第21話 答えを教えて!
二車両目の奥へ進む頃には汽車は完全に停止していた。
この車両も戦闘の様子が色濃く残っている。ガラス片がそこいらに散らばり、座席は砕けて木屑が舞っていた。
「ジェードが泣くぜ」
「言わないでよ……」
奥へ進む。最後尾席にはアミリが座っていた。
近づいてくるシロマ達に気がつき、彼女は立ち上がり三人に駆け寄った。
「おかえり、シロマ君」
「ああ」
「君たちは……ええっと」
「アスレインです、アスレイン・ゼレステラ」
「ラグラスです」
「はじめまして、私はアミリ。それから後ろで小舟の準備をしてるのが祖父のロイドよ」
にこりと微笑んでアミリは言った。
「傷の具合はどう?」
「だいぶマシになりました」
「そう、それなら良かった」
「それで、あの……ユティスは?」
彼女の姿が見えない。二人して車内を見渡していると、「ここですよ〜」と気の抜けた声と共に腕が下から、にゅっと生えてきた。
「ウワッ」
「まだ痛みがあるもんで。下から失敬失敬」
座席に横たわりながら彼女はそう言った。かなりリラックスした様子に、ラグラスは「置いて行っていいんじゃねーの」と呟いた。アスレインも同意する。
「ふざけないでくださいよ。這ってでもついて行きますからね私は」
「いや軍に戻れよ」
「分かってないなぁ。自我を持った人形なんて誰も欲しがりませんよ。気味悪がられておしまいです」
「あら、ユティちゃんは人形じゃないわ。血が赤かったもの」
「それ素で言ってます? っか、可愛すぎる〜……!」
きゃあっ、と黄色い悲鳴をあげるユティス。
アスレインとラグラスは二人して、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「その……かなり雰囲気が変わったね」
「はっきり言えよ。キモくなったって」
「ラグラス」
「そうですか? こんなもんでしょ」
人形だった頃とのギャップに頭を痛くさせながら、アスレインは本題を切り出した。
「で、本当に連れていくつもりかい? 罠かもしれないのに」
「だって置いて行けないわ。軍が彼女をどう扱うか分からないし……」
「ま、処分されるでしょうね」
「処分させとけこんな奴」
「ちょっと、なんでこの人さっきから当たりが強いんです?」
「急に襲ってきたから」
「だからぁ、その件については謝ったじゃないですか! ……あれ、謝ってない……?」
ハッとなったユティスは片手で拝むように肘を曲げた。
「その節はどうも、ゴメンナサ〜イ」
「ク、クソガキ……」
ワナワナと拳を構えるラグラスを片手で制しながら、「とにかく」とアスレインは言った。
「確証が持てない以上、僕は反対かな」
「持てればいいんじゃな?」
そう言って話に割り込んできたのはロイドだった。
老人は手に持った一つの金の輪っかを、ユティスの腕に巻きつける。目にも止まらぬ早業であった。
なんですか、と訝しげに腕を見るユティスに、ロイドは曲がった背を反らし胸を張って答えた。
「こいつは、心拍数の上昇や発汗を感知すると警告音を鳴らすカラクリじゃ。まァいわゆる嘘発見器じゃな!」
「なるほど! これでユティちゃんが嘘ついてもすぐに分かるってことね」
得意げに披露するロイドに、アミリが両手を合わせて頷いた。
と言われても、パッと見は安価なアクセサリーにしか見えない。かなり胡散臭い代物だった。
「大きい音が鳴るからな、気をつけるんじゃぞ」
「う〜ん……まあこの際しょうがないですね」
不服そうにしていたユティスだったが、こうでもしないと信頼は得られないと思ったのだろう。渋々と腕輪を撫でた。
「私はスパイじゃありませんし、貴方達に危害を加えるつもりもありません。ほら、これで満足でしょう?」
起き上がり腕輪を見せつけながらユティスはそう言った。たしかに警告音は鳴らない。
それなら、とアスレインはラグラスを指差した。
「本当に申し訳ないと思ってる?」
「はい、思ってます!」
ビィーーーッ!!ビィーーーーーーーッ!!
警告音がけたたましく鳴り響く。その場にいる全員が耳を塞いだ。
かわいそうに、ユティスは耳を塞ぐと耳元で警告音が鳴ってしまうようで、どうにか片手で塞げまいかと苦闘していた。
「本物だね」
「試すな!!」
数秒鳴り続け、やっと腕輪は静かになった。
ユティスはバクバクと驚く心臓を押さえる。こんなことを毎回味わわなきゃいけないなんて、冗談じゃない。
「もっと音量下げません? それか自分で止められるようにするとか」
「それでは警告の意味がなくなってしまう」
「でもこれ毎回はしんどいですって」
「嘘つかなきゃいいだけだろ」
「それは……そうですけどぉ……」
落ち込むユティスが哀れに映ったのだろう、アミリが慰めるように彼女の頭を撫でた。
「ユティちゃんのこと、みんなが信頼できるようになった外してあげる。それまで頑張れる?」
「はい! 頑張ります!」
なんてチョロい……、いやここまで来るといっそ健気にも見える。ラグラスはほんの少しだけユティスを不憫に思った。
かと言って全面的に信頼する気にはなれないが。
「改めまして、ユティス・クラムです。みなさんから一刻も早く信頼されるよう頑張ります!」
勢いよく立ち上がり一人一人の顔を見つめ、ユティスはそう笑った。
目つきは悪いが笑うと愛嬌のある顔をしていた。
うんうん、とロイドは頷いて、それから小舟の準備が整ったことを皆に告げた。エンジン式のゴムボートで、エーブ泥は汽車から少し拝借したらしい。目的地であるゲルバードには問題なく向かえるとのことだった。
「しかしな、荷物もあるからの。二組に分かれようと思うんじゃが」
「はいはいはい! 私アミリさんと一緒がいいです!」
「無理に決まってんだろ」
シロマはそう言ってユティスの首根っこを掴み、ポイっと空のボートへ投げた。全くもって乱暴な男だった。
「ねぇ、私怪我人なんですけど!」
「ジジイ、アミリ。それからラグラスは向こうのボート使え」
「無視ですかそうですか! 覚えててくださいね!」
きゃあきゃあと騒ぐユティスを無視してシロマもボートに乗り込む。ロイド達も異論はないようで、せっせと荷物を載せ続けた。
「じゃあ、気をつけてね」
「どっちかと言うと危ないのはお前の方だろ」
「あはは。そうかも」
それじゃ、と手を上げボートに乗り込むアスレインを見送り、ラグラスもロイドの方へ向かった。
全員の準備が済んだことを確認し、エンジンを吹かせる。ボートは振動を始め、ゆっくりとスピードを上げて水面を走り出した。
振り返ると、二車両だけの海面汽車は少しずつ小さくなっていった。
***
「僕をこっちのメンバーに入れたのは、兄さんのことを聞くため?」
「別に」
アスレインの対面に座るシロマは足を組み、興味がないとばかりに答えた。ユティスはいつの間にか眠りこけている。肝が太い。
「じゃあどうして?」
「理由はない」
「ふぅん……」
それならアスレインが向こうのボートに乗るべきだった。戦力がこちらに偏りすぎているのだ。ラグラスは言わずもがな、老人と女性はどう考えても戦えそうになかった。
海の上で襲われたらどうするつもりなのだろう。そんな目で見ていたことがバレたのか、シロマは鼻で笑った。海風で乱れた灰色の髪を、後ろへ撫で付ける。
「アイツらだって弱かねえ。特にジジイ」
「じゃあ、僕をあの二人と一緒にするのは危険だと思ったんだ」
アスレインだって元軍人だ。立場はユティスと同じである。進んで仲間に近づけさせたいとは思わないだろう。
けれども、それもシロマは否定した。
「逆だろ」
「逆?」
「お前がうるさいんじゃないか。ラグラスをこっちに入れると」
「……」
それもそうか。
納得してアスレインはそれ以上は追求しなかった。しばらく黙っていようかと思ったが、意外にも会話を続けたのはシロマだった。
「……お前のことは、多少信用してもいい」
「どうして?」
「セオドアから聞いてる」
「兄さんが……?」
アスレインはセオドアとろくに喋ったことがない。
何を言ったというのだろうか。
「大事にしてる弟と妹がいるってな」
「だ、大事!?」
衝撃的な一言にアスレインはボートをひっくり返しそうになった。ぐらりと大きく傾く。ユティスは相変わらず夢の中だった。
「そ、それ、絶対人違いだよ。もしくは勘違い」
アスレインの記憶の中では、セオドアはいつも仏頂面をしていた。稀に家の行事などで父に呼び出されては、億劫な態度を隠しもせず嫌々と応じていた。アスレインが話しかけても無視されたことは少なくない。
彼がまともに取り合ってくれたのは、過去に一度だけである。
(妹……は、仮にあの中の誰かだとして、弟は僕しかいないけど……。大事にされた覚えなんて全くないぞ)
「いつもガキの写真を見ていた」
「ちょっと、一旦この話は保留にしよう」
無口でクールで強い兄、というイメージが音を立てて崩れていく。少しだけショックだった。
海面から登る日の出は、美しいオレンジ色をしている。




