第17話 銃は剣より強し
「ふぅ」
アスレインは投げた大剣を拾い上げ、肩に担いだ。打ちどころが悪かったのかルカは起き上がる気配がない。ぐったりと横になっている。
アスレインはその様子をちらりと見やってから、先ほどから微動だにしない、次なる標的に話しかけた。
「どうして助けてあげないのさ」
「……指示されてませんから」
上司が倒されたというのに、ユティスは顔色一つ変えない。銃口をこちらに向けたまま彼女は答えた。
所詮は人の形をした無機物である。
「君は? まだやる?」
「もちろん」
短く答えて、ユティスはトンっ、と後ろへ飛び退いた。オレンジ色の火花を散らし数発が放たれる。
彼の目は、銃口が傾けられたのを確かに捉えた。
正面に飛んできた弾を防ぐ。
床で掠れた一発が軌道を変え、アスレインの足元へ流れた──が、まるでそれを予知していかのように彼は身を反転させた。
ユティスの眉が微かに上がる。
(やっぱりね)
彼女は意図的に弾の軌道を変えていた。
正面に飛んでくるものは全て囮。本命はあえて外す。
軌道を読ませず、まぐれを装ってジワジワと削っていくつもりだったのだろう。
(跳弾を前提として考えてるな。弾そのものの殺傷能力は低いけど、その分爆発でカバーしてるってわけだ)
壁や床で跳ね上がり、どういうわけか人体に命中した時のみ、爆発する。
(ルカが好きそう)
軍にいた時から、趣味で備品を改造する男だった。演習をサボっては廃材集めに没頭していた姿が懐かしい。
彼が愛用している"棒もどき"も、その成果の一つである。
(ってなると、室内は不利か)
続く銃撃を防ぎながら、大剣を横一文字に払った。
大きな窓が割れる。灯りに反射したガラス片が飛び散った。
「よっと」
窓に体を滑り込ませ、枠に足をつき、ひょいっと天井に飛び乗った。
月のない暗闇。左右には黒い海が果てしなく広がっている。
風が、黒髪を弄んで揺らす。
「は!? お前っ」
「あれ、ここにいたんだ」
先頭車両にいた先客が、狼狽えた様子で声を漏らした。アスレインは手を振り、声を張り上げる。
「流れ弾が飛んでくると思うけど、頑張って避けて!」
「それが嫌で隠れてたんだよ!」
二人が言い争っていると、トン、と軽い身のこなしでユティスも天井に上がった。
肩まで伸ばした黒髪が風に揺れ、その両目だけが、血の色に灯っている。
彼女は無機質な目でアスレインを見て、微かに首を傾げた。視線が、彼からずれる。
その先にいるのは──。
「ッラグラス!」
叫ぶと同時に、放たれた一発の銃弾が足元で跳ね上がる。
瞬間、爆発。
堪えきれなかった呻き声が、空気を揺らした。
「不思議ですね」
彼女は初めて自発的に言葉を発した。
起伏もなく、淡々とした声色だった。
「こんな弱いのに、誰も捕まえられないなんて」
ビュッ、と銀の刃が風を切る。少女は一歩退く。
「君の相手は僕だ」
「そうですか」
続く二撃、三撃を紙一重で避ける。足場の悪さに怖気付くこともなく、ユティスは踊るように飛び跳ねてみせた。
一つ瞬きをする。赤い目を微かに細めて、青白い顔の彼女はこう言った。
「でも、私は違いますから」
そう言って彼女は、剣撃の隙間で再び引き金を引いた。
それは全くデタラメな軌道を描いたが──その先に、壁が現れる。一度跳ね、また別の壁で二度跳ね、ラグラスに襲いかかる。
「グッ……」
爆風が彼の体を押して、体勢が崩れた。車両の端まで追いやられていく。眉間の皺が深まった。
彼女の祝福は『壁の生成』だ。防御にしか使わないと思い込んでいたが、完全に見誤ってしまった。
ラグラスに戦う術は無い。ならば、アスレインがなんとかするしかない。
「殺すな!」
「無茶言わないでよ!」
膝を曲げ、力強く踏み込む。一気に間合いを詰めて縦に斬り込んだ。
ユティスも、流石に対応しきれなかったのだろう。刃が左の銃身を捉えて奪う。勢いのまま、二つに割れたそれは夜の海へ吸い込まれていった。
続く白刃は現れた壁に阻まれる。力任せに壊すことは出来ない。アスレインは低く舌打ちをした。
(でも……なんであの時は避けた?)
先ほどの攻防を思い出す。
壁を防御に使う際、ユティスは射撃しない。
逆に射撃する際は、守りには入らず回避に専念する。
わざわざ攻撃を喰らうリスクを取ってやり合う意味はなんだ。この状況を楽しんでいるのだろうか。
いや、それほど余裕があるようには見えない。
つまり──。
(多分、一度に顕現させられる壁は一つだけだ)
それならば。
賭けに出るしかない。
悟られない程度に、攻撃の手を緩めた。彼女とラグラスの軌道上から半身分逸れる。
誘い込む隙を作った。彼女の視線が、意識が、そちらへ向かう。
今度は右手を狙った。白刃が風を斬る。
彼女は素早く手を体の後ろへ隠して、同時にハンドガンを真上へ投げた。
漆黒の銃身が、暗闇に溶け込む。
それを頭上で左手が受け取った。銃口は空に向けられていた。
──引き金に、指がかかる。
体を回転させ自分が持ち得る全ての速さで斬り込んだ。狂気に飛び込む。その様は見る者全てを震え上がらせる。
大刃振り回す黒い亡霊が、そこにいた。
予見していた固い感触は無かった。肉を引き裂く感覚だけが、あった。
しかし。
(浅い)
瞳孔開くブルーグレーの眼が、敵を見上げた。
敵は後ろへ倒れ込みながら、口の端を歪に持ち上げた。
銃口から煙が上がっている。
ドォン!
アスレインの背後で、一番大きな爆音が聞こえた。意識が奪われる。まるでスローモーションのように、ゆっくりと視界がその方向へ向いた。
銀色の彼が。
汽車から滑り落ちてゆく。
「ッ!!」
駆け出し追いつく。今まさに放り出されかけた手を間一髪で掴んだ。頭に喰らったのだろう、焼き切れたゴーグルがずり落ちて海へ溺れた。
掴んでいない方の腕が、だらりと垂れ下がる。
「頼むよ……!」
意識のない体を片手で持ち上げるのは、流石に無理があった。滑る足を懸命に堪えて少しずつ引き上げていく、が、後頭部に冷たい鉄の感触がした。
一筋の汗が背中を伝う。
「ありがとうございます。良い経験になりました」
「……そのお礼に、見逃してくれたりしない?」
「出来ませんね」
ユティスはにべもなく断った。彼女はただの人形だ。交渉など出来やしない。
アスレインは手持ちのカードの何を切るべきか、考える。しかし、どれも妙案ではない。
(どうする)
アスレインは口を閉ざしたが、ふと何かに気がついた様子で、目を見開いた。
目の前の、ラグラスの瞼が僅かに開かれたのだ。
その瞳は黄金。
まるで星の輝きの如しであった。




