は……、未来視を避けているらしい。


「もっと使えばいいのに」


 思わず口をついて出た言葉は、しっかりとラグラスの耳にまで届いていた。彼は顔をわずかに伏せ、「疲れるんだよ」とだけ言った。


「じゃあ、これで避雷針がちゃんと機能しているか確かめられるのね!」


 すごいわ、とアミリが弾んだ声を上げる。

 しかしロイドの顔は晴れないままだった。


「おじいちゃん?」

「……ラグラス、君は第三の予言がいつ起こるか、知っておるかい」

「はい」

「それじゃあ、時間がないということも分かっておるね」

「……はい」


 ロイドは強張っていた体から力を抜き、背もたれに沈んだ。そうすると先ほどまでの精力的な様子とは一変して、弱々しい老人の姿に見えた。


「つまり君の言葉を信じるのなら、今の方法では黒い雷を防げておらんということじゃろう」


 アミリが、あっ、と声を漏らす。ロイドの指摘は正しかった。ラグラスが頷いたのを見て、彼は丸まった肩を落とした。

 

 ロイドは発明家だった。

 ずっと長いこと、避雷針設計に人生を捧げてきた。

 世界のためとは言わない。そんな高尚な思想は持ち合わせていなかった。

 ただ、出来ると思った。自分の発明なら出来る。工房の仲間たちとああでもない、こうでもないと語り明かした日々は楽しくさえあった。

 世界を救えると。歴史に名を刻むことなど容易いと。そう思ってきた。

 だがそれは、自身の驕りに過ぎなかった。

 結局のところ祝福も持たないただの人間に出来ることなど何もない。


「……ここらが潮時じゃな」


 ぽつりと溢したロイドの肩を掴む。

 

「でも、これで確実な方法が見えたわ。また一つ一つ試していけばいいじゃない」

「何千、何万という方法をしらみ潰しにか? その時まで残り一年もないんじゃよ、アミリ」

「い、一年!?」


 叱られてからずっと沈黙を貫いていたユティスが飛び上がって声を張り上げた。椅子が大きな音を立てて後ろに倒れる。


「困ります! これから第二の人生が始まるってのに余命一年なんて!」

「心配しなくても、祝福者は生き残れるらしいぞ」

「だとしてもダメですよ、アミリさんがいないでしょう!?」


 ユティスにとって、アミリは世界に彩りをもたらした存在だ。闇の中に咲いた一輪の花。彼女がいるから今の自分がいる。

 こんなに好きになった女性を一年足らずで失うだなんて、何よりも耐え難いことだった。

 別に世界まるごと救えなくていい。特別な人さえ無事ならそれでいい。


「私は絶対諦めませんから。たとえそれが私一人でもね」

 

 ロイドの目を見つめながら、ユティスははっきりと宣言した。

 彼女の若さ特有の無鉄砲さが羨ましい。彼の黒く濁った瞳が戸惑うように揺れた。

 シワだらけの手に、そっとなめらかな指が重ねられた。


「大丈夫、きっと上手くいくわ」

「アミリ……」


 長く、深く、息を吐く。目を閉じる。

 そしてもう一度、目を開いた。強い意志の宿った瞳だった。


「そうじゃな、今更引き返せはせんの」


 今まで積み重ねてきたものが無駄だった。そのショックは大きい。しかし悲しむ暇はない。

 むしろ指針ができただけでも僥倖と言えた。

 停滞したのではない、一歩前進したのだ。

 そう自らを奮い立たせ、ロイドは再び背を伸ばしてわざとらしく明るい声を上げた。


「全く、腕がなるわ」

「えっと、すみません。今の流れですげー言いづらいんですけど……」


 ラグラスがおずおずと手を上げた。先ほどからずっと会話に入るタイミングを伺っていたのだ。

 彼は指を弄びながら、実は、と切り出した。


「大体の見当はついてます」

「……………………へ?」


 何人かの間抜けな声が重なった。皆、説明を求めるようにラグラスを見ている。

 彼は誰とも目を合わせず、手元を見ながら続けた。

 

「まず確認なんですけど、避雷針って発明当初から今まで手を加えていませんか?」

「……いや、何度か改良を重ねておる」

「じゃあ多分、俺の予想は当たってるはずです」

「まさか」


 ラグラスは頷いた。


「予言より先の未来を見たのは今まで二回だけ。一回目は十年前。その未来は平和そのものでした」


 誰かが息を呑んだ。


「そして二回目は三年前。その時見た未来は荒れていて、島に雷が落ち続けていた。……つまり、この七年間の間に、未来を変える"何か"があった」

「改良してた避雷針のうち、どれかが当たりだった……てこと?」

「だと思ってる」


 アスレインの問いにラグラスが答えると、部屋の中は一気に静かになった。耳鳴りだけが、ジン、と耳の奥で聞こえていた。

 

 数時間にも思える一瞬だ。

 

 一番最初に我に返ったのはロイドだった。彼はまず「て、手紙」と呟いた。


「工房に、手紙を出そうかの。全ての設計図を、とっ取り寄せるんじゃ」

「あっ、うん、ええ、そうね、便箋はどこかしら、探してくるね」


 二人はふらふらと体を揺らしながら、部屋を出ていった。理解は追いつかないが、今すべきことをする。そんな様子だった。

 シロマの顔はアスレインからでは伺えないが、変わらずタバコをふかしている。

 唯一、いまいち話についていけなかったユティスは首を傾げていた。しかしすぐに「まあ、解決したならそれでいっか」と一人で納得していた。


 全員の様子を確認してから、アスレインは最後にラグラスを盗み見た。彼は何も言わずに指先を見ている。


 まだ隠していることがある。

 

 なんとなく、そう思った。

 言いそびれたのか、意図的に話さないでいるのか。それは分からない。無理に聞き出そうとも思わない。

 

 重要なのは、自分は間違っていなかった。

 その確信だけだ。


「上手くいくといいね」

「……ああ」


 ラグラスは肯定を返したので、アスレインもそれ以上は話しかけず、ただ黙って隣にいた。

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