第16話 かつての戦友
白煙の中。
下に重心を落とし、まっすぐ駆け抜ける。
四方から剣戟が振り下ろされた。呼吸を止める。剣柄を握る。
叩きつけるように振り上げた。
ついでに座席も割ったようで、バリバリと音を立て木屑が空中に舞った。跳ね返った真紅の液体が、彼の頬に線を描く。
あっという間に車両先頭に躍り出たアスレインは、二等車両に繋がる扉を開け放った。
連結部分は外へ露出している。
海風を浴びながら、追いかけてくる数名を蹴り戻した。人雪崩が起きる。
すかさず大剣を、渾身の力を込めて振り下ろした。
ガギィン!
厚みのある音を立てて、連結器が割れる。
牽引車を失った車両は、スピードを失いながら海上に取り残されていった。
──別に殺してもよかった。そうしなかったのは、ラグラスの叱責がまだ記憶に新しいからだ。
悪人は全てこの世からいなくなればいい。その気持ちは変わらない。
けれど彼の言うとおり、全てを自分一人で決めてしまうのは、恐ろしく傲慢なことである。
「待てぇ! このっ腰抜けがぁ!」
暴言や怒号を聞き流しながら、一仕事終えたアスレインは息を吐く。
「二台分はこれでよし」
「へぇ、慣れてんね」
背後から、聞き覚えのある声がした。
振り返りながら答える。
「……流石に知人は、殺したくないな」
「おーおー、相変わらずおっかねぇや」
そう言ってレイザンは手すりにもたれかかった。
三年前と変わらず、眠そうな顔をしている。
「一緒に仕事した仲だろ? もっと穏やかにいこうぜ」
「ルカが邪魔しないならね」
「やんねぇって、そんなこと。俺の仕事は」
「ラグラス」
遮る。
「彼のことも、だ」
「…………」
レイザンこと──、ルカは黙った。青灰色の瞳が彼を射抜く。
(相変わらず、メンドクセェなぁ)
はじめて会った時から、その正義ごっこが、ずっと気に入らない。
見えないよう右手を後ろに隠す。
袖に仕込んでおいた信号を器用に取り出し、押し込んだ。
「そっちがその気なら、こっちにだって考えがあるぜ」
「君が?」
アスレインは眉を顰めた。
「戦闘向きじゃなかったろ、君の力は」
「俺は、な」
変わらず、ルカは半目のまま続ける。闘志とはまるで無縁の彼は、頭をわしわしと掻いた。
「色々あってさ。部下を一人任されてんの。じゃじゃ馬娘だけど、中々強いぜ」
ルカが言い終わると同時に、アスレインは素早く身を屈めた。何かが頭上を掠める。
二等車両の扉の向こう。通路のど真ん中に、彼女はいた。肩で切り揃えられた黒髪が、微かに揺れる。
黒光りするロングバレルのハンドガンを、両手に一つずつ構えていた。
閉じていた瞼が開く。紅眼が覗いて、アスレインに焦点を当てた。
「紹介するぜ。ユティス・クラム。"人形師"の最高傑作だよ」
***
金属が鈍く響く音が聞こえ、ラグラスは振り返った。
見れば、車両が二つ切り離されていく。パニックに陥った軍人達が我先に飛び乗ろうとして、海へ投げ出されていった。
「アイツ……何やってんだよ」
走る汽車の上。風に身を攫われないよう、足を踏ん張りながらラグラスは独りごちた。
海風が体に強く叩きつけられる。黄土色のコートが重くなる。それほどスピードは出ていないが、気を抜けば次に海へ落ちるのは自分だろう。
慎重に歩みを進めながら一等車両を目指す。
爆発音が聞こえ、車両が激しく揺れはじめたが、気にするべきでない。振り落とされないことだけを考える。
不安定な足場を乗り越え、どうにか一等車両の天井へ転がり込んだ。ふぅ、と息を落ち着ける。
(第一関門は突破だな。あとは……)
目を閉じる。胡座を描く。
あとは、なるようになるだけだ。
(この下で戦闘が起きるから、それまで待つ。その後は……師匠の名前を使って、あの人の信用を得る。ゼレステラも、多少は信用材料になんだろ)
一等車両。この天井の下に、彼がいる。
ラグラスはなんとしてでも、彼と接点を持たなくてはならない。
潮風が銀色の髪を靡かせる。
ゴーグルの下で、金色の瞳が揺れた。
(師匠……)
ラグラスは握り込んだ拳に、さらに強く力を込めた。
***
──二等車両、車内にて。
丹田に力を込め、グワリ、と大きく振りかぶった。
「相手を斬り伏せる」明確な意思を持って、叩き落とすように上から大剣を薙ぎ払う。
しかし、ぶつかった先はユティスではなく、彼女を覆うように現れた土色の壁だった。
重苦しい音が響いて、火花が舞う。ジン、とアスレインの手首に痺れが走った。
「いった!」
痺れを取るように片手をパタパタと振る。その瞬間には壁は崩れ去り、二丁拳銃を構えたユティスが瞬きもせずこちらを見据えていた。引き金に指は掛かっている。
素早く大剣を前へ構える。
銃口が僅かに揺れた。
発砲音。
ダダダダダッ!
「ッ!」
ほとんどは防いだ。しかし、うち一発がまずかった。
運悪く床で跳ね上がったそれは、彼の肩にぶつかり、爆風と共に爆けたのである。
思わず体勢が崩れた。
致命傷になるような威力ではない。
しかし、喰らい続ければ消耗する。
「……オイ、どういう事だよ」
後ろで傍観者に徹していたルカが、困惑気味に問いかけた。
すぐにでも一等車両に向かいたかったが、無視できない事象が今、彼の目の前で起こっている。
「何で自己再生なんかできんだ?」
「……さあ、なんでだろう」
焼け爛れているはずの肌は、元の様子と変わらない。祝福を使った訳でもない。
不敵に口角を上げて答えてみせたアスレインに、ルカは舌打ちをした。
「……どうでもいいや。クラム、あんまし時間かけんなよ」
「はい、レイザン様」
「おっと」
立ち去ろうとしたルカの目の前に、鋭利な刃物が現れた。すんでのところで躱す。
投げた指先を残したまま、アスレインは彼を見た。
「困るな。ここにいてもらわないと」
「……ハァーッ、だから戦闘向きじゃねぇんだって……」
気乗りしない様子で、ルカは懐から短い"棒"を取り出した。
クルリ、と手の中で一回転させる。
瞬時にそれは、彼の腕の長さほどのハンマーに早変わりした。
「手加減無しだぜ」
「望むところだよ」
しばらく三人は、それぞれを牽制し合うように沈黙を貫いていたが──、最初に駆けたのはアスレインだった。
一歩目で飛び出し、二歩目で踏み込み、三歩目で整う。
左下から斜めに、大剣を薙いだ。目の前に壁が出現する。すんでのとこで大剣を止め、体を右へずらした。
彼の頭上を狙ったハンマーが、標的を失い壁に激突する。手首の痺れに、ルカは顔を顰めた。
隙を逃さず、身を翻しアスレインが撃ち込む。コートが風で膨らんだ。
身を襲う大剣を間一髪で躱す。座椅子の背もたれに飛び乗ると、椅子ごと破壊された。
(このっ、馬鹿力が……!)
重力を感じさせないほど、彼は軽やかに舞ってみせた。
そのくせ振るう刃は、触れるもの全てを粉砕する。無茶苦茶な男だった。
太刀筋を見逃さないように一挙手一投足に目を凝らす。
やっとの思いで何度か大剣を弾き返すと、アスレインは不意にそれを投げ捨てた。
目で追いかける。
視界の端で彼の靴先がブレて見えた。
(──やべっ)
気づいた頃には、蹴りはルカの手首にヒットしていた。ハンマーが零れ落ちる。
続いて拳が飛んできたので応戦する。
が、防戦一方だ。
拳がルカの顔面に飛ぶ。両手でガードする。自ら視界を遮ってしまった。
あ、と思う頃には時既に遅く。
アスレインは体を捻り、振り返りながら軸足を右から左へ入れ替えた。蹴り上げた右足が、ルカの横面へ叩き込まれる。
骨が軋み、呼吸が潰れる。
勢いをつけた体は、数メートル先の壁へ激突した。
頭は項垂れて、ずるり、と力なくその場へへたり込んだのだった。




