第12話 クエスチョン
昼は美味い食事をする。でなければ力が出ない。
ふかふかの白パンを五個。
卵をふんだんに使ったオムレツを三つ。
エビやイカをぶち込んだ海鮮クリームパスタは溢れんばかりに。
赤ワインのラム肉煮込みが皿いっぱい。
それら全てを上品に平らげて、さらに「キャラメルナッツタルトと秋葡萄のパウンドケーキ、ドライフルーツケーキください。一切れずつ」とアスレインは注文した。
目の前の常軌を逸した出来事を、ラグラスはただ黙って見守る。
軋む座席に座り直しながら、キャラメルナッツタルトだけ、彼も一切れ注文した。
古臭い木製造りの店の主人はたいそう喜んで、果実ソーダを一杯ずつサービスしてくれた。
「着いてくる気かよ」
アスレインの手元をゴーグル越しに睨みつけながら、ラグラスはナッツタルトを口に運んだ。
ナッツの香ばしさとキャラメルの程よい甘味が口いっぱいに広がる。
「仕方ないよ。そうするしかないんだし」
「海賊船があんだろ」
「嫌だね、あんないかにも盗んできましたって感じの船。僕が捕まっちゃう」
喋りながらいつの間にか、アスレインは二切れを平らげていた。
ラグラスは呆れを通り越して感心した。
「いいじゃない。僕ら仲良くなれるよ」
「ほんとにそう思ってんの?」
半笑いでそう言われ、アスレインは「うーん」とわざとらしく迷ってみせた。
「ごめん嘘。僕、泥棒と友達になったことないや」
「奇遇だな。俺もストーカー野郎とは関わらねーようにしてんの」
「案外いい奴かもよ?」
「どーだか」
ラグラスは敵対的な態度を崩さなかったが、アスレインは終始気にしなかった。
少年はこれ見よがしに、ズズズッと音を立てながらストローを啜る。
本当はできるだけ"イレギュラーな出来事"は省きたかったが、仕方がない。
アスレインが全ての食事を胃に収めたので、会計のために立ち上がる。カウンターで待ち構える店主に、財布から取り出した数枚の紙幣を渡した。
店主は紙幣を数えた後、ニッと歯を見せて笑い「またどうぞ!」と言って古びた扉を開けてくれた。
店の外は未だ喧騒に包まれている。雲ひとつない晴天ということも相まって、大変元気が良い。
「少し早いけど、もう行こうか」
大通りを外れて石畳の小道に逸れると、そこは比較的人が少なかった。
しばらく二人して無言で歩いていたが、ふとラグラスが思い出したように「なぁ」と声をかけた。
「なんでお前、そんなに金持ってんの」
「あぁ、気になる?」
「なると言えばなる」
それはアスレインが、元軍人で名家の息子だからに他ならない。
しかし、それをそのまま言うのは憚られた。誤魔化すように彼は笑う。
「すっごく働いたんだよ」
「後ろめたいことして稼いだってはっきり言えよ」
「なんでそんなこと言うの? わかった。じゃあ君も僕の質問に答えてくれたら、教えてあげる」
別にそこまで気になるわけじゃない。そんな顔をしているラグラスを無視して、初対面の時から抱えていた疑問をぶつけた。
「なんでゴーグルなんか付けてるの?」
「眩しいから」
それなら、室内では外せばいい。
けれどラグラスは出会ってからずっと、あの船内で眠る時でさえ、ゴーグルを外そうとはしなかった。
「これは憶測だけど」そう前置きしてアスレインは言った。
「人の顔を見るのが怖い?」
「……」
「駅で声をかける前、何度か君とすれ違ってたんだよね」
気づいてなかったみたいだけど、と付け足すとラグラスが歩みを止めた。つられてアスレインも立ち止まる。
ちょうど塀から伸びた樹木が影を作っていて、ほんの少し薄暗かった。
彼の表情は分からない。
島に降りてすぐ、道を歩くラグラスを見つけていた。
彼の顔がこちらを向いたので、片手をあげて呼び止めようとした。けれど、彼はそのままアスレインの横を通り過ぎていったのだ。
確かめるようにその後も何度か彼に近づいてみたが、気づく素振りも見せない。痺れを切らしたアスレインが駅で声をかけたところ、あのような反応を返されたのだった。
答えを待つように黙って見つめていると、ラグラスはしばらく黙っていたが、やがて「ふん」と鼻で笑って顔を横に背けた。
「だったらなんだよ。お前に関係ないだろ」
冷たい声色だった。
放っておけばいい。軍に追われている少年なんて、面倒に決まっている。本人も関わりを望んでいないようだし。
自分から無責任に首を突っ込む必要はない。
けれど、きっと。こういう時。
(ミカルなら、放っておかないんだろうな)
あの不器用で口と態度の悪い男は、生来の優しさを持って強引に少年の手を引くのだろう。
かつて、アスレインにそうしたように。
アスレインはミカルになりたいとは思わない。
ただ、彼と同じ世界を見たいだけだ。
「力になるよ。君が望むならね」
そう言って手を差し伸べる。
風が吹く。木の葉がそよぐ。
揺れる前髪の隙間で、ラグラスが顔をこちらに向けるのが見えた。その手を一瞥する。
ゴーグルのせいで表情なんてまるで分からない。
銀色の少年が口を開く。
「……あのさ、」
ドン、と誰かがその肩を突き飛ばした。ラグラスが体勢を崩してよろめく。
「いてぇな」
突き飛ばした男は、ラグラスやアスレインより頭二つ分も大きかった。筋肉が詰まった腕を振り上げる。
男はぎょろりと目玉を動かして、己が突き飛ばした細身の少年を見た。
後ろに着いて歩いていた子分らしき二人の男が、アスレインの背後に着く。自然と挟まれる形になった。
「邪魔なとこに突っ立ってんじゃねぇ」
「ぶつかってきたのはそっちだろ」
怯むことなくラグラスがそう言ったので、アスレインは少し驚いた。
「なんだテメェ」
「兄貴、ソイツ見覚えありますぜ!」
背後にいた、小柄な方の子分が声を上げる。「そう言えば」と鷲鼻な子分が続く。
「駅でババアに切符貰ってたガキじゃねぇか?」
「そうそう! あのズルいことしてた奴だ!」
「あぁ?」
大柄な男がジロジロと無遠慮にラグラスを見やった。ついでにアスレインのことも見る。毛むくじゃらの顔が歪に笑った。
「じゃあテメェらは今、切符を持ってるってことだよな?」
男が片手の指関節を鳴らしながらそう言った。力づくで奪いたいらしい。
呆れてしまった。三人は丸腰である。どうやら彼らには、アスレインが担いでいる大剣が視界に入らなかったようだ。
(ちょっとばかり脅かすか)
アスレインが大剣に手を伸ばす。
それを見て顔色を変えたのは暴漢達ではなく、ラグラスの方だった。
彼は空に向かって指を差し、「あ!!」と馬鹿でかい声で叫んだ。反射的に全員の意識がそちらへ向く。瞬間、ラグラスはアスレインの腕を引っ掴み駆け出した。背後から非難めいた怒号が追いかけてくる。
二人は、ひょいっと建物の隙間の道に飛び込んだ。裏路地になっているそこはさらに狭く細く入り組んでおり、まるで迷路のようだった。
ラグラスは細長い道を躊躇いなく進む。
アスレインもそれに続く。
やがて人の気配がしなくなり、二人は大通りへ出た。いつの間にか島の反対側に出ていた。
それなりに走った方だが、二人とも息切れひとつ起こしていない。
逃げ慣れている様子に感心したが、同時に釈然としない気持ちも湧き起こった。
「なんで逃げるのさ」
「っあのなぁ! あんなんでいちいち殺しとかっ、キリがねぇだろ!」
一歩近づかれ叱責される。
アスレインとて、そこまで見境がないわけではない。反論する。
「ちょっと脅そうとしただけだよ」
「嘘つけ! 斬りつける気満々だっただろうが!」
これにはアスレインも黙った。
ちょっとばかし傷口を作ってやろうとしたのは事実だ。勢い余って重傷を負わせてしまう可能性もなくはない。
しかし、このまま大人しく引き下がるのもなんだか癪だった。
「……クズは生きてたって仕方ないよ」
「クッ、クソガキが……」
「君より一つ上だ」
「ならそれらしい振る舞いをしろよ!」
拗ねたように視線を外すアスレインに詰め寄り、いいか、とラグラスが言葉を区切る。それからゆっくりと、言い聞かせるようにこう言った。
「一緒に行動するってんなら、もうちょっと大人しくしろ。殺しも無しだ」
「悪人しか斬らない」
「だからさぁっ」
強い口調で、銀色の彼はこう言った。
「お前の裁量で『殺す』『殺さない』決めんなって言ってんの! 危険だぞそういう考え方!」
ぱちり、とアスレインの目が瞬きして、一瞬の間思考が止まった。
構わずラグラスは続ける。
「いつか自分の芯がブレた時に、取り返しがつかなくなる!」
握り込んだ拳で、強めに肩を殴られる。半歩だけ後退した。そう真っ直ぐぶつけられてしまっては、返す言葉もなかった。
何も言わないアスレインを見て、少し冷静になったのだろう。ラグラスは「なんとか言えよ」と少し声を落として言った。
「……案外しっかりしてるんだなって」
「喧嘩売ってんの?」
「いや、」
喧嘩なんてとんでもない。
自身の顔がほころぶのを他人事のように感じながら、アスレインは小さく息を吐いた。
「やっぱり僕ら、仲良くなれると思うよ」




