第20話 夢から覚める人
『この子の名前? なんでもいいわ。お前に任せます』
『はぁ……』
『自我も無く命令に従う木偶の坊よ。とは言え、変な事はさせないでちょうだいね。不快だから』
『……質問しても?』
『ええ、どうぞ』
『何故俺を指名したんでしょう。この程度の階級なら他にもいるのに』
『そうね。けれど"夢喰"が「是非うちのルカに」って推すものだから』
『…………』
『随分あの女に気に入られているのねぇ?』
『っ、それは……』
『まあ私には関係ないわね。いいわ、下がりなさい』
『……あの。最後にもう一つ、よろしいですか?』
『どうぞ?』
『本当に自我は無いんですね。これからも芽生えることは無い、と』
『今は無いけれど。先のことは分からないわ』
『分からない?』
『所詮私も紛者だもの。何かが引き金となることはあるかもしれない』
『何か、とは?』
『そうねぇ……。──例えば、恋、とか』
***
「どうすんだコイツ」
目を輝かせながらアミリの両手を握るユティスに、最初に言及したのはシロマだった。腕を組み天井を仰ぎ見て、老人の方を睨んだ。「始末をつけろ」と言わんばかりである。
「どうするもこうするも、ひとまずは手当て。次に話し合いじゃろうて」
「本気で助けるつもりか?」
「嫌ならアミリを説得せい」
「アミリ……、アミリさんと言うんですね。素敵な名前です」
「ソイツを黙らせろ」
ユティスは先ほどとは別人のように恍惚とした笑みを浮かべていた。アミリは困ったように首を傾げるだけで拒みはしない。
それが余計シロマを苛立たせる。
「お前は誰だ? 何の目的があってここにいる」
「ユティス・クラム。見ての通り軍人ですよ。元々は貴方達を捕まえるために来ました」
そう言って、自身の軍服の裾をつまんで見せた。
アスレインは視線を後方へ滑らせる。
その先にルカはもう居ない。人形の支配が解かれ、勝ち目なしと判断したのだろう。
彼女の味方はこの場にいない。
男達に囲まれ、ユティスは居心地が悪そうに肩をすくめた。
「そんなに怖い顔をしないでください。もう手を出すつもりはありませんから」
「信じると思うか?」
「うーん……でも理由がないんですよね。あっ、そうだ。そこの、えーと、黒い人!」
ユティスは寝転んだまま、ピッと人差し指を差した。
「僕のこと?」と戸惑いながらアスレインは聞き返す。
「そうそうキミ。上司から私について何か聞いてません?」
「あぁ……、確か『人形師の最高傑作』?」
「そう、それ!」
パチン! とユティスは指を鳴らした。もちろん寝転んだままである。
「私は祝福の力でつくられた、まぁ言わば人造人間です。貴方達を襲ったのだって命令に従っただけ。今は敵意ゼロですよッアイテテ」
「ああもう、そんなに喋るから……。とにかく今は手当てが優先! 話はそのあと!」
アミリの一言でその場は一旦収まった。
傷薬を分けてもらったアスレインはコンパートメントを一つ借りた。座席に散らばったガラスを払いのけ、ラグラスと向かい合って座る。
開け放たれた窓が冷たい風を呼び込み、二人の肌を撫でた。
一時はどうなることかと思ったが、ラグラスの意識はハッキリとしている。出血も止まっていた。一見して問題は無さそうだった。
ラグラスは焦げた袖を捲る。色白の肌が空気に触れる。
「見た目ほど酷くねーよ」
「それならいいけど、念のためにね」
彼の言うとおり、軽い火傷が点々と広がっていた。薬はラグラスが自分で塗るので、アスレインがすることはほとんどなかった。
手慣れた様子で処置が施されていく。こういう目に遭うのはきっと初めてではないのだろう。
「会えてよかったね」
「おー、……あのさ」
「うん?」
「……悪かった。利用するような真似して」
「ああ、囮のこと? 別にいいよ。あれが最善だったし」
「まぁそれもだけど。気分良くねーだろ、家の立場を使われたら」
薬を塗った上にガーゼをあてる。
汽車がガタゴトと揺れるせいで上手く貼れない。やり直すか少し迷ったが、結局押し広げてシワを伸ばした。
「もう迷惑はかけらんねー。こっからは俺一人で行く」
「ところがそういうわけにもいかないんだ」
「はあ?」
間髪入れずにアスレインが答えた。
ラグラスは自身の傷を確認しながら、理解できないと声を上げた。
「仲間と合流すんだろ」
「ゆくゆくはね。今はまだいいや」
「なんでだよ、着いてくんなよ」
「シロマに兄さんのこと教えるって言ったろ。それに」
「それに?」
「こっちの方が面白そう」
イタズラっぽく笑った気配を感じ、ラグラスは下を向いたままため息を吐いた。
出会ってまだ一日ほどだが、アスレインの人となりが段々と分かってきた。
「あのさぁ……」
「僕も聞きたいことがある。君の目って不思議な色してるけど生まれつき?」
薬を仕舞う動きが止まった。
少し黙る。それから動き出し、彼は答えた。
「俺の目は見んな」
「目を見ると何か起こる?」
「見るっつーか、目が合うとまずい」
「どうなるの?」
「……あの人たちもいるところで、ちゃんと説明する」
不恰好にガーゼを貼った手が黄金の輝きを隠した。
静かな拒絶にアスレインもそれ以上問いただす気にはなれず、椅子に座り直した。
「わかったよ。でも僕から二つ言っておきたいことがある」
「何だよ」
アスレインは指を二つ立て、ラグラスの眼前に突きつけた。ラグラスは迷惑そうな顔をしている。
「一つ、僕の体はものすっごく頑丈。簡単には死ねないくらいにね。二つ、もし今後何があっても必ず君の助けになる」
「……はぁ?」
「だから信用しろってわけじゃないけど。頭の片隅には置いといてほしいかな」
「意味わかんねぇ、頑丈ってなんだよ。なんで俺にこだわる?」
「なんでってそりゃ……」
命の恩人に託されたから。
きっと彼の進む道を守ることが、アスレインが生かされた意味だ。
だが、いきなりそう言ってもラグラスは信じないだろう。最初から最後まで説明するには時間が足りない気がした。
「ま、追々ね。そのうち話すよ」
「はぁ? 気になる感じで終わらせんじゃねー」
「まあまあ」
グッと背を伸ばし座席の背もたれに体を預ける。傷ばかりのくせに、思いの外座り心地がいい。
つかの間の休息を味わおうと目を閉じた。しかしそれも一瞬のことだった。扉が音を立てて開かれる。
「終わったのか」
「シロマさん」
シロマはラグラスに一瞥をくれると、「着いてこい」とだけ言って顔を背けた。
慌てて散らかしていた荷物をまとめ、先へ進むシロマの後を追う。
「汽車から降りるんですか?」
「そうだ」
「降りる?」
アスレインは窓の外に目を向けた。真っ黒な海面が広がるばかりで同じ景色だ。しかし流れる景色が徐々に緩やかになっていくのが分かる。
「途中下車なんてできるの?」
「緊急用の小舟がある。それに乗ってゲルバードに向かう」
「げ!」
島の名前を聞いた途端、ラグラスの顔が曇った。
「治安悪い島ですよ!」
「だからだろ」
治安が悪い、とはなんとも可愛らしい表現だ。実際は軍でさえも迂闊には手を出さない犯罪組織の巣窟だった。
アスレインも前に立ち寄った際、危うく命を狙われそうになったことがある。進んで立ち入りたいとは思えない場所だ。
だからこそ身を隠すにはうってつけでもある。
「彼女も連れて行くの?」
アスレインの問いにシロマは頭が痛い、とばかりに額を抑えた。
「……連れて行くんだ……」
「文句はアミリに言え」
意志の強い女性だ。文句なんて言えるはずもなく、二人は黙った。




